この数十年、自由貿易に主に異議申し立てを行ってきたのは、組織化された労働者と政治的左派だった(ここやここで私も自由貿易に意義を申し立てている)。年季の入った中道左派的な政治観を持った人なら、シアトル、ワシントンD.C.、モントリオール等で行われたIMFや世界貿易機関(WTO)に反対する集会に参加したり、参加した友人がいるに違いない。
ドナルド・トランプ大統領が今、反グローバリズムを掲げていることで、左派の貿易批判者は厄介な立場に立たされている。全米自動車労組の熱血委員長ショーン・フェインのように、誰が話したかではなく、内容に基づいているとして、トランプのメッセージを受け入れている人もいる。関税によって良質の産業系雇用が戻って来るなら、誰が提案しようと、労働者とその連帯者は賛成すべきではないか? と。
アメリカでの製造業の再建は、正当な目標たりえるかもしれない。そして、フェインのような人が言うように、原理的には輸入規制はそれを達成するためのツールキットの一部となっているかもしれない。グローバリゼーションには確かに問題がある。新型コロナウイルスのパンデミックによって国際的なサプライチェーンの脆弱さが露呈し、気候変動による混乱は確実視されており、国家間の紛争が将来起こることも確実視されている。これらを考慮すると、製造における主要部品は、遠く離れた場所で少量生産されたものに依存していないほうが頑健性(レジリエント)があるだろうということには強い根拠がある。
製造業の事例だけを誇張すべきではない。カリフォルニアのファーストフード業の労働者は、アラバマの自動車労働者より高給を得ている。ピッツバーグのような場所では、地域経済は、製造業基盤から、医療・教育基盤への移行に成功している。とはいえ、ピッツバーグは例外だ。アメリカの多くの地域では、安定した高賃金の製造業の仕事から、より不安定で低賃金の仕事に取って代わってきているか、単に全く職がなくなってきている。
しかし、トランプの保護主義政策がこれを是正する可能性は極めて低い。リショアリング(国内回帰)に必要なツールキットの重要な部分を欠いているだけでなく、トランプ政権は積極的にツールキットを解体している。そして歴史が示唆するように、トランプの「解放の日」関税は、産業の再建を目的にしているならば、望むものとは似ても似つかないものだ。
アメリカはその歴史の大部分において高関税の国であり、マッキンリーの時代だけがそうだったわけではない(なのでトランプはある意味で正常だ)。歴史家ポール・ベイロックが言うように、アメリカは保護主義の「母国」である(ベイロックによるアメリカの19世紀の貿易政策についての説明は、ハジュン・チャンの影響力のある著作『はしごを外せ: 蹴落とされる発展途上国』の強いネタ元となっている)。幼稚産業保護についての最初の主張は、1791年に初代財務長官アレクサンダー・ハミルトンが『製造業に関する報告』の中で提唱している。真の産業政策とはどんなものなのかを考えるにあたって、このハミルトンの提唱を振り返ることは有益だ。
輸入品への「保護関税」を、たしかにハミルトンは最初に遡上に載せている(ただし彼は「全てを売って、何も買わないというのは無駄な計画である」と警鐘を鳴らしている)。しかし、ハミルトンが他にも何を要求していたのかを観てみよう。製造業への補助金(「報奨金」)、「新しい発明や発見の奨励」、品質基準を維持するための厳格な「製造品の検査規制」などだ。ハミルトンは製造業への融資の振り分けを求めている。道路や運河への公共投資も求めている。さらに、「可能な限りの外国からの移民」を見開くだけでなく、「外国から優れた労働者を連れてくる」費用の政府負担の提案すらしている。
これは18世紀の言説だけに留まるものではない。こうした計画は、19世紀のドイツ、20世紀の日本・韓国・台湾、そして今日の中国に至るまで、成功した後発の工業国家が踏襲してきた戦略とほぼ一致している。
また、こうした政策と、トランプ政権が採用している政策はほぼ真逆である。ハミルトンが求めたような公共投資は、トランプ政権では既に減少傾向にあり、今やDOGEの標的になっている。規制は骨抜きにされている。また、SNSの投稿によって強制送還のリスクがある国に、熟練の外国人労働者が集まることはほぼありえないだろう。
皮肉にも、再工業化プロジェクトがうまくいった最近の最も説得力のある例は、トランプの前任者による政策だ。バイデン政権によるインフレ抑制法によって製造業への歴史的な投資ブームが起こり、特にグリーンエネルギー分野への火付け役となった。バイデン政権は、一部リベラル派の失望を招いたとはいえ、インフレ抑制法の中心となっていたのは補助金であり、融資保証や需要安定化政策となっていた。これは、長寿命の資本財への投資を検討している企業にとっての最重要な考慮案件である。トランプは、アメリカ国内の半導体製造を支援するために数百億ドルを割り当てたバイデン政権期のCHIPS法の廃止を約束している。
ハミルトンからバイデンまで一貫している事実が、産業政策における、専門知識を総動員する準備のできた、大きく積極的な国家の必要性だ。これはまさに、現政権が反対しているものである。むろん、小さな政府を求める原理的な議論もありえるが、経済の根本的な再構築を目指すのであれば、それは成り立たない。
関税だけでは投資を活性化させる効果はほとんどない。特に、その関税がいつまで続くか予測できない場合はなおさらだ。大規模な産業プロジェクトは、稼働するまで何年もかかり、数十年も稼働するかもしれない。大統領令で課された関税は、同じ大統領の気まぐれや、次の大統領による大統領令で撤廃されるかもしれない。二国間協定の一環として来週にも撤廃されるかもしれない関税に対応して、サプライチェーンの大規模な再編を検討する合理的な企業は存在するだろうか? そうした企業が何よりも必要としているのは確実性であり、トランプが提供しようとしているのは真逆である。
製造業は、他の経済分野以上に輸入に依存している。産業政策において貿易制限がうまく活用されていた場合では、戦略的に少数セクターを保護することに焦点が当てられており、それら保護セクターが必要とする投入財へのアクセスは制限してこなかった。繰り返しになるが、トランプの一律関税アプローチはまさに真逆のことを行っている。
非現実的な世界を仮定するなら、国際貿易からの離反を掲げつつ、米国の製造業を再建するために必要な安定性、支援、そして補完的な公共投資を提供するプログラムを想像することもできるだろう。そのような世界では、生産の国内回帰(オンショアリング)による利益と、より深いグローバル統合による利益の間での厳しいトレードオフに悩まされることもないかもしれない。
しかし、我々が生きているのはそうした世界ではない。「解放の日」関税という湯水から、産業政策という赤ん坊を救い出そうとする人に個人的には同情的だ。しかし、この浴槽の中には赤ん坊はいない。
(この記事は最初にウォール・ストリート・ジャーナル発行の金融専門誌『バロン』誌に掲載された)
著者紹介
JW・メイソン:ジョン・ジェイ・カレッジ経済学部准教授。ルーズベルト研究所研究員。
マサチューセッツ大学アマースト校で博士号取得。
主に、金融、経済史、経済思想史、、国際金融、貿易について研究している。