昨日のドイツの総選挙において、おそらく最も重要で前向きなメッセージは、有権者の投票率の大幅な増加だ。アメリカ副大統領のミュンヘンでの挑発に反して、ドイツでは民主主義は健在である。抑圧的なリベラル・エリートによって公的生活から排除され憤っているサイレント・マジョリティー(沈黙の多数派)など存在しない。憤っているマイノリティ(少数派)はいるが、彼らも選挙制度を通じてその声を上げており、特に〔極右正統〕AfD(ドイツのための選択肢)を通じて声高だが、それでもAfDは21%を超えることはなかった。ドイツの洗練された民主主義制度は、アメリカでMAGAが果たしたような、マイノリティ(少数派)による国家支配を防いでいる。
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AfD(ドイツのための選択肢)は全ての政党から票を奪ったが、特にメルツ率いる〔中道右派政党〕CDU(キリスト教民主同盟)、沈没寸前の〔右派・リバタリアン的政党〕FDP(自由民主党)、ショルツ率いる精細を欠いた〔中道左派政党〕SPD(社会民主党)から票を奪っている。しかし、AfDの最大の新規票の獲得源は、それまで無投票だった180万人だ。醜い事実かもしれないが、これこそがまさに民主主義が機能したあるべき姿である。
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出典:Tagesschau
前回無投票だった層から多くの投票を獲得した政党は、他にはCDU(キリスト教民主同盟)と〔左派ポピュリスト政党〕BSW(ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟)である。
地域別の投票分布を見てみる際、地図は誤読しやすい。ドイツは複数政党制なので、特定地域で「第一党」となったことを地図上で示しても、アメリカでの赤・青の二色分けのような意味を持つわけではない。ドイツにおいて選挙区で1位になったとしても、51%の票を獲得したわけではない。1位になったことを意味するだけだ。20%未満の票で1位となることもある。ドイツでは、特定の政党が51%以上の票を獲得している選挙区はほとんど存在しない。
AfDがもっとも強かった選挙区でも、投票率は44~47%であり、過半数には届いていない。州単位だと、AfDは最も強かった州で37%の投票率に留まっている。
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もっとも、現代ドイツの政治制度の観点から見ると、東ドイツでのAfDの得票率は、他のどの政党よりも高い。東ドイツでのAfDの地域支配率は、かつて旧西ドイツでCDUやSPDが持っていた地域支配力に匹敵するものになっている。東ドイツでAfDに拮抗できているのは、ザクセン州でのCSU(キリスト教社会同盟:全国レベルではCDUと統一会派を組んでいる)である。バイエルン州を基盤とするCSUは、まだバイエルンでは覇権を握っているが、それでもかつてのような圧倒的多数派ではない。〔ドイツ統一前に〕CSUの党首を努めバイエルンの保守政治の象徴だったフランツ=ヨーゼフ・シュトラウスは「我々の右には何も存在していない」と豪語したのだが、今やこれは事実ではなくなっている。CSUの牙城で西ドイツで最も保守的な地域(地図上の最も黒い箇所で、カトリック色の強い地域で聖職者団体と結びついている)においてすら、AfDは17%の得票を獲得している。
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つまり、ドイツの政治情勢は分断されつつある、というのは正鵠を射ていない。東ドイツでは、AfDが確固たる第一党の座を確保しつつあるのだ。
これを別の視点から見る方法としては、社会経済的な相互関係を見てみることだ。AfDは、「我々はかつてドイツで『庶民階級』と呼ばれてた階層を代表している」と主張しているが、これを裏付けることができる。AfDは、ドイツの貧しい地域、特に旧東ドイツの地域で最も大きく票を伸ばしている。対照的に、かつて労働者の党だったSPDはは、貧しい地域の選挙区で最悪の敗北を喫し、比較的裕福な地域で相対的に健闘している。
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職業に基づいたざっくりとした階級分析を用いると、社会経済的な支持基盤で大きな再編成があったことが見て取れる。
AfDは、「労働者(Arbeiter)」と自認する有権者の間で圧倒的な票を得ている。AfDはまた、「ホワイトカラー労働者層(Angestellte)」からも多くの票を得ており、「自営業者(Selbststaendige)」の間でも健闘している。一方、「年金生活者(retired)」からは驚くほど支持されていない。「失業者(Arbeitslose)」からは票を独占している。
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過去の選挙と比較すると、「労働者」層の票が、CDUやSPDからAfDへと大きく流れていることがわかる。
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ドイツでテレビ出演していたアナリストが何気なく言及したように、「労働者」層は、今やドイツでは有権者全体の10%に過ぎないことを念頭に置いておく必要がある。「労働者」層は、あまりに疎外されているので、データサイトでは見出しにすら登場しない。
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重要となっているのは、ホワイトカラー、給与労働者、自営業者、年金受給者の投票行動である…。
今回のドイツでの総選挙で、有権者の重要な分断線として、地域差以外があるとすれば、間違いなく年齢層だ。実に40%以上の有権者が60歳以上であり、50歳以上は57%に達している。一方、30歳未満はわずか14.5%、選挙権を獲得した若年層有権者は全体のわずか3.4%にすぎない。
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若年層有権者が主に投票したのは、ドイツの政治制度から疎外されている政党、つまりAfDと左翼党(Die Linke)である。
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対照的に、コンラート・アデナウアー〔初代西ドイツ首相〕を記憶している世代の43%が、CDUに投票している。
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ショルツ首相が率いる政権与党SPDは、年金受給者からの投票が、労働者層の2倍となっている。
そして、もう一つの大きな分断線がジェンダーだ。ジョン・バーン=マードックは、世界的なジェンダーの二極化について示した素晴らしいグラフを更新している。
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最新のドイツのデータを組み込んだ結果、ドイツの若年層男性はやや中道に回帰したが、若年層の女性は引き続き左へと強く移行しており、その差は30ポイントに達している。ジョンが、私に個人的に教えてくれたところによると、ドイツでこの男女間乖離が進んでいる主な要因は左翼党(Die Linke)の躍進である。
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今回の選挙で、緑の党や左翼党(Die Linke)に投票することは、人種差別にへの断固とした抵抗、街頭デモや現代のSNSを含むあらゆる手段による、公正な社会規範とESG(環境・社会・ガバナンス)規範の擁護を意味していた。これは進歩主義的な投票行動だ。しかし、防衛的な進歩主義でもあった。若年層、特に若い女性らは、平等と機会の獲得、自身が思い描くより良い世界が、〔MAGAに扇動された〕大西洋を横断する反ウォークという旗の下での女性差別的なバックラッシュによって後退させられることを望んでいない。
[Adam Tooze, “Chartbook 356: Deutschland 2025 – A live (and complicated) democracy.”, Chartbook, no.356, Feb 24, 2025]