マーク・ソーマ 「アンガス・ディートンが取り組んだ3つの問い ~ノーベル賞選考委員会によるプレスリリース~」(2015年10月12日)

●Mark Thoma, “Sveriges Riksbank Prize in Economic Sciences in Memory of Alfred Nobel Awarded to Angus Deaton”(Economist’s View, October 12, 2015)


朝から忙しくて出遅れてしまったが、2015年度のノーベル経済学賞――正式名称は、アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞――は、アンガス・ディートン(Angus Deaton)に授与された。ノーベル賞選考委員会がマスコミ用に用意したプレスリリースを以下に引用しておこう。

Consumption, great and small

福祉の改善と貧困の削減に向けて公共政策を設計するためには、まずもって一人ひとりの「消費」に関する決定について深く理解しなくてはならない。この点で、アンガス・ディートンは他の誰にもまして多大なる貢献を果たしてきた。ディートンは、一人ひとりの消費についてだけでなく、個人レベルの消費とマクロレベルの総消費(個人レベルの消費を集計した結果)との間のつながりについても詳細な分析を加えた。その結果として、ミクロ経済学だけでなく、マクロ経済学や開発経済学もそれまでとは大きく様変わりすることになったのである。

今年度のノーベル経済学賞の受賞対象となったディートンの業績は、以下の3つの問いに答えようとする試みであると言える。

一人ひとりの個人は、消費に回すと決めた予算を異なる財(やサービス)の購入にどのように振り分けるのか? 現実の消費パターンを説明したり予測したりするためだけでなく、例えば消費税の変化のような政策変更が異なる社会階層の福祉にそれぞれどのような影響を及ぼすかを評価するためにも、この問いに答えるのは極めて重要である。ディートンは、1980年前後にAIDシステム(Almost Ideal Demand System)と呼ばれる手法――ある個人の個別の財(やサービス)に対する需要がその財の価格だけでなくその他のあらゆる財の価格やその個人の所得にどのように依存しているかを推計するための柔軟性に富んでいてシンプルな手法――を開発した。この手法はその後に改良を加えられて、アカデミックな研究の場においてのみならず、実践的な政策評価が試みられる機会においても、標準的なツールとして利用されるに至っている。

社会全体の所得(総所得)のうちで消費(総消費)に回される(その裏面として、貯蓄に回される)のはどのくらいか? 資本ストックの蓄積や景気の上下動を説明するためには、時の流れの中で所得(総所得)と消費(総消費)との間にどのような関係が成り立つかを理解する必要がある。ディートンは、1990年前後に発表した一連の論文で、マクロの総所得(あるいは平均所得)の変動に基づいて総消費の変動を説明しようとする従来の理論〔恒常所得仮説〕は、(総消費のほうが総所得よりも大きく変動するという)現実をうまく説明できないことを明らかにした。一人ひとりの所得は国民総所得(あるいは平均所得)とは大きく異なるかたちで変動するため、総所得の変動に応じて総消費がどのくらい変動するかを突き止めるためには、それぞれの個人が自らの所得の変動に応じて消費に回す額をどのように調整するかを順次積み上げる(加算する/集計する)必要があるのである。ディートンの研究は、マクロレベルのデータに観察されるパターンを解きほぐすためには、ミクロレベルのデータの分析が極めて重要であることを突き付けている。その影響は、現代のマクロ経済学にも広く及んでいる。

福祉や貧困の実態を計測したり分析したりするためのベストな方法とは? 世帯ごとの消費水準に関する信頼性の高いデータが得られるようなら、経済発展の背後にあるメカニズムを解きほぐす一助になるというのがディートンが最近の研究で強調していることである。ディートンの研究は、異なる時点や異なる地域における貧困の実態を比較しようとする時に嵌(はま)りがちな重大な落とし穴を浮き彫りにしている。それだけでなく、世帯レベルのミクロデータをうまく利用すれば、所得とカロリー摂取量との関係だったり家庭内での性差別の実状だったりとかを解き明かせる可能性があることを実演してみせている。世帯レベルのミクロデータに着目したディートンの研究は、マクロデータに重きを置いた理論的な分野という色合いが濃かった従来の開発経済学を、事細かなミクロデータに重きを置いた実証的な分野へと様変わりさせる上で大きな役割を果たしたのである。

ディートンの業績についての解説としては、こちら(タバロックによる解説;227thday氏による訳はこちら)、こちら(クルーグマンによる解説)、こちら(ビンヤミン・アッペルバウムによる解説)、こちら(ノア・スミスによる解説)、こちら(マシュー・イグレシアスによる解説)、こちら(クリス・ブラットマンによる解説)も参照されたい。

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