ステファニー・ケルトン「米国に政府系ファンドは不要:“魚にとっての自転車”」(2025年2月5日)

NFLが、スーパードームが日曜のスーパーボウル前に大量のポイントを蓄積するための貯蔵施設を必要としないことを理解しているように、デルタ航空が、スカイマイルを自由に分配するために戦略的備蓄を必要としないことを理解しているように…

〔訳註:“A WOMAN NEEDS A MAN LIKE A FISH NEEDS A BICYCLE.” 「女性は男性がいないと生きていけない」というのは、「魚は自転車がなくては生きていけない」というようなものだという女性の自立を訴えたスローガンが本エントリのタイトルの元ネタ。〕

今週初め(現地時間2月3日)、トランプ大統領は財務省と商務省に対し、米国の新たな政府系ファンド (ソブリン・ウェルス・ファンド:SWF)の創設に向けた手続きを始めるよう命じる大統領令に署名した〔本邦報道〕。財務省と商務省は、90日以内にファンド創設の計画を策定することになっている。

CNBC〔米国の経済メディア〕が報じたように、スコット・ベッセント米財務長官は全面的に乗り気だ。

我々は今後12か月以内にこのファンドを創設する。米国民のために、米国のバランスシートの資産面をマネタイズするつもりだ。流動資産、この国にある資産を組み合わせて、米国民のために活用する。

多くのメディア報道に目を通したわけではないが、私が見たものはかなりひどいものだった。CNNの討論では、財政の均衡すらとれない国で政府系ファンドが設立されるという考えに識者らは苦笑していた。「そのマネー(the money)はどこから来るのか?」と。

ニューヨーク・タイムズも同じようにこのファンドの創設案を取り上げ、政府系ファンドは「通常、米国よりはるかに財政が健全な国で見られる…しかし、米国では慢性的な財政赤字が増え続けており、トランプ政権がこのようなファンドを立ち上げるマネー(the money)をどこから見つけてくるのかは不明だ」と書いている。

まず第一に、トランプ大統領は、連邦政府が個々の州〔地方政府〕とは異なり、「マネーを見つけられるかどうか(finding the money)」を心配をする必要がない理由を実際に理解している、あるいは理解していたことを改めて確認しよう。自分の目でも確かめてほしい。

それは2020年のことで、トランプ大統領は6.2兆ドル〔当時のレートで推定約650兆円〕規模の財政パッケージ(緊急のコロナ対策支出〔2.2兆ドル〕と〔FRBによる資金供給の〕日常オペ〔4兆ドル〕)に関する質問に答えていた。記者はそのマネー(the money)がどこから来るのか混乱したかもしれないが、トランプはそうではなかった。「私たちの国の美しいところは……それだけのこと〔6.2兆ドルの財政支援〕を簡単に実行できるということだ。なぜならそれが私たちの在り方だからだ。つまり私たちのマネー(our money)であり、私たちの通貨(our currency)であるからだ。」とトランプは説明した。

ソブリン通貨の力

ソブリン(主権)通貨を発行することの意味を理解することは、現代貨幣理論(MMT)の核心である。MMTを知るのが初めての読者は、このリンクをクリックして、L・ランダル・レイ教授の説明を見るといい。要するに、米国のように通貨を発行する政府は、「マネーを見つけられるかどうか(finding the money)」を心配する必要がないということだ。レイが説明するように、議会が予算を承認し、支払いが行われるたびに、マネー(the money)は政府の支出によって新たに創造される(spent into existence)。(ちなみに、ソブリン通貨をもつイギリスや他の国でもその仕組みは同じである。)

MMTの議論をずっとフォローしている人なら、ウォーレン・モズラーが米国を米ドルの「スコアキーパー」と呼んでいるのを聞いたことがあるだろう。彼が言いたいのは、通貨を発行する政府がドルを「持っている」とか「持っていない」というような考え方をするべきではないということだ。スコアキーパーは、政府がゲームに参加するさまざまな「プレーヤー」のドルを支出(加点)し、課税(減点)する際に、それぞれ銀行口座の数字を増やし(credit)また減らす(debit)ことによって得点表を管理する。議会を通じて6.2兆ドルの予算が計上されると、政府は6.2兆ドルを生み出す(create)。文字通り、マネーは政府の支出によって新たに創造される(spent into existence)。これがソブリン通貨の力だ。

多くの混乱

ソブリン通貨の仕組みを理解している人が、なぜソブリン・ウェルス・ファンド(政府系ファンド)を推すのかは理解に苦しむところだ。仮に、トランプ大統領が構想しているように「世界最大級のファンド」になったとしても、(そもそも持ち合わせていない)連邦政府の支出能力を高めることにはならない。

NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)が、スーパードーム〔試合会場〕が日曜のスーパーボウル〔優勝決定戦〕前に大量のポイントを蓄積するための貯蔵施設を必要としないことを理解しているように、デルタ航空が、スカイマイルを自由に分配するために戦略的備蓄を必要としないことを理解しているように、トランプ大統領は、連邦政府が必要に応じてマネーを生み出すことができることを理解している、あるいは理解していた。

しかし、現政権は、経済への投資を拡大するために、政府系ファンドという形で小さな「金のなる木」を植える必要があると考えているようだ。以下ニューヨーク・タイムズから引用する。

トランプ大統領が商務長官に指名したハワード・ラトニック氏は、政府が取引のある企業に資本参加できる可能性を示唆した。

「もし20億個の新型コロナワクチンを購入するつもりなら、これらの企業に対してワラント(有価証券)や株式を保有し、それをアメリカ国民の助けとなるよう成長させるべきだろう」と、ホワイトハウスでトランプ氏の隣に立ったラトニック氏は述べた。

これは、金融システムや政府財政の仕組みに対する著しい理解不足を示している。彼らは政府系ファンドが賢明あるいは革新的だと考えているか、もしくは、利益相反や汚職を隠蔽する手段として捉えているのかもしれない。

理由はともあれ、トランプはこのアイデアを気に入っている。大統領令では、このようなファンドを創設するために議会が新たな立法措置を講じる必要があるかどうかを判断するよう指示している。私は、必要になるだろうと予想しているし、次の疑問だけが残る。単純に議会が支出を承認し、これまでと同じ方法でマネーを支出すれば済むのに何故そうしないのか?

政府系ファンドの設立を真剣に検討した米国大統領はトランプが初めてではない。バイデン政権も同様のアイデアを検討していた。当時も今も言っていることだが、ソブリン通貨を保有しているのだから、ソブリン・ウェルス・ファンド(政府系ファンド)は必要ない。

[Stephanie Kelton, “The US Needs a Sovereign Wealth Fund Like a Fish Needs a Bicycle”, The Lens, Feb 5, 2025]
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