チャールズ・エンゲル&スティーブ・パク・ユン・ウー「為替レートモデルは思われているより優れている。昔はうまく機能しなかった理由」(2024年9月6日)

一般的に、為替レートの標準的なマクロ経済モデルは実際のデータにうまく適合しないと考えられている。しかし、この記事では、実質金利、予想インフレ率、アメリカの貿易収支、グローバルリスク、流動性需要などの指標を含めたモデルが、21世紀のアメリカドルと他のG10諸国の通貨との為替レートの実データに適合すると論じる。〔マクロ経済モデルの〕貨幣と非貨幣の両方の変数によって、為替レートの動きを説明することができる。1970年代以降、モデルの適合性は徐々に改善しており、これは金融政策の改善(インフレ・ターゲット導入)と関連している。

一般的に為替レートの標準的なマクロ経済モデルは、実際のデータにうまく適合しないと考えられている(例えば、Meese and Rogoff 1983, Cheung, et al. 2005, Itskhoki and Mukhin 2021)。しかし、21世紀のアメリカドルについては、こうしたモデルが非常によく適合していることがわかった。実質金利、アメリカと海外の期待インフレ率、総合的貿易収支、グローバルリスク、流動性需要を指標とする「標準」モデルは、アメリカとその他G10諸国の通貨との為替レートの実データによって十分に裏付けられる。「通貨変数」(実質金利と期待インフレ率)と、「非通貨変数」は、為替レートの動きを説明する上で、同様に重要な役割を果たしている。1970年代から1990年代初頭にかけては、モデルの適合性は低かったか、現在にかけてモデルのパフォーマンスは着実に改善している。改善に繋がったのは、金融政策の改善(インフレ・ターゲットの導入)によって、期待の自己実現余地がなくなったことにある。金融政策の変化と、為替レートモデルのパフォーマンスが関連しているとする様々な証拠を本稿では提示する。

詳細は、我々の最新の論文(Engel and Wu 2024)を参照されたい。本稿では、技術的な詳細や文献への言及を省略している。本稿では、ユーロ、英ポンド、カナダドル、オーストラリアドル、ニュージーランドドル、ノルウェークローネ、スウェーデンクローナとアメリカドルとの為替レートの決定的要因を検証する。なお、日本円とスイスフランは特殊なケースとなっており、別途取り上げる。

実証モデルでは、月単位の為替レートは、以下の要因から決まるとされている。

・アメリカと「外国」との実質金利差。為替レートに関するほとんどのマクロモデルでは、実質金利の上昇は通貨高をもたらすと仮定している。アメリカで実質金利が上昇すればドル高につながり、外国で実質金利が上昇すればドル安につながる。

・インフレ。逆説的なかもしれないが、アメリカでインフレ率が上昇すればドル高につながる(そして外国でのインフレ率の上昇はドル安につながる)。これは、金融政策が信頼できる場合の、ニューケインジアン・マクロ経済学パラダイムからの結論だ。(過去1年間に)インフレ率が上昇すれば、インフレ・ターゲットを採用している中央銀行は引き締めに向かう。現在の金融政策のスタンスによって決定される実質金利はすでにコントロールされたものとなっているため、このチャンネルは、将来の金融政策の行動に対する期待を捉えたものである。

・アメリカの財とサービスにおける貿易収支。アメリカの貿易赤字が増加すると、対外純資産残高は悪化する。特に21世紀初頭には、対外債務の価値を引き下げることになるドル安政策が取られるのではないかと市場が懸念したため、貿易赤字の増加はドル安と結びつくことになっている。

・グローバル・リスク。アメリカドルは「安全な避難先」通貨と考えられている。グローバルリスクが高い場合(債券市場のスプレッドで測定している)、ドル高になる。

・流動性需要。また、世界的に負荷がかかっている状況では、市場はドルという流動性資産への需要を高める。需要が高まると、アメリカ国債の資産としての「利便性利回り(コンビニエンス・イールド)」が上昇し、ドル高が進むことになる。

・購買力平価。ドルの相対的な購買力が非常に不均衡になると、購買力平価(PPP)水準に戻る(弱い)傾向がある。

モデル推定

モデルを〔対アメリカドルでの〕各通貨ごとに推定し、パネル推定も併用する。マクロ変数の符号の大きさは、一般的に経済理論と一致しており、1999年1月から2023年8月までの期間で推定したものだと、概して統計的に非常に有意となる。1999年1月を開始点としたのは、この時にユーロが創設されたからだ。図1は、モデルの適合値を、実際の為替レートをプロットしたものである。

具体的には、モデルは為替レートを月単位での変化に対して推定されているため、ここにプロットした水準に対する適合値は、モデルの推定変化を毎月蓄積し、為替レートの水準(対数)に対するモデルの適合値を生成したものとなる。累積の初期値は、適合値の全体平均がデータの全体平均と等しくなるように選択している。

ここでは、為替レートを予測しているわけではないことに注意してほしい。たとえば、実証モデルでは、2021年1月の為替レートを説明するために2000年1月のデータを使用している。為替レートのマクロ経済モデルが優れたモデルであったとしても、おそらく予測には有用なモデルにはなっていないだろう。ほとんどの場合で、為替レートは、説明変数の予期しない変化によって毎月変化する。しかし、こうした予期しない変化は、定義上予測できないものだ。よって、為替レートの変化を予測することは、たとえ最高のモデルが入手できたとしても非常に困難となっている。

モデルの適合性

図1を見てほしい。ユーロの為替レートでは、1999年から2000年までのドル高と、それに続く2001年から2008年までのドル安を、〔マクロ経済モデルと実際の為替レートとは〕適合値として再現されている。また、2008年、2010年、2013年の急激なドル高も再現されている。モデルのインプライド系列でも、2021年から20023年までのV字型を模倣して、2020年以降のパターンと非常によく適合している。赤と青の線の密接な対応は、1999年と2023年の異なるサブ期間の他の全ての通貨でも同様に適合する。

実データとモデルによる購買力平価での為替レートの比較

近年になるにつれて適合度が向上している

しかし、1999年以前のサンプルでは〔モデルと実データ〕は適合しない。1973年から20年間のローリング・サンプルでモデルを推定すると、これが実証される。1999年以前の事例では、適合度は低く、変数は通常、統計的に有意とならない。有意な場合であっても、符号が正しくなかったり、R-2乗値は低い。説明変数の結合的な統計的有意性のF検定では、帰無仮説を棄却できない。しかし、時間経過に伴って、F統計値とR-2乗値はほぼ単調に増加し、これら統計値は最近の20年で最大有意となる。図2は、これらローリング回帰からR-2乗値とF統計値を経時的にプロットしたものだ。初期のサンプルでは〔実データとモデルは〕あまり適合していないが、着実に適合度合いが高まっていることを示している。

図2 20年間のローリング・ウィンドウ回帰のF統計値とR-2乗値

過去にはモデルがうまく機能しなかった理由

過去にはモデルの適応度が低く、現在は優れている理由は何だろう? 我々は、金融政策のレジーム変化で説明できるかもしれないと主張する。我々が示すように、中央銀行が信頼に足りるインフレ・ターゲット政策をとらない場合、インフレ、生産、為替レートを含む経済の変数に影響を与える自己実現的な期待の余地が生まれることを示唆している。これを直感的に説明すると、市場がインフレ率が上昇すると信じたとしよう。中央銀行はこの期待の変化に十分な対応をとらなければ、実質金利は低下する。実質金利が低下すると、総需要が刺激され、インフレと通貨安につながる。我々は、中央銀行への信頼が高まるにつれ、こうした現象は低下し、標準モデルの適合性が向上したと主張している。金融政策に信頼性があれば、何もないところから吹き出たインフレ期待があったとしても、金融引き締め政策によって将来のインフレの可能性が除去されると市場は判断するため、インフレ期待は維持されない。

〔この近年のモデルと実データの〕適合性の向上が、通貨変数〔実質金利とインフレ期待〕に関係していることは、この20年のローリング回帰で、実質金利変数(Δi, Δi*)と、インフレ指標 (π and π*)のt統計量をプロットした図3で明らかとなっている。t統計量は、変数の寄与度(推定回帰係数)を推定精度(指定の標準誤差の逆数)でスケーリングして測定している。これよって、為替レートの動きを説明する上で、各変数がどの程度重要であるかがわかる。これらのグラフで、もし理論が正しければ、t統計量は、アメリカの金利変数とインフレ変数では負、外国の変数で正になるはずである。これは、約2.0以上の値となっており、統計的に有意となっている。図3では、いくつかの例外を除くと、変数はサンプルの初期ではほとんど有意ではなく、間違った符号を示すことが多いが、後期のサンプルでは正しい符号を示し、統計的に有意となっている。

金利変数とインフレ変数は、金融政策による為替レートへの影響が、信頼できる金融政策に反応しているかどうかを示すことになるので重要である。金融政策が信頼できるものであれば、実質金利が高い通貨は高くなり、インフレ率の上昇は将来の金融引き締めの予測から通貨は高くなるはずだ。このパターンは、初期のサンプルでは当てはまっていないが、後期のサンプルでは当てはまる。

図3:20年間でのローリング・ウィンドウ回帰のt統計量

アメリカの金融政策はポール・ボルカーが総裁の時代から変化を始めている。1980年代半ば以降のデータに基づいて推計されたテイラー・ルールによっても、金融の安定は裏付けられている。サンプルとして採用した先進諸国は、1980年代後半から数年後にインフレ・ターゲットを採用している。ニュージーランドは1900年、カナダは1991年、イギリスは1992年、スウェーデンとオーストラリアは1993年、ノルウェーは2001年である。ヨーロッパ中央銀行は1999年に創設されたが、政策の柱の一つとなっているのがインフレ・ターゲットである。ドイツは、ユーロが創設される前の1992年に正式にインフレ・ターゲットを採用したが、インフレ・ターゲットは常にブンデス・バンクの政策の中核にあった。

我々の論文では、こうした国々での金融政策の転換と、その信頼性が徐々に高まっていることを裏付けるさらなる証拠を提示している。論文での重要な貢献は、実証モデルの成功が、リスク変数と流動性需要の変数だけに依存していないことにある。リスク変数と流動性需要変数も、グローバルに金融ストレスが高まった場合のドルの動きを追跡する上で重要である。アメリカや他の国での金融政策のスタンスを表す変数〔実質金利&インフレ率〕は、モデルと実データとの適合度合いで、現在は高く、過去には低かったことを説明する鍵となっている。時間の経過を伴ってこうした変化した原因として、金融政策の性質に変化するのは自然な説明である。

実証的為替レートモデルは、思われているより優れている

むろん、モデルの適合度は完全ではない。実際には、最近のいくつかの研究で強調されているように、市場外の「ノイズ取引」などの、為替レートを動かす他の要因がある可能性はある。しかし、適合が完全でない主な理由は、理論上の為替レートを動かすとされる変数(金融政策のスタンス、グローバルなリスクの水準、流動性需要等)を、エコノミストが完全に測定できていない可能性が高い。図1は、実証モデルが、ドル為替レートを動かしている主な要因を捉えられるであろうことを確かに示している。

参考文献

Cheung, Y-W, M D Chinn and A G Pascual (2005), “Empirical exchange rate models of the nineties: Are any fit to survive?”, Journal of International Money and Finance 24: 1150-1175.

Engel, C and S PY Wu (2024), “Exchange Rate Models are Better than You Think, and Why They Didn’t Work in the Old Days”, NBER Working Paper 32808.

Itskhoki, O and D Mukhin (2021), “Exchange rate disconnect in general equilibrium”, Journal of Political Economy 129(8): 2183-2232.

Meese, R and K Rogoff (1983), “Empirical exchange rate models of the Seventies: Do they fit out of sample?”, Journal of International Economics 14: 3-24.

著者
チャールズ・エンゲル:ウィスコンシン大学マディソン校ドナルド・ヘスター経済学教授
スティーブ・パク・ユン・ウー:カリフォルニア経済大学サンディエゴ校准教授

[Charles Engel Steve Pak Yeung Wu, “Exchange rate models are better than you think, and why they didn’t work in the old days” VoxEU, 6 Sep 2024]
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