多くの人と同様、オンタリオ州政府がついに腰を上げ、気候変動問題へのアクションを起こした様子を私は注意深く観察していた。だが、オンタリオ州が炭素税ではなくキャップ・アンド・トレードを選んだことには大変がっかりさせられた。昨日までは、カナダには2つのモデルが存在した。ブリティッシュ・コロンビア州の炭素税制度と、ケベック州のキャップ・アンド・トレード制度だ。オンタリオがケベック側についたことで、カナダ全体がキャップ・アンド・トレードの方向へ向かうティッピング・ポイントとなってしまった。私の考えでは、これは最善の結果ではない。次善の結果だ。
どうしてこうなったのか? この事態は、過去20年のカナダで起こってきた最も重要な政治的変化(と私が見なしているもの)のもたらした帰結だ。すなわち、穏健保守のほぼ完全なる崩壊である。実際、カナダにおける中道右派の代表的論客たち(アンドリュー・コインやタシャ・ケイリディン)は、揃って今回のオンタリオ州の選択を非難している。それでも、この問題は究極的には、カナダの中道右派が右派政党をコントロールできなかったことから生じている。彼ら彼女らが責めるべきは、キャサリン・ウィン〔当時のオンタリオ州首相で、オンタリオ自由党党首〕ではなく、スティーブン・ハーパー〔当時のカナダの首相で、保守党党首〕である。
今のところ、気候変動を巡る政策空間は、次のようにまとめられる(下に行くほど、政府の経済介入の度合いが高くなるような順番になっている)。
- アルバータ的幻想 [1]アルバータ州はカナダにおけるオイルサンドの主要産地であり、気候変動政策に反対する強い利害を持っている。 。このシナリオの下では、私たちはただ、地中のビチューメンを掘り出して合成石油を売り続け、新しい炭鉱、処理施設、パイプラインに投資し続けることになる。炭素価格はゼロだ。人々は税金を払わなくていい。だって、地中からお金を掘り起こしてるようなものなのだから!
- 炭素税。この場合、政府は炭素排出に価格を課すため、化石燃料由来のエネルギーの価格は、他のエネルギーよりも相対的に高くなる。炭素の価格は、望ましい排出量が達成されるまで調整される。
- キャップ・アンド・トレード。この場合、企業には排出枠が配られる。排出量が枠を超えていれば、市場から追加で枠を買い足さなければならない。排出枠で認められているよりも排出量が少ないなら、その枠を売ることもできる。
- 「計画と禁止」幻想。この場合、政府はエネルギー源を変更させるために企業をマイクロマネジメントして、排出主体に特定の技術を義務付け、有望なテクノロジーと見なしたものに補助金を与える。
政府を信頼していない人々にとって、シナリオ1がベストであり、シナリオ4が最悪であるということは誰でも理解できるだろう。だが、なぜシナリオ2(炭素税)はシナリオ3(キャップ・アンド・トレード)より上に位置するのだろうか? それは、キャップ・アンド・トレードの方が、政府があれこれと経済に介入しやすいからだ。とりわけ、排出枠の配分をいじくったり、特定の産業に免除やら追加枠やらを与えたり、といったことが可能となる。カナダ新民主党〔NDP。左派政党〕がキャップ・アンド・トレードを支持しているのはこのためだ(カナダ自動車労働組合と自動車産業の利害は大きく一致しているということを覚えておこう。自動車産業は、こうした政府による操作の大きな受益者だ)。経済介入がしやすいというキャップ・アンド・トレードの特徴は、オンタリオ自由党、とりわけ党首であるキャスリン・ウィンの悪しき政治的本能にも訴えかけるものだ。ウィンは一貫して、政府は州内の主要な経済活動において「パートナー」であるべきだ、と主張してきた。これは要するに、製造業に対して見えやすい形でも見えにくい形でも補助金を与える、ということだ。
炭素税の長所は、こうした操作が非常に難しいことだ。そのため、キャップ・アンド・トレードと炭素税は、理論上は同じものだが、現実には異なるものだ。アンドリュー・コインが今日の記事で述べていた主たる不満はこれである。それでもコインは、カナダの政治的地形を調べれば、炭素税を支持する主要政党が(ブリティッシュ・コロンビア州の自由党を除き)存在しないということを書きそびれている。言い換えれば、カナダの中道右派は「行方不明」状態なのだ。自由党とNDPは、今や選択肢3(キャップ・アンド・トレード)と4(「計画と禁止」)の領域にまで移ってきている(自由党は、保守派のレトリックによってここまで押しやれてきた)。だが、連邦の保守党(そして言うまでもなく、オンタリオを含む各州の進歩保守党)は、選択肢1、すなわちアルバータ的幻想に断固としてこだわり続けている。
これには2つの理由がある。第1に、カナダの保守政党は大部分、イデオロギー的過激派に乗っ取られている。これは、連邦の保守党(首相まで含め)に非常によく見て取れる。保守党の姿勢は、「アンチ環境保護」と言うのが相応しい。環境問題を解決するために市場ベースの解決策を支持しようとする者など保守党にはいない。同じことはオンタリオ州の進歩保守党にも言える。公共問題に対する「市場的解決の促進」という考え方は、「何もしないこと」や「問題などないかのように装うこと」と混同されているようだ。第2の理由は、第1の理由と繋がっているが、選挙戦略と関係している。大まかに言って、イデオロギー的過激派が保守党をこれほど上手くコントロールできている理由は、「常識」保守主義 [2]訳注:直感にアピールするような戦略を用いる保守主義のこと。詳細は『啓蒙思想2.0』を参照。 が信じられないほど強力な選挙戦略を生み出したためだ(あまりに強力で、中道右派が思いつくどんな戦略をも上回るほどである)。例えば、「炭素税は雇用を破壊する」というフレーズは非常に強力で、言葉だけ独り歩きして、連邦政府の手を縛っている(この事態はオンタリオ進歩保守党の直近の党首選挙にも見られた。立候補したどちらの候補者も、反税的フレーズの強力さのために、選択肢1(アルバータ的幻想)を支持せざるを得なくなっていたのだ)。
言い換えれば、選択肢2(炭素税)が誰からも政治的に支持されなくなってしまったのは、このアプローチを支持する政治家が選挙で勝てていないからなのだ。実際、カナダ自由党は当初、選択肢2を支持していたが、そのせいで保守党に大敗した(実のところ、カナダにおける保守党の炭素税の扱いと、アメリカにおける共和党の医療改革へのアプローチには、強い類似性がある。ミット・ロムニーは、「オバマケア」を悪魔化することが選挙戦略として大変に有効なので、自身の提案していた医療改革プランを否定する羽目になった。結果、両国の保守派は、主として選挙戦略のために、理に適った政治的不同意の空間の外へと自分たちを追いやることになってしまった)。
皮肉なのは、保守派は選択肢1(アルバータ的幻想)を推進して自縄自縛に陥った結果、選択肢3(キャップ・アンド・トレード)をとることになったことだ。実際には、保守派の選択はいっそう悪いものである。第1に、保守派は国全体のレベルで効率的なシステムを構築しておらず、結果として州ごとのバラバラな政策のパッチワーク状態となってしまっている。第2に、キャップ・アンド・トレードをとることで、政府による経済操作の可能性を開いてしまった。保守派が学ぶべきは、妥協すること、そして選択肢2(炭素税)を支持する立場を明確にすることだ、と言わんばかりの結果である。残念ながら、選択肢2を議論のテーブルにのせるには、右派の誰かが、スティーブン・ハーパーをコントロールする(あるいは彼に影響を与える)方法を見つけなければならない。どうやら、そんな能力を持つ人間はこの国には誰一人としていないようだ。
穏健派の立場をとることが愉快でないということは理解している。だが、はっきり言うと、右派の誰かが打席に立たなければならないのだ。オンタリオには、政府に堂々と立ち向かい、「かわりに炭素税を実施すべきじゃないか?」と言える政治家(ジャーナリストではない、政治家だ)が1人でもいるだろうか? 今日まで私たちが保守派から聞かされてきたのは、税は悪で、気候変動に対処する必要はないという、昔ながらのファンタジーだけだ。
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追記:政策2(炭素税)と政策3(キャップ・アンド・トレード)に別バージョンもあるということは記しておく価値があるかもしれない。
2a. そして税収は、負の経済効果を持つ税(例えば所得税)を下げるために用いる。
2b. そして税収は公共サービスの資金にあてる。
さらに追記:お願いだから、カナダは世界の炭素排出の2%しか占めていないという統計を、まるでカナダの責任を免除するものかのように引用するのはやめてくれないだろうか? カナダ人が世界人口の0.5%も占めていないという事実を考えれば、2%というのは大変大きな数字である。
さらにもう1つ追記:ブラッド・ウォールはこのたび、アルバータ的ファンタジーが、サスカチュワンのファンタジーであることを明らかにした。うーん、だからなんなんだ?
[Joseph Heath, Ontario chickens out, chooses cap-and-trade, In Due Course, 2015/4/4.]