ダイアン・コイル 「『経済』と『社会』はどのように絡み合っているか ~マーク・グラノヴェッター(著)『社会と経済』を読んで~」(2017年2月6日)

マーク・グラノヴェッターの『Society and Economy』(邦訳『社会と経済』)は、「経済」と「社会」の絡み合いについての彼なりの考えをまとめ上げようと試みた意欲作だ。すべての経済学者が一人前の心理学者(あるいは、一人前の社会学者)になる必要はないが、「信頼」や「規範(社会規範)」といった借り物の概念を借り物のままで済ませないためには、グラノヴェッターが本書で経済学者に突き付けている挑戦(方法論の次元における挑戦)に真摯に向き合わねばならないだろう。

「平均的な」経済学者は、社会学者の仕事にそこまで注意を払わないと言ってしまっても間違いじゃないと思うが、社会学者の仕事に注意を払う「平均的じゃない」経済学者であれば、マーク・グラノヴェッター(Mark Granovetter)という名前に馴染みがあるだろう。「強い紐帯」と「弱い紐帯」が果たす異なる役割をめぐるグラノヴェッターの業績は、経済学の分野でも広く引用されている。グラノヴェッターは、現在スタンフォード大学社会学部教授の地位にあるが、「経済」と「社会」の絡み合いについての彼なりの考えをまとめ上げようと試みた意欲作――二巻本のうちの上巻――がこのたび出版されたばかりだ。

Society and Economy:Framework and Principles』(邦訳『社会と経済:枠組みと原則』)を開くと、抽象度の高い議論がまず目に入ってくる。「信頼」、「権力」、「規範(社会規範)」、「価値」といった概念の定義だったり、経済的な意思決定や経済的な行動との絡みでそれぞれの概念の相互関係だったりが語られている。

本書では、経済に関わる規範や制度の生成を説明しようと試みている幾人かの経済学者を例に挙げて、彼らが社会学の概念を「その場しのぎ」で使っていることにまっとうな批判の矢が向けられている。経済学者が「社会規範」という概念をどうしても使いたいというなら、規範がどのようにして生成してくるのかという問題に深入りせねばならず、そのためには「認知(認識)」、「感情」、「社会関係」にも目を向けねばならないとグラノヴェッターは述べる。グラノヴェッターによると、「行動」革命(行動経済学の興隆)に伴って、経済学も心理学にちょっとばかり手を出しはじめてはいるが、社会規範を「行動に見られる規則性」と同一視するにとどまってしまっているという。 人々がどのようにして意思決定を下し、集団の内部でどのようにして社会規範が選ばれる(定着するに至る)のかという問いは、経済学の管轄外の問いだと言い募るのは「科学が進歩する上で格好の秘訣とはとても思えない」というグラノヴェッターの指摘は、『Preference, Value, Choice and Welfare』(邦訳『経済学の哲学入門――選好、価値、選択、および厚生』)におけるダニエル・ハウスマン(Daniel Hausman)の主張を思い起こさせる。

「何だか大袈裟(おおげさ)だなあ」と思うようなら、社会規範のインパクトがどれだけ大きいかを考えてみるといい。1970年代には、会社の経営者が自社の従業員に支払っているよりも何百倍もの高さの給与を受け取るのは「道徳経済」に反する振る舞いと見なされていた。しかしながら、わずか一世代の間に、妥当な給与の額に関する社会規範がガラリと変わってしまったのだ。いかにしてそうなってしまったのかを理解するのは、経済学者にとっても疑いなく重要なんじゃなかろうか?

私がいたく興味をひかれたのは、「信頼」に焦点が当てられている章だ。グラノヴェッターによると、なぜ他人を信頼するかというと、その理由は様々だという。それなのに、多くの研究者は、なぜ他人を信頼するのかを自分好みの理由――内面の心理状態、相手もやり返してくれる(こちらを信頼し返してくれる)だろうという期待、他人を信頼しておいたらいくらか得をすることになるかもしれないという可能性への賭け、等々――だけに帰しがちだという。

下巻では、上巻にあたる本書で定義され分析された概念をコーポレート・ガバナンス、組織形態、汚職といった具体的な事例に応用する予定だという。定義や方法論が論じられていることもあってかなり抽象的な本書に、具体的な事例が盛り込まれた下巻が加わるのが楽しみだ。本書で経済学者に向けられている批判は、実にまっとうだと思う。すべての経済学者が一人前の心理学者(あるいは、一人前の社会学者)になる必要はないが、「信頼」や「規範(社会規範)」といった借り物の概念を借り物のままで済ませないためには、グラノヴェッターが本書で経済学者に突き付けている挑戦(方法論の次元における挑戦)に真摯に向き合わねばならないだろう。

Society and Economy:Framework and Principles


〔原文:“Economy and society”(The Enlightened Economist, February 6, 2017)〕

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