ダイアン・コイル 「富裕層への課税を強化するには? ~ケネス・シーヴ&デイヴィッド・スタサヴェージ(著)『金持ち課税』を読んで~」(2016年5月20日)

富裕層への課税強化を後押しした要因は何だったのか? 「戦争」が主因というのがシーヴ&スタサヴェージの答えだ。国家(政府)が国民の大多数に戦争への協力という多大なる犠牲を求めたのと引き換えに、富裕層が高い税金を支払うという社会契約が結ばれたというのだ。
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富裕層への課税を強化したいって思う? 私の答えは「イエス」・・・だったので、『Taxing the Rich:A History of Fiscal Fairness in the United States and Europe』(邦訳『金持ち課税』)を早速読んだ。著者は、ケネス・シーヴ(Kenneth Scheve)&デイヴィッド・スタサヴェージ(David Stasavage)の二人。目が開かれる一冊だ。

Taxing the Rich:A History of Fiscal Fairness in the United States and Europe

まず何よりも興味を引かれるのは、所得税の最高税率の歴史的な変遷だ。200年以上に及ぶ歴史を振り返ってみると、所得税(および相続税)の最高税率(20カ国の平均)が大きく変動した局面というのはわずか2回しかない。1920年代から1950年頃にかけてガガッと急激に(1桁台から60%を上回るあたりまで)上昇し、主に1980年代にガクッと急落してからその後も緩やかな下落を続けているのだ。アメリカ&イギリスとその他の先進国の違いも興味深い。アメリカとイギリスの現在の(所得税の)最高税率は40%くらいだが、その他の先進国だと60%くらいなのだ。所得税に関する論議だけに限られないが、経済学の研究にしても収集されるデータにしてもアメリカ一辺倒になっているせいで、アメリカ以外の国での経済政策をめぐる論争に歪みが生じてしまっているのだ。 驚くべきことに、第二次世界大戦中のイギリスで所得分布の最上位層が負担していた税金は所得総額の90.7%――所得税も含めてあらゆる税金の支払いを加味した税負担率が90.7%――にも及んでいたというのだ(その一方で、所得分布の最下位層の税負担率は19.1%)。・・・さてと、累進課税について語り合うとしようか。

富裕層への課税強化を後押しした要因は何だったのか? 「戦争」が主因というのが本書の答えだ。戦争時に国家(政府)が国民に「公平性」を求めた結果として、富裕層への課税が強化されたというのだ。国家(政府)が国民の大多数に戦争への協力という多大なる犠牲を求めたのと引き換えに、富裕層が高い税金を支払うという社会契約が結ばれたというのだ。「戦争に国民の多くが動員されるのに伴って、『税の公平性』についての考えが変わった。新しくて説得的な『補償』論が登場して、富裕層への課税強化を支持する声が強まった」。富裕層に高い税金を課すのを正当化する論拠として「公平性」が持ち出されるというのは毎度のことだが、「公平性」というので何が意味されているかは時と場合によって変わる。本書で明らかにされているように、戦争のおかげで軍需が拡大して資本家が儲けられる機会が生まれると、より多くの税金を支払うというかたちで資本家たちは償い(補償)をすべきだという声が世間で勢いを増したのである。

戦争で犠牲を払った庶民に償うためにという理屈で累進課税を是とする「コンセンサス」が第二次世界大戦後に形作られたという説に対して、本書では疑問が呈されている。そういう「コンセンサス」があったかなかったかはともかくとして、累進課税を是とする意見が時とともに徐々に弱まっていき、富裕層への課税が軽くなっていったのは確かである。その理由は? 本書によると、グローバル化が進んだのに加えて、経済を成長させるために(所得税を引き下げて)インセンティブを確保しなくてはならないという意見が勢いを増したのがいくらか関わっている可能性があるが、戦時中に利用できたような補償論に頼れなくなったのがそれ以上に重要だという。「今でも別のタイプの補償論を持ち出すことはできるだろうが、そのインパクトは小さいだろう。累進課税に関する巷の論争では、そのことがしばしば見過ごされてしまっている」。

本書では、2000人を超えるアメリカ人を対象とした聞き取り調査の結果も報告されている。その調査では、所得税の最高税率はどのくらいが望ましいと思うかが尋ねられているが、その回答の中央値は現状の最高税率である39.6%を下回っているという。富裕層への課税強化に支持が集まりそうな雰囲気じゃなさそうだ。一般のアメリカ人としては、ウォール街の銀行が血税を使って救済されているというのに、シリコンバレーの起業家たちにどうして高い税金を課さねばならないのかが理解できないのだ。ウォール街の銀行を救済するのには反対ではあっても。教訓をまとめると、「公平性」というのは抽象的な概念ではないのだ。訴求力のある「公平性」論を練り上げねばならないのだ。左派が今でも頼っている補償論には訴求力がないのだ。世界大戦のおかげで補償論の説得力が増すよりも前の時代にあたる19世紀に目を向けると、全員を平等に扱うべしというのが富裕層への課税を強化する論拠となっていた。土地には税金が課されているのに、新興商人の稼ぎには税金が課されていないとなったら、「全員を平等に扱うべし」という原則に従って、課税対象が広げられた(新興商人の稼ぎにも税金が課されるようになった)のだ。本書によると、(所得税の)最高税率の引き上げにこだわってメディアを賑わすよりも、税制の抜け穴を塞(ふさ)ぐなり特典(優遇措置)を減らすなりする方がいいかもしれないという。興味深いことに、ジョー・モーム(Jo Maugham)も同じ意見を述べている。彼もあまりに興味深い本書を読んだのかもしれない。ちなみに、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)が10月に開催するコンファレンス――「格差」がテーマ――で、本書の著者の一人であるスタサヴェージが講演をする予定になっている。


〔原文:“Taxing the Rich (how to)”(The Enlightened Economist, May 20, 2016)〕

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