パオロ・マナッセ 「経済学ブログの経済学」(2011年10月28日)

●Paolo Manasse, “The economics of economics blogs”(VOX, October 28, 2011)


インセンティブの働きを理解するのが経済学者の仕事である。その証拠に、経済学者が運営しているブログのあちこちでインセンティブの話題が取り上げられている。ところで、一流の経済学者たちが貴重な時間を「浪費」してまでブログを書こうとするインセンティブは何なのだろうか?

多くの経済学者――とりわけ、アメリカを拠点にしている経済学者――が、ブログの運営に多大な時間と労力を注いでいるのは、なぜなのだろうか?――スティーヴン・レヴィットポール・クルーグマンブラッド・デロンググレゴリー・マンキューダニ・ロドリックベッカー&ポズナーマーク・ソーマジョン・テイラーが名の知れた例だ――。それなりに年齢を重ねると、学術誌に論文を投稿してから掲載されるまでの長いタイムラグが我慢ならなくなるのだろうか? あるいは、経済学者という存在や経済学者による専門的な研究に世間の注目を集めたいと思っているのだろうか? それとも、経済学のアイデアをわかりやすく説明したり、議論を喚起したり、読者と意見交換をしたりして、「市民としての義務」(“civic duty”)を果たそうとしているのだろうか? 何よりも不思議なのは、アメリカと違って、ヨーロッパの多くの国々――とりわけ、イタリア――では、個人でブログを運営している経済学者が珍しいことだ。それはなぜなのだろうか?

ブログが持つ3つの効果

格好の論文がある。マッケンジー&オズラーの論文(McKenzie&Özler 2011)がそれで、以下の仮説が検証されている。

a) アメリカの経済学者が運営している代表的な8つのブログで論文のリンクが貼られると、その論文のダウンロード数なりアブストラクト(要旨)の閲覧数なりが増える。

b) ブログを運営すると、運営者本人の学者としての評価が高まる。

c) ブログは読者の見解に影響を及ぼす。

かなり興味深い結果が見出されている。まずは一番目の仮説を取り上げると、ブログで論文のリンクが貼られると、その論文のダウンロード数なりアブストラクトの閲覧数なりが大きく増えるという。リンクが貼られたその月だけでなく、翌月までその影響は――リンクが貼られた月ほどではないにしても――続くという。以下の図1に示されているように、かなり大きな「乗数」効果を備えているブログもあるようだ。例えば、ポール・クルーグマンのブログだとか、Marginal Revolution だとか、Freakonomics だとかで論文のリンクが貼られると、その論文のアブストラクトの閲覧数が月あたりで300回~470回増えて――ちなみに、NBERのワーキングペーパーのアブストラクトの閲覧数は、平均すると月あたりで10.3回――、ダウンロード数が月あたりで33回~100回増える――ちなみに、NBERのワーキングペーパーのダウンロード数は、平均すると月あたりで4.2回――というのだ。

ManasseFig1(1)

図1. Freakonomics で論文のリンクが貼られた場合のダウンロード数とアブストラクトの閲覧数の推移

次に二番目の仮説に関してだが、アメリカを拠点とする経済学者へのアンケート調査を基にして作成された「尊敬する経済学者ランキング」――人気を測るランキング――と、論文のダウンロード数/引用数で上位500位のランキング(RePEcによるトップ500ランキング)――学者としての実力を測るランキング――を突き合わせて、ブログをやっているかどうかが「尊敬する経済学者ランキング」に入る可能性を高めるかどうかが検証されている。その結果はというと、ブログをやっていると「尊敬する経済学者ランキング」に入る確率がおよそ40%高まるというのだ。RePEcによるトップ500ランキングに入る場合と同じくらい人気を高める効果があるというのだ。

最後に三番目の仮説に関してだが、ブログが読者の見解に影響を及ぼすかどうかを検証するために実験が行われている。開発経済学を専攻する修士課程および博士課程の大学院生(619名)、世界銀行で働く若手のエコノミスト、NGOで働く若者を2つのグループにランダムに振り分けて、一方のグループだけに世界銀行のサイトで開設されたばかりのブログ(Development Impact)を紹介して読むことを勧めたのである。その結果はというと、勧めに従ってブログに目を通した被験者は、世界銀行による研究の質を高く評価しがちになり、世界銀行で働きたいという思いを強めたという。

アメリカ vs.イタリア

アメリカにおいては、経済学者――その多くは大学に籍を置いている――による個人ブログは、専門的な論文への注目を高めるだけでなく、ブログを運営している本人の評価も高めるし、読者の見解にも影響を及ぼす。ブログを書くために貴重な時間を「浪費する」に足るだけの立派な理由が少なくとも3つはあるわけだ。しかしながら、イタリアではどうかというと、大学に籍を置いている経済学者で個人でブログを運営しているケースというのは少数の例外を除いて見当たらない。それはなぜなのだろうか?

イタリア国内で経済学がテーマの人気ブログ上位500位のリストを眺めるとすぐに気付くだろうが、複数人で協力して運営している「共同」ブログばかりが目に付く。例えば、(VOXとパートナーシップを結んでいる)Lavoce.infoがそうだ。

学者として出世しようとするインセンティブが関わっているようには思えない。研究のために割ける貴重な時間が犠牲になるというのが、ブログを書く機会費用である。アメリカよりもイタリアにおいてのほうがブログを書く機会費用が高いと言い募るのは、学術的な成果が学者として出世できるかどうかに及ぼす影響がイタリアにおいてのほうが大きいと主張するようなものだが、そんなことはありそうにない。

イタリアではアメリカにおいてよりもブログを運営することによって得られる見返り(自分の評価が上がる/専門的な研究の流布/世論に影響を及ぼす可能性)が小さいと思われていて、それゆえに共同でブログを立ち上げるということになっているのかもしれない。ブログを運営するコストを分担しているわけだ。しかしながら、ブログを運営することによって得られる見返りが小さいと思われているのはなぜなのかという別の疑問が持ち上がる。

私なりに思い付いた仮説を列挙すると、以下のようになる。

  • 世間一般の「経済学の素養(リテラシー)」がアメリカにおいてよりもずっと低いので、ブログを運営することによって得られる見返りが小さい。
  • マスメディアの所有権がアメリカよりもずっと集中していて、個人が付け入る隙が小さい。
  • イタリア(をはじめとしたヨーロッパ)の経済学者は、カトリック/ポスト・マルクス主義の影響下にあって、個人による成果よりも集団による成果を重視しがち。
  • 言語の壁もあって「市場規模」がアメリカよりもずっと小さいので、ブログを運営することによって得られる見返りが小さい [1] 原注;国際貿易の分野における「スーパースター」効果のフォーマルな分析については、Manasse&Turrini (2001) を参照されたい。
  • イタリアでは、ブログのように「市場」向けに活動するよりも、パーソナル・ネットワーク(コネ)に頼る方が得られる見返りがずっと大きい。

実証的に検証してみる価値がありそうだ。博士課程の学生でやってもいいという猛者はいないだろうか?

<参考文献>

●Manasse, P and A Turrini (2001), “Trade, Wages and Superstars”, Journal of International Economics.
●McKenzie, D and B Özler (2011), “The Impact of Economics Blogs”, CEPR Discussion Paper 8558, September.

References

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1 原注;国際貿易の分野における「スーパースター」効果のフォーマルな分析については、Manasse&Turrini (2001) を参照されたい。
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