ノア・スミス「西洋の左翼は混乱してる」(2023年10月10日)

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Photo by Stuart Meissner

無辜の市民の虐殺をうれしげに支持するのは,残忍としか言えない

じきに経済ネタのブログ活動に戻るよ.約束する.そのときは,まずクラウディア・ゴールディンのノーベル経済学賞から取り上げよう〔追記:こちら〕.ただ,まずは,イスラエル-ハマス戦争についてもうひとつ,書いておかないといけないことがある.

冒頭の画像は,アメリカ民主社会主義党のニューヨーク市支部がパレスチナの大義を支持して行った集会の様子だ.この集会が行われたのは10月8日,1,000人以上のハマスの武装集団がイスラエルを攻撃した翌日のことだ.これだけじゃなく,全米各地のアメリカ民主社会主義党の支部も同様の集会を開いたし,あちこちの大学のキャンパスでも集会は開かれた.報道によると,写真に写ってる女性は,イスラエル支持の反・抗議派の人たちに鉤十字を見せつけたそうだ.

まだこの件をあまり読んでない人のために言い添えると,ハマスの襲撃者たちは音楽フェスティバルを襲撃して,少なくとも260人の参加者たちを殺害し,他にも大勢の人質をとっている.さらに,襲撃者たちは周辺のイスラエルの街にまで攻撃を広げ,無差別に市民を虐殺してる.ハマスによる攻撃の死者総数は,現時点でイスラエル人1000人にのぼっている.さらに死者が発見されて,この数字は増えるかもしれない.焼かれた赤ちゃんたちも発見されている.捕虜・人質の一部をハマスが虐殺している様子を映した動画もある.ハマスは,処刑の場面を生配信して,犠牲者本人のフェイスブック・ページに投稿までしている.さらに,ハマスの戦闘員による強姦その他の虐待もたくさん報道されている.犠牲者には,11名のアメリカ人他の国々の市民も含まれる.フェスティバルの参加者やそこで働いていた人たちだ.

これは,どんな戦争でなされようと戦争犯罪と正当に呼べる種類の行為だ.ぼくはウクライナを大いに支持してるけれど,もしもウクライナの戦闘員がロシアの音楽フェスティバルで虐殺を行ったら,それを厳しく非難するし,二度と同じ事態を起こさないようにウクライナ政府に要求する.でも,パレスチナ支持の集会を開いてるアメリカの左翼の多くは,市民を標的にしたこういう行為を解放の行為として称賛してる.それどころか,殺害について冗談すら飛ばしてる.たとえば,ある動画では,ニューヨーク市での集会で演説した人の一人がこんなことを語っている:

すでに見た人もいるかもしれないけど,レイブかデザートパーティをやって盛り上がっているところに,いきなりハンググライダーでレジスタンスが襲来して,少なくとも数十名のヒップスターたちをさらってしまったという出来事もあった.

こんな風に虐殺の様子を語る彼の言葉に聴衆は歓声を上げた.また,他の集会の告知ポスターは,ハマスがフェスティバル襲撃に使ったパラグライダーの英雄的な画像で彩られていた.今回の攻撃への称賛を明言している支部もある.

一方その頃,他の国々では,いっそう血の気の多い様相を呈した集会すら開かれた.オーストラリアのシドニーの動画では,「ユダヤどもをガス室送りに!」(“Gas the Jews!”) と人々が連呼する様子が映されている.

ネット上では,今回の攻撃を支持する左翼的なレトリックが,猛烈に歓迎されている.

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パレスチナ人が自由になるには申請書類かなにかをやらないといけないなんて思ってた人なんているのか.これこそ,抑圧者と抑圧された者との戦いの姿だ.

そういうレトリックのなかには,まるっきりヘンテコなものもあった.

また,別の左翼の人たちは,音楽フェスティバルでの強姦の報道に憤慨してこれを否定しようと試みたりもしてる――まるで,ハマスが強姦せずにただ人々を無作為に殺害してたならこの件が受けるべき道義的非難が減るとでも言わんばかりだ:

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性的暴行の事例を伝える報告で確証のあるものはひとつもない.ビキニ姿の女性の遺体の傍らに座っていた戦闘員は彼女を強姦したに「ちがいない」と決めつけられているだけだ.

これは,白人女性を守るためにアメリカで奴隷制が必要だったと過去を塗り固めるのに使われたプロパガンダと同じだ.

こういう反応は,どれもこれもひどく冷酷だ.でも,こういうアメリカ民主社会主義党の集会の品位を落としたのは,なにもこういう血なまぐさくてときに反ユダヤ差別の言動だけじゃない.彼らの集会の広告では,「75年間の占領」が言及されてる.ガザや西岸は1967年に占領された.これは56年前のことだ.75年前というのは,イスラエル建国のことだ.つまり,これを言ってる左翼の人たちは,はっきりと,イスラエルの民族浄化をめざすハマスの目標を支持してるわけだよ.

さて,現時点で,次のことはぜひ指摘しておきたい.ぼくが知るかぎり,民族浄化の殺意と支持のすべて,100%が,草の根の一般人たちから来ている.社会主義の政治家たちや進歩派の指導者たちからではない.バーニー・サンダースもアレクサンドリア・オカシオ=コルテスも,ハマスの攻撃を強く非難した.「スクヮッド」の女性議員4名は,ハマスの攻撃に対して軍事行動を起こさないようイスラエルに呼びかけた.これは非現実的ではあるけれど,ハマスを支持する言動にはまったく該当しない.長らく一貫して親パレスチナの立場をとっているエリザベス・ウォレンは,ハマスの暴力を伝える報道に涙を流して,「今日,これを言うために私は来ました.テロリズムに正当な理由がないことは明白です」と語った.ニューヨークの多くの民主党指導者たちも,社会主義民主党の集会を「偏狭かつ無神経」といって咎めた

左翼の草の根の人々のあいだですら,ハマスの戦争犯罪が一枚岩で称賛されたわけじゃない.一部の筋の通った社会主義者たちは良識ある姿勢を貫いてる:

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ハマスによる民間人への暴力行使を非難できてない左翼は,誰であろうと右翼に贈り物をおくっているようなものだ.

脱植民地をすすめるのに,路傍やレイブにいるふつうの民間人を無差別に殺害する必要なんてないんだよ!

また,アメリカ民主社会主義党の全米組織は「いかなる市民の殺害も全面的に非難する」と発表して,戦闘員たちに人権法を尊重するように求めた.

でも,ネット上や路上で左翼たちが殺気だった怒りを発してるのを見ると,どうやら西洋の左翼運動には根深い病状がありそうだ.「イスラエルはアパルトヘイト体制でこれに対抗する戦争は正当だ」と信じることと,「音楽フェスティバル参加者を無差別に虐殺するのはその戦争を遂行する上で容認される行いだ」と信じることは,別問題だ.かりに,「現代の「戦争犯罪」定義があまりにも厳しすぎる,敵の民間人を大量に殺すのは交戦相手を降伏に追い込む上で容認される方法なんだ」と考えたとしても,喜色もあらわにその虐殺に声援を送ったりジェノサイドを支持する人たちと肩を並べて行進したりするのは,忌むべき行いだ.

そして,なにがとりわけ胸くそ悪くなるかって,いまハマスによる虐殺を称賛してる同じ左翼の人たちが,ロシアの占領に対抗するウクライナの防衛を支持するのを拒んでいるところだ.アメリカ民主社会主義党の国際委員会は,ロシアによる侵攻は NATO のせいだと非難して,「平和」を支持してる.その平和とは,ロシアによってウクライナの多くの地域が永久に支配されることだ.

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Source: DSA International Committee

音楽フェスティバルでの大量殺戮を称賛しながら,ウクライナに「武器を捨ててロシアによる野蛮で恒久的な占領を受け入れろ」と要求するのは,いったいどういうわけだろう? ここには,道義的な一貫性なんてみじんもない.一方の占領はおおむね西洋と軌を一にした国家によるものなのに対して,もう一方の占領は西洋と対立する国家による占領だってことでしかない.これは,正真正銘,混じりっけなしの陣営優先思考だ (“campism“).

さて,こういう話をしてると,ほんとに左翼が大嫌いな人たちからこんな声が返ってきそうだ――「ほらな,ノア? これがあいつらの実態だよ.これまでずっとこうだったんだ!」 もしかすると,そのとおりかもしれない.なにしろ,20世紀のあいだ,少なくない西洋の左翼はスターリンを擁護したり毛沢東を偶像あつかいしたりクメールルージュの大量殺戮を否認したりしてたからね.でも,少なくとも,そういう20世紀の〔社会主義・共産主義の〕護教論者たちは,ああいう体制がユートピア社会を建設しようとしてるんだと自分たちに言い聞かせることができた.「他人の頭骨を」――いや,ちがったかな――「卵の殻を割らなくてはそこには至れない」という話だったからね.これと対照的に,ハマスは宗教的な右翼集団で,その支持者たちは明示的にナチの意匠を用いてる.そんな集団が,いま彼らから声援を送れる最良のチームなんだとしたら,左翼の人たちはずいぶん堕落してしまってる.

というか,「堕落している」というのが実のところ,ここでのカギなんだと思う.20世紀の共産主義の企ては壮大に失敗し,その後のウゴ・チャベスみたいな巻き返しの努力も失敗に終わった.植民地支配からの脱却は実現して,ヨーロッパのあれこれの帝国は消滅した.ヨーロッパでは社会民主主義が成功したけれど――社会民主主義の成功は,つまるところ革命ではなく改革思考の進歩派たちが推し進めた結果だった――その成功にはこれ以上の改善の余地があまりないことを認めているように思える.スウェーデンの労働者たちは革命なんてはじめそうにない.だって,スウェーデンの社会民主主義は〔彼らにとって〕実に結構なものだからね.

この結果,西洋の左翼たちには,戦うべきものが大して残っていない.たしかに,こんな主張をする人たちはいる――「アフリカやラテンアメリカの国々はいまだに『植民地化』されてる.だって,輸出してる天然資源に見合うだけの対価を支払われていないじゃないか.」 でも,そんな主張を実際に信じてる人はほんのわずかしかいない.まして,路上でデモ行進をしようという気を起こす人となると,いっそう少ない.それに,「ネオリベラリズムのせいで世界もアメリカも貧しいままになってしまった」と左翼の人たちがうるさく言いつづけてるにも関わらず,世界の貧困が急激に減ってきてることやたいていのアメリカ人たちが物質的に不安がないことを,ある水準では誰もが知っている.

パレスチナの大義は,ちがっていた.あれは,こういう「歴史の終わり」の倦怠感の例外だった.ここには,とってつけた理屈ではなしに,現実に一目瞭然の抑圧があった.ここには,脱植民地の解放の戦いと言っても(いくらか)もっともらしく思えるものがあった.アメリカと同盟してるために,イスラエルは西洋の一部と言ってもおかしくはなくって,おかげで西洋の左翼はこれに対立するのはおかしくないと感じられた.それに,たいていの主流の進歩派はイスラエルが存続し続けることを本能的に支持してるから,この論点なら中道左派の本流から西洋の左翼が自分たちをくっきり鮮明に区別する線引きができた.

こんな具合に,西洋の左翼はいっそうパレスチナの大義に寄りかかり始めて,地政学に関する彼らの見解でパレスチナの大義はいっそう中心的なものになった.他の誰も彼もがウクライナ戦争や中国との緊張の高まりやミャンマーでのジェノサイドなどなどについて議論してるかたわらで,西洋の左翼にとってはとにもかくにもパレスチナこそが大問題なように思えることがしょっちゅうだった.

(当然ながら,ここでは広い一般論を語っているので,ありとあらゆる定番の但し書きがつく.)

なので,彼らが英雄視している集団が――自分たちの道義的な威信をさんざん投資してきた自由の戦士たちが――コンサート会場に現れてレイブパーティ愛好キッズやアジア系労働者を斬首したり,おばあちゃんなんかを攫ったりしはじめたとき,西洋の左翼としてはなにをすべきだったと思う? そういう状況では,イデオロギーをまるごと切り替えないかぎり,彼らにできることなんて2つしかない――自分たちのチームの残酷な行いはもっと高尚な目的の名のもとに正当化されると自分に言い聞かせて,このうえなく好戦的な分子たちと肩を並べて路上で行進するか,それとも,一歩引いたところから両方の陣営に向かって民間人を殺すのは避けるように呼びかけるか,その2つだ.左翼寄りの指導者たちは後者を選んだ.でも,草の根の左翼は前者を選んだわけだ.

ともあれ,分析的な口調をしているときも,ぼくが道義的な嫌悪感を抱いてるのを見過ごさないでほしい.虐殺に声援を送るか,そんな声援を送るのを拒否するかは,みんないつだって選べる.自分が参加した集会が,鉤十字やら「ユダヤをガス室送りに」やらをやりだして無辜の市民の死者をみんながあざける始末になったなら,まあ,キミは間違った選択をしてしまったわけだ.今回の件で,左翼運動には草の根レベルですごく残虐で血の気の多い人たちがたくさん含まれていることが,多くのアメリカ人に理解されそうだ.最終的には,こういう実態が発覚することで,進歩派アメリカ人のあいだで左翼運動の評価が打撃を受けて,過去10年で築かれた友好的な見方もいくらか失われることだろうね.


[Noah Smith, “Western leftists have lost the plot,” Noahpinion, October 10, 2023; translation by optical_frog]

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