アレックス・タバロック 「失業、不況、物々交換」(2011年3月21日)

不況になると、物々交換が盛んになる?
画像の出典:https://www.photo-ac.com/main/detail/2183556

ニック・ロウ(Nick Rowe)によると、「貨幣に対する超過需要」が不況の原因というのがニューケインジアン流/マネタリスト流の不況理論のエッセンスだという――ポール・クルーグマン(Paul Krugman)がちょくちょく持ち出すおかげで有名になったベビーシッター協同組合のエピソードも実は(「貨幣に対する超過需要」が不況を生む原因という)同じ教訓を伝えているお話の一つだ――。ロウ曰く、

失業中の美容師は、爪にマニキュアを塗ってもらいたいと思っている。失業中のネイリストは、マッサージをしてもらいたいと思っている。失業中のマッサージ師は、髪を切ってもらいたいと思っている。三者間での物々交換を難なく成り立たせるような仕組みがあるようなら、全員がその案に乗るだろうし、誰も失業しないで済むだろう[1] … Continue reading。しかしながら、全員が得をする機会が目の前にあるにもかかわらず、その機会は放っておかれている。道端に大金が落っこちているのに誰も拾わずにいるようなものだが、ケインジアンの理論ではそういうことも起き得ると想定されている。ケインジアンの理論では、全員が得をする機会が放っておかれたままで失業が起きる状態が短期的な均衡となり得るのだ。道端に落ちている大金を誰も拾わずにいるのはなぜなのだろう? 全員が得をする機会が放っておかれているのはなぜなのだろう? 失業者たち――失業中の美容師、失業中のネイリスト、失業中のマッサージ師――は、どこに行けば自分が欲しいものが手に入るかを知らないわけじゃない。

物々交換を成り立たせるのが簡単なようなら、三人が失業するなんて事態は起きない。三者間での物々交換を難なく成り立たせるような仕組みがあれば、三人とも得をするのだから、全員がその案に乗るだろう。価格が「粘着的」だとしても関係ない。自分が提供するサービスに付ける価格を三人がともにこれまでよりも10%引き上げたとしても、物々交換で肝心になってくる相対価格は変わらない。10%だけ高くなったサービスを受けるのと引き換えに、10%だけ高くなったサービスを提供するだけだ。

・・・(中略)・・・

失業中の美容師は、現状の相対価格を割安だと思っていて、爪にマニキュアを塗ってもらえるなら、相対価格以上のサービスを提供してもいいと思っている[2] … Continue reading。しかしながら、爪にマニキュアを塗ってもらうのと引き換えに、お金を手放したいとは思っていない。失業中の残りの二人も同じくだ。だからこそ、失業が起きているのだ。誰もお金を使おうとしない(貨幣に対する超過需要が生じている)からこそ、失業が起きているのだ。

ケインジアン流の失業が起きるのは、貨幣経済においてこそなのだ。・・・(略)・・・物々交換がうまく成り立っていて貨幣が大して重要じゃなくなるようなら、ケインジアン流の失業は起きないのだ。

ロウの説明を読んでいる最中に、ちょっとしたテストを思い付いた。ケインジアンの理論とRBC(実物的景気循環)理論のどちらが現実との折り合いがいいかを測るテストだ。物々交換が可能なら「ケインジアン流の失業」――「貨幣に対する超過需要」が原因で引き起こされている失業――は起きないというのは、物々交換がケインジアン流の失業をなくす(減らす)術の一つになるということでもある。その一方で、「RBC流の失業」は実物的な要因によって引き起こされるわけだから、物々交換はRBC流の失業をなくす(減らす)術にはならないだろう。さて、ここで質問だ。不況に陥ると物々交換は盛んになるだろうか?

1930年代の大恐慌期には、物々交換が急に盛んになって、物々交換を目的とする組織が急増した。カリフォルニアの「失業者交流協会」(UXA)をはじめとして、物々交換を目的とする組織が国内のあちこちで続々と結成されたのである。その数は何百にも上ったが、最盛期には百万人もの労働者が会員として名を連ねたらしい。

物々交換というのを狭く捉えるのではなく、「代替通貨」や「地域通貨」――具体例を挙げると、イサカ・アワーズとか、LETS(地域交換取引制度)とか――も物々交換に含めるとしよう。貨幣でないものを貨幣として流用したのが代替通貨だとか地域通貨だとかだが、そういう存在は総需要ショックを和らげる働きをする可能性がある。だからこそ、「貨幣」というのを狭く定義せずに、貨幣の分野への参入障壁をなくすのが大事になってくるのだ――貨幣の分野への参入障壁をなくすのが大事である理由は他にもある。その辺は、コーエン&クロズナーの『Explorations in New Monetary Economics』やフリーバンキング論の分野で詳しく追究されている――。

1930年代の大恐慌期には、代替通貨――あるいは、スクリップ(臨時紙幣)。「恐慌スクリップ」という呼び名でも通用している――の発行も劇的に増えている。あのアーヴィング・フィッシャー(Irving Fisher)が『Stamp Scrip』(『スタンプ・スクリップ/スタンプ紙幣』)と題された本を書いていたりもするのだ。今ではすっかり忘れ去られてしまっているこの本の一部を以下に引用しておこう。それにしても、ニック・ロウの説明とそっくりだね。

過剰生産が不況の原因ではないという証明が必要なら、物々交換が試みられようとしているのがその証明――あるいは、証明の一部――になる。商品が過剰に生産されているわけではなく、「お金(貨幣)」と呼ばれる循環式の移送ベルトが不足しているせいで商品の循環が行き詰まっているのが不況の原因なのだ。

数多くの商売人が戸惑いと憤りを抱えながら座している。そして、考えに耽(ふけ)る。うちの商品を欲しいというお客はたくさんいるし、こちとらが欲しい商品はあちこちで売られている。健康でやる気がある労働者もそこら中にいる。それなのに、閑古鳥が鳴いている。何一つ売れやしない。そのおかげで、欲しい商品を買うお金がない。A氏が呟(つぶや)く。「Bさんのところの商品を買いたいんだがなあ。でも、買うお金がない。お金を持ってるどこかの誰かがうちの商品を買ってくれんかのう」。B氏が呟く。「Cさんのところの商品を買いたいんだがなあ。でも、買うお金がない。お金を持ってるどこかの誰かがうちの商品を買ってくれんかのう」 。求職者が呟く。「AさんのところとBさんのところとCさんのところで同時に働けるなら、給料はお金じゃなくて店の商品で払ってもらったって構わない。その商品――Aさんの店の食料品、Bさんの店の衣類、Cさんの店の薪(まき)――があれば、家族を養える。でも、誰も俺を必要としていない。掛け持ちなんて到底無理だ」。そこへD氏が登場して、口を開く。「本当に現物払いでもいいっていうなら、あの子を雇えるんだがなあ。でも、あの子はトロンボーンは吹かないって言ってたからなあ。トロンボーンくらいしか渡せるモノがないんだよ」。

シックとマリーが叫ぶ。「あら、よかったわ。Aさんところの坊やがトロンボーンを探してたわよ。問題解決ね。〔Aさんのところの坊やを雇って、給料としてトロンボーンをあげればいいわけだから〕お金を使わずに、すべてが丸く収まるわよ・・・(略)・・・」。

・・・(中略)・・・

20世紀という現実の世界に目を転じると、大人数の間で物々交換を成り立たせるためのハードルは途轍(とてつ)もなく高い。

・・・(中略)・・・

だからこそ、シックだとかが先頭に立って、物々交換を目的とする組織を立ち上げているのだ。・・・(略)・・・つい先ほどの創作話とそっくりな現象が今の不況下で現実に起きているのだ。そのことが今年(1933年)に入ってますますはっきりしてきているのだ。

今はどうなんだろう? 残念ながら、内国歳入庁(IRS)は物々交換の統計データを集めていない(物々交換で手に入れた品についても、内国歳入庁に報告しないといけない決まりになってはいるけれど)。Googleトレンドを調べると、2008年~2009年に「物々交換」というワードの検索回数が増えている。でも、ちょっとしか増えていない。物々交換が盛り上がりを見せていることを伝える報道もあるにはあるが(こちらこちらを参照)、あくまでも局地的な現象にとどまっている。大恐慌期のように国内全域に広がるまでにはなっていないようなのだ。些(いささ)かの驚きを禁じ得ない。なぜなら、インターネットだとかマッチングのアルゴリズムだとかのおかげで、物々交換がやりやすくなっているはずだからだ。

代替通貨の方はどうだろう? 私が見つけた中で一番よくまとまっているデータ [3] 訳注;リンク切れ によると、アメリカでは代替通貨の発行の伸びは緩やかで、散発的なようだ。不況になると伸びが高まるわけでもない――代替通貨の認知度がアメリカよりも高い国と言えば、ドイツアルゼンチン(pdf)を挙げることができる。おそらくは、ハインリヒ・リッタースハウゼン(Heinrich Rittershausen)(pdf)やシルビオ・ゲゼル(Silvio Gesell)の影響が両国で今もなおしぶとく残っているせいだろう――。

まとめるとしよう。1930年代の大恐慌期に物々交換が盛んになったりスクリップ(に代表される代替通貨)の発行が増えたりした事実は、大恐慌を解決するに至るほどの盛り上がりは見せなかったにしても、「貨幣に対する超過需要」が不況の原因とする説を支持する証拠と言えるだろう。その一方で、今に目を転じると、物々交換や代替通貨に対する世間の関心は、総需要ショックの大きさと不況の深刻さから予想されるほどには――少なくとも、私が予想するほどには――高まっていないようだ。このことから何かしらの断定的な結論を導き出すのは差し控えておくが、「失業、不況、物々交換」の絡み合いにメスを入れる研究が今後盛んになるのを心待ちにしたいと思う。


〔原文:“Unemployment, Recessions and Barter: A Test”(Marginal Revolution, March 21, 2011)〕

References

References
1 訳注;「マッサージ師がネイリストをマッサージして、ネイリストが美容師の爪にマニキュアを塗って、美容師がマッサージ師の髪を切る」ようにできたら、全員の望みが叶うし、誰も失業しないで済むことになる。
2 訳注;例えば、髪のカットが1回2500円、ネイルが1回5000円だとすると、ネイルを1回してもらうには、美容師は誰かの髪を2回カットしないといけないことになる。美容師が相対価格を割安と思っている(相対価格以上のサービスを提供してもいいと思っている)というのは、ネイルを1回してもらえるなら、誰かの髪を例えば3回カットしても構わない(より多く働いても構わない)と思っているという意味。
3 訳注;リンク切れ
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