マーク・ソーマ 「マクロ経済政策の目的?」(2012年1月28日)

一部の人にとっては、緊縮策が景気の回復につながらないのは「誤り」のうちに入らないのかもしれない。
画像の出典:https://www.photo-ac.com/main/detail/2366844

イギリス政府が緊縮路線の誤りを認めようとしないのはなぜなのかをクリス・ディロー(Chris Dillow)が探っている。一部の人にとっては「誤り」なんかじゃないからというのが答えなのかもしれない。

Macro amateurs, micro geniuses?” by Chris Dillow:

キャメロン連立内閣による緊縮路線は「マクロ経済政策における大いなる誤りだ」とサイモン・レン=ルイス(Simon Wren-Lewis)が語っている

とは言え、政府の人間がそのことを認めるとは考えにくそうだ。現にキャメロン首相が水曜日に自己防衛戦略打って出たばかりだ。すべての責任をユーロ危機に押し付け――イギリスからユーロ圏への輸出額が過去1年の間に11.3%増を記録していることには一言も触れずに――、「過去100年で最低の金利」を褒め上げたのだ――金利が低いのは、景気が冷え込んでいる証(あかし)である事実については一顧だにせずに――。GDPの値が今よりもずっと悪くても、同じような議論が持ち出されるんじゃなかろうか。

マクロ経済政策を決めているのは、ズブの素人の集まりというにとどまらない――大蔵卿委員会のメンバー5人のうち一人は経済学の大学院修了証明書を持っていないし、金融業界で揉まれた経験があるのはたったの一人だけだ――。単なるズブの素人(の集まり)ではなく、フィードバックを一切受け付けないズブの素人(の集まり)なのだ。誤りが起きて当然ではないか。

ここで、ちょっとしたパラドックスに突き当たる。マクロ経済を運営するという仕事は、どうやら誰にでも務まるらしい。その一方で、 会社を運営するという仕事は、繊細で類まれな才能の持ち主にしか務まらないらしい。何百万ポンドもの給与を支払わないと、仕事も引き受けてくれようとしないし、やる気も出してくれない人物にしか。

なぜこんなことに? ロバート・ルーカス(Robert Lucas)の言い分 (pdf)を持ち出してくる人もいるかもしれない。優れたマクロ経済政策のおかげで景気変動が均(なら)されてもそれに伴う便益はちっぽけだし、マクロ経済政策がまずくてもそれに伴うコストはちっぽけだ。だから、マクロ経済の運営を誰に任せようが大して変わりはない・・・ってなふうに。しかし、だ。「優れた経営」が生む便益もちっぽけだ。スティーヴン・ヘスター(Stephen Hester)が(英大手銀行の)ロイヤルバンク・オブ・スコットランド(RBS)の株価を50%引き上げることに成功したとしても、それに伴ってイギリスの納税者に帰属する便益はGDPの0.03%くらいにしかならないだろう。

財政政策に求められるのは、担当者の力量ではなく、有権者の意向(好み)を反映させることなのかもしれない。民主主義は、それ自体として価値があるってことなのかもしれない。単なる手段としてだけでなく。

第三の可能性もある。実体経済を安定させたり経済成長率を上げたりするのがマクロ経済政策の目的じゃないのかもしれない。「政府の図体を小さくする」のが真の目的で、マクロ経済政策はそのことを覆い隠すためのイデオロギー上の仮面なのかもしれない。「優れた経営者」に支払われる何百万ポンドもの給与を正当化するために持ち出される理屈は、収奪(クレプトクラシー)の実態を覆い隠すためのイデオロギー上の仮面なのかもしれない。すなわち、階級闘争が裏に潜んでいるのかもしれないのだ。

「小さな政府」というイデオロギーのためとあらば、他人の生活や幸せを犠牲にしても構わないと考える人たちがいる――自分たちのこれからの生活が脅(おびや)かされない限りは――。「拡張的な緊縮策」(“expansionary austerity”)なんていう謳(うた)い文句は、素顔を隠すための仮面に過ぎない。緊縮策のおかげで政府の図体(規模)が小さくなりさえすればそれでよくて、景気が「拡張する」かどうかなんていうのは二の次なのだ。政府の図体が小さくなったせいで景気の回復が遅れたとしても、「小さな政府」という崇高な目的を達成するためのちっぽけな代価に過ぎない。どっちみち自分たちは失業する恐れなんてないのだから、強気でいられるのだ。「小さな政府」というイデオロギーを押し付けるチャンスが少しでもあれば、徹底的に利用する。「小さな政府」というイデオロギーを押し付けるのに役立つようなら、どんな議論でも援用する。 「緊縮策によって、かえって景気が拡張するんですよ」(「拡張的な緊縮」論)。「減税しても、税収は変わりませんよ」(サプライサイド経済学/ラッファー曲線)・・・。減税が「(政府という)獣を飢えさせる」らしいとなったら、ケインズ経済学に同調することさえある(第一弾のブッシュ減税時の議論を思い出されたい)。ともあれ、その目的は至(いた)ってシンプルだ。政府の図体を小さくすること。政府の影響力を弱めること。目的はそこにあるのであって、それ以外のあらゆるものは「政府の図体を小さくする」ための手段でしかないのだ。


〔原文:“The Purpose of Macroeconomic Policy?”(Economist’s View, January 28, 2012)〕

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