アイルランドでの国民投票まで残り3日。EU(欧州連合)の新しい「財政協定」の批准の是非を問う国民投票だ。投票結果によっては、欧州における緊縮(財政緊縮)をめぐる論議がさらに紛糾する可能性がある。そんな中、先手を打って自己防衛を図っているのがクローンズの住民たちだ。モナハン県にある町の住民たち――肉屋、バーのオーナー、小売店主、理容師、一般住民――が旧通貨を蘇らせているのだ。カトリック教徒の解放運動を先導したダニエル・オコンネル(Daniel O’Connell)をはじめとして母国(アイルランド)の英雄の顔が描き込まれているプント(アイルランド・ポンド)が再び出回り出して、店のレジの中に居座るようになっているのだ。
不景気のせいで疲弊した町に活を入れる実験に、住民たちがこぞって参加している。抜け穴をついた実験だ。アイルランド製のマットレスの下にしまい込まれているプント、子豚の貯金箱の中に紛れ込んでいるプント、記念品として靴箱の中で塩漬けになっているプント、休眠口座に預けられているプント。それらすべてを合わせると2億8500万プントに上(のぼ)ると見込まれているが、どこかしらに眠っている2億8500万プントが今でも法定通貨として通用する――アイルランド中央銀行にプントを持ち込んだら、1プントを1.27ユーロと交換してもらえる――のだ。
町外からの訪問も歓迎されている。旧通貨(プント)の持ち主が町外からやって来ると、ラミネート加工された青色ないしは黄色のクーポン券と交換してもらえる。そのクーポン券は、町内にある45店で使える。
個人の力に頼って名目GDPを高めようというわけだが、効率が悪そうだ。その一方で、価格差別を行う手としては効率的なやり方と言えるかもしれない。ところで、ラミネート加工されているクーポン券は中国製らしい。
全文はこちら。情報を寄せてくれたトレイシー・ウィルキンソン(Tracy Wilkinson)に感謝。
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1930年代の大恐慌期と同じように、スペインをはじめとして欧州の一部で並行通貨が登場したり物々交換が流行り出しているようだ。例えば、こちらの記事。
心理学者のアンゲルス・コルコレス(Angels Corcoles)氏がつい先日講師として呼ばれたのは、女性の自立をテーマとしたセミナーだった。セミナーが終わると、主催者から報酬として小切手が手渡されたという。その小切手には、ユーロの額ではなく、時間数(労働時間数)が書き込まれていた。
しかしながら、コルコレス氏は何とも思わなかった。市全域に張り巡らされているネットワークのおかげで、お金を払わずに色んなサービスを受けられるからだ。コルコレス氏が手にしている「10時間」と書き込まれた小切手を使えば、髪も切ってもらえるし、ヨガ教室にも通えるし、家の改修工事だってしてもらえるのだ。
ユーロの将来が危ぶまれているだけでなく、何百万人もが失業していたりパートタイムで働くのを余儀なくされている関係でお金に余裕がなくなっている中、スペインの一部で「並行経済」が産声を上げている。ユーロという単一通貨圏の外で生活する人が増えているのだ。
地中海南部の沿岸にあってアフリカからわずか80マイルしか離れていないマラガ市の住民たちが立ち上げたウェブサイトでは、仮想通貨を使って売買ができる。カタルーニャ州にある漁業都市のビラノバ・イ・ラ・ジャルトルでも同様の実験が行われている。ただし、紙製のクレジットカードが新しい通貨だ。市内にあるお店でそのカードを使うと、ユーロを使うよりもお得に買い物ができる。
こちらの記事でも他の事例が紹介されている。
こういう試みに伴う興味深い側面の一つは、不況の原因を賃金や価格の「粘着性」に求める説を相対化してくれるところだ。物々交換をしたり並行通貨を受け入れたりするのは、価格差別の一種と言える。モノで支払ってもらう(あるいは、何らかのお返しをしてもらう)のと引き換えに、商品を割引価格で売っているようなものなのだ。そのようにして、売れる量を増やそうとしているのだ。お返しをしてもらうのと引き換えに、価格や賃金を引き下げているようなものなのだ。物々交換が流行ったり並行通貨が受け入れられたりするのは、売れる量を増やせるのであれば価格や賃金を引き下げたって構わないと猛(たけ)り立っている売り手(商品の売り手/労働の売り手)が少なくとも一部はいることの証拠なのだ。
(ケインズだとかデフレスパイラルだとかについての講釈は勘弁願いたいと思う。ECBは、デフレになるのだけはどうにか防いでいるのだ)
不況の背後にある何らかの問題をどうにか解決しようとして、物々交換が流行ったり並行通貨が登場したりしていると考えられるが、その問題――物々交換の流行や並行通貨の登場によってその重要性が浮き彫りになる問題――とは一体何なのだろうか? 一つ目は、信用市場の機能不全である。物々交換にしても並行通貨にしても、鈍ってしまっている金融仲介機能の代わりを務めようとしているのだ。二つ目は、売りと買いの相互作用ゆえに生じるコーディネーション問題である。クラウアー(Robert Clower)やレイヨンフーヴッド(Axel Leijonhufvud)らが分析を加えた問題だが、そういう問題を解決しようとして物々交換が流行ったり並行通貨が登場したりしているのだ。
(追記)物々交換と不況の絡み合いについては、タバロックが過去にこちらのエントリー〔拙訳はこちら〕で話題にしている。スコット・サムナーも参戦〔拙訳はこちら〕のようだ。
〔原文:“One measure of deflationary pressure”(Marginal Revolution, May 30, 2012)/“What do barter exchanges imply about depressions and recessions?”(Marginal Revolution, September 13, 2012)〕