パオラ・ジュリアーノ&アントニオ・スピリンベルゴ 「経済危機の長期持続的な諸効果」(2009年9月25日)

●Paola Giuliano and Antonio Spilimbergo, “The long-lasting effects of the economic crisis”(VOX, September 25, 2009)


経済面での出来事は、長期にわたって持続する非経済的な効果を持つ可能性がある。経済面での出来事だったりその時々の経済情勢だったりは、一人ひとりの終生にわたる信念に影響を及ぼす可能性があるのだ。不況の最中に成長した若者は、人生で成功できるかどうかは努力よりも運にかかっていると考える傾向にあって、政府による再分配政策を強く支持する傾向にある。その一方で、公的な制度に対してそれほど信頼を寄せない傾向にもある。現下の厳しい不況は、リスクを嫌うと同時に、政府による再分配を強く支持する新しい世代を育みつつあるのかもしれない。 

「経済学の世界に足を踏み入れたのはなぜかというと、その理由は2つあります。まず1つ目の理由は、『大恐慌世代』ということもあって、世の中のことについて並々ならぬ関心を持つようになったのです。当時の世の中で起こっていた多くの問題の根本的な原因を探ると、そこには経済問題が横たわっていたのです。」―― ジェームズ・トービン(James Tobin), Conversations with Economists

大恐慌以来最も深刻な経済危機から脱しようとしている中で、世間の関心もシフトし始めている。危機にどう対応したらいいかということから、危機に備わる長期的な効果へと世間の関心がシフトし始めているのだ。

過去の経済危機は、経済の構造だけではなく、政治の世界にも、経済についての経済学者の考え方にも、世間の人々の心理や信念にも、しぶとい痕跡を残した。例えば、1930年代の大恐慌は、政府に対して「マクロ経済の安定化」という新たな役割を付与する契機になったばかりではなく、アメリカの政界をその後数十年にわたって規定することになった新たな政治連合の形成を促した。さらには、ケインズ革命とマクロ経済学の誕生を誘発したのである

現下の経済危機が経済の構造に対して及ぼす長期持続的な効果の詳細を把握するためにはしばらく時間がかかるだろうが、IMFのチーフエコノミストであるブランシャール(Olivier Blanchard)も語っているように、「今回の危機は、経済システムに深い傷を刻み付けた。供給と需要のどちら側に対しても、今後何年にもわたって影響を及ぼし続けるだろう傷を刻み付けたのだ」(Blanchard 2009)。現下の経済危機は、「経済システムに深い傷を刻み付けた」だけでなく、いくつかの新たな問いも提起している。これから先、経済学者が必死になって取り組まねばならないだろう問いだ。すなわち、過去2年にわたって金融面で急速な勢いで進んだディスインターメディエーション(financial disintermediation)は、一時的な現象に終わらずに、今後もこのまま定着するのだろうか? 「信用なき」(“creditless” )景気回復――銀行の融資を含む「信用」の拡大を伴わない景気回復――を続けるのは可能だろうか? 政府は、規制に対するアプローチを見直すべきだろうか?

大不況と大傑作(Great recessions and great literature)

経済危機は、経済や政治の分野だけにとどまらず、世間の人々の心理や態度に対しても衝撃的な効果(traumatic effect)を及ぼす。スタインベックが『怒りの葡萄』(The Grapes of Wrath)や『ハツカネズミと人間』(Of Mice and Men)――どちらも、大恐慌の中頃に執筆された作品――でありありと描き出しているように。大恐慌という衝撃的な出来事は、世間の人々の信念や態度に大きなインパクトを及ぼした。その結果として、アメリカの政治システムを長きにわたって支えた信念や態度が醸成されるに至ったのである。

翻って、現下の経済危機はどうだろうか? 心理的・政治的な側面に対してどんな効果を及ぼすだろうか? ダストボウル(Dust Bowl)が引き起こした苦痛をありありと描き出したスタインベックのように、サブプライムローンが引き起こした苦痛をありありと描き出す作家はまだ登場していないが、経済危機が世間の人々の心理や行動に及ぼす効果について何らかの示唆を与えてくれそうな学術的な研究ならある。我々の最新の研究成果がそれだ

総合社会調査(General Social Survey)を利用した最新の研究成果

我々の研究では、厳しい不況が一人ひとりの広範にわたる信念や態度に対して及ぼす影響が調査されている(Giuliano and Spilimbergo, 2009)。具体的には、アメリカで1972年以降ほぼ毎年のように実施されている総合社会調査(GSS:General Social Survey)への回答データを利用して、経済的なショックがアメリカの異なる世代の人々の態度に及ぼした影響を分析している。成人期の初期段階(early adulthood)で生じたマクロ経済的なショックと、GSSで自己申告された回答を突き合わせて、マクロ経済的なショックが世間の人々――特に、若者――の態度にどのような影響を及ぼしたかを明らかにしようと試みたのである。

経済的なショックが一人ひとりの信念に及ぼす効果を分析しようとすると、乗り越えなくてはならない重要な課題がある。一人ひとりの人間は、生きていく中で実に色々な経験をする。一人ひとりの人間が味わう経験のうちで経済的なショック以外の経験がその人の信念に及ぼす効果をコントロールすることが大事になってくるのだ。特に、戦争だとか、文化の急激な変容だとかという非経済的な出来事は、異なる世代に異なる影響を及ぼす可能性がある [1]訳注;ストラウス&ハウ(Strauss&Howe … Continue reading。例えば、大恐慌の最中に成人期を迎えた世代は、大恐慌からだけではなく、第2次世界大戦からも影響を受けている可能性があるのだ。

経済的なショックの効果をそれ以外の国家的出来事の効果から切り離すために、アメリカでは地域によって経済成長のパフォーマンスにかなり違いがあるという事実を利用した [2] 訳注;アメリカは、大きく9つの地域に区分される。。例えば、ニューイングランドは厳しい不況に見舞われているのに、それ以外の地域はプラス成長を謳歌しているということがあり得るのだ。我々の研究によると、アメリカ国内の特定の地域を襲った厳しい不況がその地域で育った若者の態度と信念を大きく変えたことが明らかになっている。不況は、世間の人々――特に、18~25歳の若者――の認識(perception)を変えるのだ。不況を経験した若者は、政府による再分配を強く支持する傾向にある。それに加えて、人生で成功できるかどうかは、努力や勤勉よりも運にかかっている面が大きいと考える傾向にあるのだ

不況が態度に及ぼす効果

我々の研究を通じて明らかになった事実のうち、特筆すべきなのは以下の4点である。

  • 厳しい不況を経験することによって態度(信念)に大きな影響が及ぶのは、18歳~24歳のいわゆる人格形成期(formative age)――社会心理学者によれば、社会的な信念(social beliefs)の大半が形作られるとされている時期――の若者である。人格形成期以降に厳しい不況を経験した場合は、不況が態度(信念)に及ぼす効果はそれほど大きくない。
  • 不況が態度(信念)に及ぼす効果は長続きする。不況を経験したせいで大きく変化した態度(信念)は、厳しい不況が終わった後も長年にわたって変化したままにとどまる。
  • 我々の研究では、所得、教育水準、マイホームを所有しているか否かという属性にコントロールを加えて、不況が一人ひとりの態度(信念)に及ぼす直接的な効果だけを取り出している。しかしながら、不況は先に挙げた属性への影響を介して、一人ひとりの態度(信念)に間接的なかたちでも効果を及ぼす可能性がある。間接的な効果も加味すると、不況が一人ひとりの態度(信念)に及ぼす効果はさらに大きくなる可能性がある。
  • 不況が態度(信念)に及ぼす効果の大きさは控え目な推定である。我々が試みた検証では、地域レベルで生じた経済的なショックの影響だけが取り上げられていて、国家レベルで生じた経済的なショックの影響は暗黙のうちに無視されているからである。

金融取引に焦点を合わせて、国家規模で生じる経済的なショックが態度(特に、リスクに対する態度)に及ぼす効果を分析しているマルメンディア&ナーゲル(Malmendier&Nagel 2009)によると、過去に株式市場で高利回りを経験したことがある世代は、リスク回避の程度が低くて、株式投資に積極的で、資産を運用するとなると手持ちの流動資産の多くの割合を株式に投資しがちであることが見出されている。さらには、過去に高インフレを経験したことがある世代は、債券(bond)の保有を避ける傾向にあることも見出されている。興味深いことに、株式の利回りやインフレにまつわる経験のうちでも若かりし頃の経験は、その後数十年にわたってその人のリスクに対する態度に影響を及ぼすことも見出されている。世代によって投資パターンに違いが見られる理由を説明する発見と言えよう。

人生において運が果たす重要性だったり、政府が果たすべき役割だったり、政府による再分配だったりについて一人ひとりが抱いている信念が重要な意味を持つのはなぜかというと、政治風土を形作るからである。ひいては、どんな政策が選ばれるかを決めるからである。例えば、ピケティ(Piketty 1995)によると、人生において運が大きな役割を果たすと信じている人は、重めの税負担も許容する傾向にあるという。さらには、アレシナ&アンジェレトス(Alesina&Angeletos 2005)やベナボウ&ティロール(Benabou&Tirole 2006)によると、公平性(fairness)についてどんな信念が抱かれているか――「公正世界仮説」を信じるか否か――によって、自由放任的な政策が実施される「アメリカ的」な均衡に落ち着く場合もあれば、社会福祉政策が実施される「ヨーロッパ的」な均衡に落ち着く場合もあるのだ。

「大きな政府」を支持する新世代?

現下の厳しい不況は、新しい世代を育みつつあるのかもしれない。リスクを嫌って、株式投資に消極的で、政府の介入を歓迎して、政府による再分配を強く支持して、重い税負担も甘受する新しい世代を。

アメリカの歴史を振り返ると、政界の大再編が経済面での衝撃的な出来事と時を同じくして起こるというのは珍しくない――経済面での衝撃的な出来事が世間の態度を変えて政治風土を変容させる可能性については、昔からよく知られていた。しかし、そのことを裏付ける明確な証拠が欠けていたのだ――。経済危機に見舞われる時期というのは、将来にとって重要な意味を持つ「選択の時」でもあるのだ [3]原注;crisis(危機)という単語は、古代ギリシア語の κρίσις (krisis) に由来している。興味深いことに、κρίσις … Continue reading。その時々の経済情勢が世間の人々の信念や態度に対して及ぼす影響を明らかにしようと試みる首尾一貫した研究成果が続々と報告されている。しかしながら、世の政治家たちは、新たな時代精神を歓迎するばかりで、その背後にある経緯を解きほぐそうと試みている学術的な成果には無関心なようだ。

<参考文献>

●Alesina, Alberto, and George-Marios Angeletos (2005), “Fairness and Redistribution: US vs. Europe(pdf)”, American Economic Review, Vol. 95 (September), pp. 913–35.
●Benabou, Roland, and Jean Tirole (2006), “Belief in a Just World and Redistributive Politics”, Quarterly Journal of Economics, Vol. 121 (May), No. 2, pp. 699–746.
●Blanchard, Olivier (2009). “Sustaining a Global Recovery”, Finance & Development, September.
●Giuliano, Paola, and Antonio Spilimbergo (2009), “Growing Up in a Recession: Beliefs and the Macroeconomy”, CEPR Discussion Paper 7399
●Malmandier, Ulrike, and Stefan Nagel (2009), “Depression Babies: Do Macroeconomic Experiences Affect Risk-Taking?(pdf)” mimeo.
●Piketty, Thomas (1995), “Social Mobility and Redistributive Politics(pdf)”, Quarterly Journal of Economics, Vol. 110, No. 3, pp. 551–84.
●Strauss, William, and Neil Howe (1991), Generations: The History of America’s Future, 1584-2069. Harper Perennial.

References

References
1 訳注;ストラウス&ハウ(Strauss&Howe 1991)によると、アメリカ史の中の主要な出来事は、異なる世代の入れ替わり(世代交代)によって説明できるという。アメリカの歴史は、4タイプの世代――理想主義(idealist)/反動的(reactive)/ シヴィック(civic)/ 適応的(adaptive)――の入れ替わりによって説明できるというのだ。ストラウス&ハウによると、4タイプの世代の入れ替わりは、経済面での出来事からは独立して起こるとされている。
2 訳注;アメリカは、大きく9つの地域に区分される。
3 原注;crisis(危機)という単語は、古代ギリシア語の κρίσις (krisis) に由来している。興味深いことに、κρίσις には、「決定(decision)、選択(choice)、選挙(election)、判断(judgment)、討論(dispute)」という意味がある。
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