(著者情報)
- Esther Arenas-Arroyo ウィーン経済・経営大学 助教授
- Daniel Fernández Kranz IE大学 准教授
- Natalia Nollenberger IE大学 助教授
過去10年間で、ティーンエイジャーの自殺念慮や自殺未遂の割合が、いくつかの国で大幅に上昇しています。このコラムでは、スペインの思春期のメンタルヘルスに対する高速インターネットの拡大の影響を調べました。その結果、高速インターネットへのアクセスにより、15歳から19歳の少女の行動および精神の健康上の問題が大幅に増加したことが示唆されています。加えて、中毒性のあるインターネットの使用により、ティーンエイジャーが健康的な活動に費やす時間は減っています。この調査結果は、思春期のメンタルヘルスに対するオンラインメディアの影響に対処するための政策介入を求めています。
いくつかの国では、ティーンエイジャーの自殺未遂と自殺念慮の割合が、過去10年間で大幅に増加しています。たとえば、2008年から2015年にかけて、青少年の自殺企図と自殺未遂による入院は米国で2倍になり、最年少の少女の場合は最大500%増加しました(CDCP〔Centers for Disease Control and Prevention, 米国疾病管理予防センター〕 2020)。英国では、2005年から2019年の間に、自傷行為と自己被毒との一次診断にて完了した入院が、11歳から17歳の男子で42%、同年齢の女子で60%増加しました(注1)。同様のパターンは、スペイン、イタリア、カナダを含む他の国でも観察されています。その結果、これまで多くの人が、我々が思春期のメンタルヘルス危機の真っ只中にいるという結論を出しています(Sohn 2022)。
自傷行為や自殺未遂などの生命を脅かすケースも増加していることを考えると、これらの傾向が、精神の健康状態に対する意識の高まりや、助けを求めるのがより容易になったことによって引き起こされた可能性は低いと思われます。公の討論でよく疑われるのは、ソーシャルメディアや、インターネットを介してティーンの若者が曝されているその他のコンテンツです。これは、青少年のうつ病の増加がデジタルメディアの使用の増加と同時進行しているためです。この仮説に基づいて、ユタ州は、親または保護者の明示的な同意なしに18歳未満のユーザーがアカウントを持つことをソーシャルメディアサービスが許可することを禁止する法律を可決した最初の州になりました。ただし、この分野では因果関係に関するエビデンスは非常に少ないです。既存の研究では、インターネットアクセスの初期の時期とより年齢の高い人々に焦点を当てており、オンラインメディアへの露出がメンタルヘルスに及ぼす悪影響が示されています。Bragieri et al.(2022)は、Facebookが米国の大学に徐々に導入され、好ましくない社会的比較を促進したため、大学生のメンタルヘルスが悪化したことを発見しました。同じ文脈で、Donati et al.(2022)は、2001年から2013年の間に、イタリアの若者のメンタルヘルスに対するADSLへのアクセスの悪影響を発見しました。これらの研究は、インターネットがメンタルヘルスに与える影響の分析に関連していますが、メンタルヘルスの問題が大幅に増加した人口グループや期間に焦点を当てていません。それはつまり、2010年以降のティーンエイジャーです。2010年以降、ティーンエイジャーの間で非常に人気のある新しいメディアおよびコンテンツプラットフォーム(Instagram、Tik-Tok、Netflix、HBOなど)が急増しました。これらの広がりは、光ファイバーインフラストラクチャの展開によって可能になったものです。
最近の研究(Arenas-Arroyo et al. 2022)で、私たちは、高速インターネットの拡大がスペインの思春期の若者のメンタルヘルスの問題に影響を与えたかどうか、またどのように影響したかを分析しています。ティーンエイジャーが新しく非常に人気のあるメディアやコンテンツプラットフォームに触れた時期に焦点を当てているため、私たちの研究は、オンラインメディアが若者の精神的健康に与える影響のエビデンスを提示しています。図1は、2008年から2019年までのスペインにおける光回線普及率(住民1人あたりの使用中の光回線の数)に対する15歳から19歳の少年少女の自傷行為と自殺未遂の発生率(住民100人あたり)を示しています。光回線の普及率と自傷行為、自殺未遂の相関は、女子の場合は非常に強いですが、男の子の場合はそうではありません。しかし、図1に示されているパターンは、光回線の普及率と思春期の若者のメンタルヘルスの問題との関係の実例となる、またはそれを示唆するものにすぎません。
注:スペインの公立および私立病院の退院時診断から得られた、行動および精神の健康上の症例の管理データと、National Commission of Market and Competition(国立市場競争委員会)からの光回線使用データに基づいて、著者が精緻化したものです。
因果関係を判別するために、2007年から2019年にかけてスペインの各州で展開された光ファイバーの普及における妥当かつ外生的な変動を利用し、高速インターネット(High-Speed Internet, HSI)へのアクセスが、観察された15歳から19歳までの青少年の行動および精神の健康(Behavioural and Mental Health, BMH)上の症例に関する退院時診断の増加の一部を引き起こしたかどうかを調査します(注2)。スペインは、光ファイバーを通じたHSI推進のリーダーであり、2019年には人口の80%以上が光ファイバーネットワークでカバーされました。しかし、光ファイバーの普及率は全ての地域で均一に上昇したわけではありません。光ファイバーの普及は、業界のリーダーであるTelefónicaによる戦略的決定の結果でした。そして、Telefónicaのそれぞれの地域での存在感は、社会経済的または人口統計学的要因よりも、歴史的および政治的要因と関係がありました。私たちは、光ファイバーインフラストラクチャにおけるこの妥当かつ外生的な変動を利用して、HSIへのアクセスを計測します。ADSLが光ファイバーに先行していたことから、私たちの調査は、インターネットの品質と速度の向上による限界効果の分析として理解することができます。
図2は、思春期のメンタルヘルスに対する光ファイバー普及率の影響をカジュアルな操作変数法を用いて推定した推定値を示しています。15歳から19歳の青少年では、光ファイバーの普及によってBMHの症例が大幅に増加することがわかりました。光ファイバーの浸透率が標準偏差1単位分増加すると、BMHの症例が13.3%増加します。女子はもっぱらこの効果を押し上げています。より年齢の高い人々(20〜24歳)を分析した時には、統計的に有意な結果は得られません。
注:被説明変数は、人口100人あたりのBMHの入院患者数です。信頼区間は95%です。国際疾病分類(International Classification of Diseases, ICD-10)の第5章におけるBMHの症例を利用しています。ただし、自傷行為と自殺未遂はICD-10の第5章に属さないため、BMHの算出の際に加えました。サンプル期間全体では、光ファイバー普及率の標準偏差は0.067です。
BMHの症例を病態別にみると、光ファイバーの普及により、不安障害、気分障害(この2つは10%のレベルでしか有意ではありません)、薬物乱用、自傷行為・自殺未遂の発生率が増加し、その効果の多くはやはり女子に起因していることがわかります。15歳から19歳の女子の自傷行為と自殺未遂のケースに例外的に大きな効果がある(112.3%増)一方で、男子には有意な効果は見られません。
一つの懸念としては、このような結果は、単に青少年のメンタルヘルス問題に対する意識の高まりによるものではないかということが挙げられます。しかし、この仮説に反して、HSIは、青少年の自殺や自傷行為に関連した死亡を大幅に増加させる要因となっていることがわかりました。その影響は、やはり女子の間でより顕著です。
HSIがティーンエイジャーのメンタルヘルスに悪影響を及ぼすのは、どのようなメカニズムからなのだろうか
医学的な文献によると、少なくとも3つの経路が考えられています。まず、青少年がオンラインメディアから受け取る膨大な情報や刺激の流入に分別を持って対処し、処理することができず、混乱や虚無感、自己価値の低下、不安、あるいはうつ病のような感情を持つようになります。これは、自傷行為や自殺のテクニックに関する情報の拡散(Lewis et al. 2011)から、不健康な量の社会的比較を助長するプラットフォーム(Braghieri et al. 2022)まで、さまざまなものがあります。また、インターネット利用を特徴づける匿名性が、「デジタル自傷行為」(Patchin et al. 2023)、FOMO(「fear of missing out」、見逃すことへの恐怖)(Alt and Nissim 2018)、「オンライン抑制効果」(Lapidot and Barak 2012)、依存症といった病的、強迫的、あるいは自傷的な利用につながってしまうというメカニズムが考えられます。最後に、インターネットの中毒的な要素に部分的に関連して、文献の別の部分では、インターネットは、対面での交流、運動、睡眠などの健康的な活動を押しのけることによって、間接的に幸福に影響を与える可能性があると論じています(Twenge et al. 2019)。
これらのメカニズムは、相互に排他的なものではないことに留意する必要があります。例えば、インターネットから雪崩れ込むような刺激がもたらす虚無感や混乱は、これらの感情を緩和するために、まさにインターネットを強迫的に、あるいは中毒的に使用することにつながり、個人を悪循環に陥らせるのです。また、健康的な時間の使い方が妨げられることで、人は次第に孤立し、インターネットをますます中毒的に使用するようになります。実際に、これらのメカニズムの組み合わせが起こるというエビデンスが見つかると予想されます。
そこで、14歳から18歳の青少年を対象とした年2回の横断調査(ESTUDES)のデータを用いて、薬物使用、インターネット利用、友人や家族との関係といった事柄について青少年の習慣を明らかにしようとしました。その結果、クラウディングアウト仮説が支持され、インターネットを依存的に、また「低調」と感じたときの対処法として使用する確率が高いことがわかりました。図4が示すように、HSIへのアクセスは、インターネットの中毒的な利用を増加させ(標準偏差の9%)、睡眠、宿題、家族や友人との交際に割く時間を著しく減少させます(それぞれ標準偏差の21%、30%、44%)。これまでの結果とも一致し、これらの効果はすべて女子が牽引しています。また、ネガティブな感情に対処するため、あるいは「気分が落ち込んだ」時の対処法としてインターネットに頼っていると回答した女子の割合が、光ファイバーの拡大により、増加しています。少し意外かもしれませんが、ネット上でのいじめが増えたというエビデンスは見つかっていません。
注:各ケースにおける被説明変数は、インターネットを利用する理由や代替的な時間の使い方への影響を示すダミー変数です。
最後に、病的なインターネット利用と、親と青少年の関係の質との間に負の関連があるという医学と心理学の分野における先行研究(Özaslan et al 2022)の結果を確認するためにエビデンスを探りました。この問いを分析するために、ティーンエイジャーに親との関係を直接尋ねる横断調査の2つの質問から得られる情報を利用します。その結果、光ファイバーの拡大は親と女子の関係の質にマイナスの影響を与えますが、男子には影響がないことがわかりました。さらに、HSIが女子とその親との関係に与える影響は、その関係が従前からの対立に苦しんでいる場合、より悪くなることがわかりました。
思春期は、社会的・感情的な発達にとって重要であり、潜在的に脆弱な時期です。先行研究では、思春期におけるメンタルヘルスの問題は、その後の人生における教育や雇用の成果を悪化させることを実質的に説明することが示されています。したがって、この時期のオンラインメディアの健康への影響を理解することは極めて重要なのです。本稿で示したエビデンスは、ソーシャルメディアが青少年のメンタルヘルスに与える影響を緩和するための政策的介入を求めています。
参考文献
Alt, D and M Boniel-Nissim (2018), “Parent–Adolescent Communication and Problematic Internet Use: The Mediating Role of Fear of Missing Out (FoMO)”, Journal of Family Issues 39(13): 3391–3409.
Arenas-Arroyo, E, D Fernandez-Kranz and N Nollenberger (2022), “High Speed Internet and the Widening Gender Gap in Adolescent Mental Health: Evidence from Hospital Records”, IZA DP No. 15728.
Braghieri, L, R Levy, and A Makarin (2022), “Social Media and Mental Health”, American Economic Review 112 (11): 3660-93.
CDCP – Centers for Disease Control and Prevention (2020), Youth Risk Behavior Surveillance Data Summary & Trends Report: 2009-2019.
Donati, D, R Durante, F Sobbrio, and D Zejcirovic (2022), “Lost in the Net? Broadband Internet and Youth Mental Health”, IZA DP No. 15202.
Lapidot‐Lefler N and A Barak (2012), “Effects of anonymity, invisibility, and lack of eye contact on toxic online disinhibition”, Comput Human Behav 28: 434–443.
Lewis S P, N L Heath, J M St Denis and R Noble (2011), “The scope of nonsuicidal self‐injury on YouTube”, Pediatrics 127(3): e552–e557.
Özaslan, A, M Yıldırım, E Güney and E İşeri (2022), “Association Between Problematic Internet Use, Quality of Parent-Adolescents Relationship, Conflicts, and Mental Health Problems”, International Journal of Mental Health and Addiction 20: 2503–2519.
Patchin, J W, S Hinduja and R C Meldrum (2023), “Digital self‐harm and suicidality among adolescents”, Child and adolescent mental health.
Sohn, E. (2022), “Tackling the mental-health crisis in young people”, Nature 608(7924): S39-S41.
Twenge J M, B H Spitzberg and W K Campbell (2019), “Less in‐person social interaction with peers among US adolescents in the 21st century and links to loneliness”, J Soc Pers Relat 36: 1892–1913.
脚注
(注1)ソース: https://digital.nhs.uk/.
(注2)青少年のメンタルヘルス上の問題の有病率を測定するために、スペインの公立・私立病院の退院診断のうち、行動および精神上の健康(BMH)についての症例に関する行政データを使用しました。
〔原文:“Online media and the adolescent mental health crisis“(Esther Arenas-Arroyo, Daniel Fernández Kranz, Natalia Nollenberger, Sunday, 9 Apr 2023)〕
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