貿易赤字にはたしかに問題もあるけれど,トランプが思っているのとはちがう
合理的に議論したり経済理論を解説したりしてトランプ関税を打ち負かせるとは思わない.いや,こういう手合いとどう議論したらいい?

キミには新しい iPad なんて必要ない
キミには新しいスマホなんて必要ない
キミには新しいゲーム機なんて必要ない
キミはそういうのを欲しがっているんだ
「必要である」と「欲しい」とは大違いだ
関税について泣き言を言っている人たちを見かけたら,ぜひ質問してやってほしい.この関税で自分の生活がなにか変わったのかい,って
ぼくは,しぶしぶ受け入れることにした――「広範囲にわたる関税はダメだ」と幅広いアメリカ人が気づくには,我が身で痛い目をみるしかない.つまり,熱々ストーブに触って火傷をしてみないとわからないんだ.さいわい,遠からずアメリカ人は火傷しそうだ:

こんな話をしてみても政治的な効果はあまりなさそうだけど,とにかくここは経済学ブログなので,貿易赤字によって国が貧しくなったりしない(けど問題なしというわけでもない)理由を解説しておこうと思う.
貿易赤字に関するトランプの考え違い
トランプとその諮問役たちと手下たちは,こう信じている.「貿易赤字があるということは,アメリカが外国によって『ぼったくられている』証しだ.」昨日の記事で解説したように〔日本語記事〕,こう考えるからこそ,トランプ関税では,各国との貿易でアメリカの貿易赤字がなくなる水準に関税率が設定されている.
貿易赤字に関するトランプの考えは,2つの誤解にもとづいている.第一に,単純な会計の誤り〔日本語記事〕.トランプの諮問役たちは GDP の式を見て,「GDP から輸入が差し引かれてる」と考えた〔「GDP = 消費 + 投資 + 政府支出 + 輸出 – 輸入」〕.そもそも投資と消費の項目に輸入が加算されているからその分を差し引いて相殺しないといけないってことが,彼らにはわかっていなかった.実際には,輸入はいかなるかたちでも GDP に影響しない.
トランプの第二の誤解は,「輸入が一対一で国内産出に置き換わる」という考えから来ている――つまり,「洗濯機1台の輸入をやめたら,どっかのアメリカ企業が国内で洗濯機の生産を1台増やす」と思ってるわけ.そういう場合もありえなくはないけれど,必ずそうなるわけじゃない.アメリカの消費者たちは,「じゃあ洗濯機1台を買わないでおくか」という選択だってできて,その分だけみんなが貧しくなる.
というか,おそらくトランプ一派はこの2点が別々の論点だってことすら気づいていない.GDP の式についての誤解(GDP から輸入が差し引かれているって誤解)は,輸入代替に関する自分たちの誤解から自然に導き出されると思っていそうだ.この2つの誤りは,互いに強化し合っている.
ともあれ,トランプはこの2点で貿易赤字について誤解しているので,「アメリカがどっかの国と貿易赤字を起こしていたら,その国はアメリカからぼったくっている」と信じている.トランプの考えでは,なにかが輸入されればその分だけ〔国内の〕生産が減少せざるを得ないので,輸入によってアメリカの GDP が減少することになっているんだろう――「それはつまり,アメリカの生産を盗んでいるということじゃないか」と考えるわけだ.それで,トランプから見ると,貿易赤字額は,アメリカからどれだけふんだくられているかを示す数字になってしまう.
でも,実際の貿易赤字はそんな風になっていない.
貿易赤字は,クレジットカードでモノを買うようなもの
たとえば,ルイミン君という中国人からキミが洗濯機を1台輸入したとしよう.ルイミン君がキミに洗濯機を送ってよこす理由はなんだろう? タダのものなんてない.基本的に,この洗濯機の代金を支払うには2つの方法がある.ひとつは,ルイミン君に彼がのぞむものをあげること――たとえば面白い本を50冊送ってあげたり(ルイミン君は有名な読書家だ).もうひとつは,ルイミン君に借用書を書いて渡すことだ.[n.1]
一つ目の場合を「均衡貿易」という.キミは洗濯機を手に入れて,ルイミン君は本50冊を手に入れる.貿易赤字も貿易黒字もない.
二つ目の場合は,不均衡貿易だ.この場合,本をあげるかわりに,ルイミン君にアメリカ国債を渡す.債券は借用書だ.このとき,キミは対中国貿易でアメリカの貿易赤字に貢献したことになる.現物のモノやサービス(たとえば洗濯機)が中国からアメリカに渡る一方で,それと入れ替わりに送られていくのがペラ紙だ(というか,スプレッドシート上の数字だね).
経済学者たちが貿易を議論しているのを聞いていると,そのうち「経常収支」だの「資本収支」だのの単語を耳にするはずだ.経常収支とは,ようするに現物のモノとサービスが出て行った分と入ってきた分を差し引きした正味のフロー〔純流入量〕のことだ [n.2].資本収支は,ようするに,出て行った借用書と入ってきた借用書の正味のフロー〔純流入量〕を指す.洗濯機1台と引き換えにルイミン君に借用書を送ったなら,それはつまり,アメリカの経常収支赤字に寄与すると同時に,アメリカの資本収支黒字に寄与したことになる.どっちも,たんに「モノの対価として外国人に借用書を渡した」ことを意味してる.
ここまでわかれば,「貿易赤字はクレジットカードでモノを買うようなもの」って理由に合点がいくはずだ.ぼくがヨドバシカメラに行ってクレジットカードで洗濯機を買ったとしたら,そのとき,目で見て手で触れるモノと引き換えに借用書を渡してる.
ヨドバシカメラで洗濯機を買うのにクレカを使ったからって,それでヨドバシカメラがキミからふんだくったってことになる? ならないよね.ヨドバシカメラで洗濯機を買うのにクレカを使ったら,キミはいまより貧しくなる? まさか.たしかにキミのお金は減るけれど,その分だけモノを増やしたじゃないか.ちょうどそれと同様に,貿易赤字があるってことは,アメリカが手持ちのお金を減らしてモノを増やしたってことだ.貿易赤字があるからってアメリカが貧しくなってるわけじゃないし,外国人にふんだくられてるわけでもない.
貿易赤字がいいことになるうる場合
「貿易赤字はいいことかわるいことか」って質問は,借りたお金でモノを買うのがいいことかわるいことかって質問みたいなものだ.当然,答えは「その買い物に相応の値打ちがあるかどうかしだい」となる.
ここでひとつ思い出してほしいのが,「あらゆる買い物が消費用とはかぎらない」ってことだ――その多くは,実際には生産のための投資だ.たとえば,アメリカのどっかの工場が日本製の CNC 工作機械を10万ドルで購入して,その日本の工作機械メーカーがその代金をアメリカ国債のままでもっておいたとすると,その分だけアメリカの貿易赤字は増える.ところが,そのアメリカの工場が工作機械を使って自動車部品を製造して50万ドルで売ったなら,その分だけ利益になる――そして,アメリカもその分だけ貿易黒字になる.
韓国が急速に工業化を進めたときにやったのが,まさにこれだった.1980年ごろと1990年代序盤に,韓国は貿易赤字になった:

この時期に,韓国は自国の工業経済に巨額の投資をしていた:

ちなみに,70年代後半と80年代前半に韓国が貿易赤字になっていたとき,韓国は同時に輸出も拡大していた――ドルでの金額だけでなく,韓国 GDP に占める割合としても,輸出が増えていた:

輸入は GDP から差し引かれないのに対して,輸出は GDP に加算されるのを思い出そう.そのため,韓国が巨額の貿易赤字になっていたときにすら,毎年,貿易は韓国の GDP をどんどん増やしていた.MAGA に染まってる人は,ここのところを理解するのに苦労しそうだね.
ともあれ,当時の韓国の貿易赤字は,おそらく値打ちがあった.なぜって,資本財(工作機械その他もろもろ)を輸入したことで,それらをみんな自前でつくった場合よりもずっと急速に工業化を進められたからだ.韓国は,機械を買うとそれをすぐに使って自動車やテレビその他の有用なモノをつくった.その多くは,あちこちの外国に売られて利益を上げた.
というか,アメリカもいくらか同じことをやっている.アメリカの貿易赤字について考えるとき,たいてい,消費財を思い浮かべがちだ――安価な中国製テレビとか.でも,アメリカも資本財をそこそこ輸入している.アメリカ国内の企業はそれらを使ってモノをつくって売っている.1990年代のアメリカは,いまよりもそういうことをたくさんやっていた.当時,アメリカは貿易赤字だったけれど,同時に,投資と輸入のブームも起きていた.
ただし,ひとつ注意点がある:「貿易赤字を投資に利用する」すなわち「貿易赤字はいいこと」というわけじゃない.企業が資本財をたくさん輸入したはいいけど,その投資のリターンが低かったら,それはわるいことになりうる.
貿易赤字を消費に使った場合はどうなの? それは,いいこと? わるいこと?
「じゃあ,貿易赤字を消費財の購入に使った場合はどうなの?――安価な中国製テレビやカナダ製自動車なんかを輸入して貿易赤字になってる場合は? 近頃のアメリカの貿易赤字は,その過半数を消費財〔の輸入〕が占めているよね.ああいう貿易赤字はいいことなの,わるいことなの?」
この場合,「いま買ってあとで払う」のがいいことかわるいことかを判断しないといけない.思い出そう.貿易赤字は,クレジットカードでモノを買うようなものだ.アメリカが中国製テレビやカナダ製自動車を輸入して中国やカナダがアメリカ国債を受け取ったとき,アメリカは中国やカナダにお金を借りていることになる.
中国やカナダは,いつでもアメリカ国債を売ってドルに換えられるし,そのドルを使ってアメリカのモノやサービスを買える.いざ彼らがそうした場合には,その時点で,中国やカナダはアメリカ相手に貿易赤字になる.その場合になにが起こったかと言えば,基本的に,アメリカが中国やカナダからお金を借りてそれを返済したという事態だ.
ちょうど,ヨドバシカメラで洗濯機をクレカで買って,それから働いて給料をもらい,それでクレカの引き落としをすませたのと同じだ.これって,わるいことかな,いいことかな? 場合によるよね.もしかすると,銀行口座に給料が振り込まれるのを待ってから洗濯機を買ってもよかったかもしれない.あるいは,2ヶ月か3ヶ月か待たずにいま洗濯機を買って,クレカの債務につく利子を余計に払わないといけなくなっても,そのことに値打ちがあったのかもしれない.
借金で消費財を買うのは,よい金銭的判断にもなりうるし,わるい金銭的判断にもなりうる.他国を相手に貿易赤字になっているとき,アメリカがやっているのはようするにそういうことだ.
もうひとつ言い添えておいた方がよさそうだ.クレジットカードの借り手と同じく,アメリカもその外国相手の借金を全額返済しない場合がある.たとえば,アメリカで予想外の高インフレが発生したとしよう.このとき,中国やカナダが保有しているアメリカ国債の価値は下落する.これは,基本的に部分的な債務不履行みたいなものだ [n.3].あるいは,ある日,無責任なアメリカの指導者が現れて債務不履行をやらかしたら,中国やカナダは保有しているアメリカ国債の価値が部分的に蒸発してしまう憂き目を見る.
なので,アメリカが他国に対して貿易赤字になっているとき,その相手国はリスクをとっている.そうした国々は,いわばモノの購入に使えるクレジットカードをアメリカに与えているわけだ.アメリカが破産を宣言して返済をやめてしまう可能性は,つねにある.
その点で,貿易赤字になっている国々は,貿易黒字になっている国々よりも短期志向または辛抱が弱くなっていると言ってもいい.国にはべつにそういう動機や性格なんてないけれど,この捉え方はひどいものじゃない.
貿易赤字によってアメリカで脱工業化が進む?
さて,今回の最後の問いは,これだ――他国からモノを輸入するとアメリカで生産するモノは減るだろうか? もしかすると,クレジットカードでトマトを買ったら,その結果として,家庭菜園で育てるトマトは減らすことになるかもしれない.その後,クレカの債務を返済した頃には,トマトの栽培法なんて忘れてしまっているかもしれない.基本的に,脱工業化はそういうことだ [n.4].
当然ながら,貿易赤字になっても脱産業化が進まない場合もある.たとえば,1980年代~90年代の韓国では,貿易赤字が韓国の工業化を助け,製造業の成長を促進した.おそらく,1990年代のアメリカでも似たようなことが起きていた.
けれど,それはそれとして,いま問題にしてるのは歴史上の事例ではない.いま問題にしてるのは過去25年間にアメリカが続けてきた貿易赤字で,その大半は対中貿易での赤字だったけど,他の国々との貿易でも赤字が続いていた.そういう貿易赤字で,アメリカがお金を借り入れてやっていたのは消費であって投資じゃなかった.そこで問題なのは,それによってアメリカで製造業が失われていったのかどうかだ.
少なくとも対中国の貿易赤字に関して言えば,答えは「イエス」だ.よく知られているように,Autor et al. (2013) の研究では,「[1990年から2007年にかけて,中国からの]輸入との競争が,同時期にアメリカで起きた製造業での雇用減少の4分の1を説明している」のが見出されている.Bloom et al. (2024) の研究では,中国からの輸入との競争によって西海岸と大都市で製造業からサービス業に雇用の大規模な再配分が引き起こされた一方で中西部ではもっぱら賃金低下と雇用喪失が生じていたのが見出されている.また,Acemoglu et al. (2014) では,こう述べられている:
本論文では,中国からの輸入との競争が急速に増加したのにともなってアメリカの雇用成長鈍化にどのような影響が生じたのかを検討する.2000年以降に加速した中国からアメリカへの輸入増加は,近年のアメリカにおける製造業雇用の減少をもたらした大きな要因であり,投入-産出の連関や他の一般均衡効果を通してアメリカの雇用成長が全体的に顕著に抑制されたように見受けられる.(…)本研究の中核となる推定からは,1999年から2011年の期間に中国からの輸入との競争が増加したのにともなって200万から240万件の純雇用喪失が生じたことがうかがえる.[強調は引用者によるもの]
データを直に見ても,これはおおよそ理解できる.中国が WTO に加盟して大量に安価な製品をアメリカに輸出しはじめた 2001年まで,アメリカの製造業雇用は長らくかなり安定していた(雇用全体に占める割合は低下していってたけれど).2000年代に――中国からの輸入が急増した時期に――製造業雇用は崖から転げ落ちるように減少していった:

ここで,次の点に留意しておきたい.こういう雇用喪失を引き起こしたのは貿易赤字そのものではないんだよ.かりにアメリカと中国の貿易が均衡していたとしても,中国からの輸入との競争によっておそらくアメリカの製造業労働者たちの雇用はいくらか犠牲になっていたはずだ.なぜかと言うと,A) アメリカからの輸出の一部は製造業製品ではなくサービスだったろうし,B) おそらくアメリカはもっと資本集約的な製品を輸出していただろうし,それによって2000年当時に中国が得意としていた労働集約的な製品からの転換が進んでいただろうからだ.
とはいえ,たしかに対中国の貿易赤字は巨額で,脱工業化が顕著に進んだ.また,対中貿易赤字をアメリカが続けたことで,アメリカの再工業化の遅滞したかもしれない.その要因には,輸入との競争と,輸出市場で中国勢にアメリカ企業が追い出されたことの両方がある.
製造業はなにより重要でたんに GDP への寄与を超える意義があると考えているなら(ぼくはそう考えてる),対中貿易赤字は対処すべき重要事項だろう.
でも,だからといって,トランプ関税こそがその正しい方策ってことにはならないからね.他のいろんな記事でもさんざん繰り返してきた話なのは自分でもわかってるけど,これは本当に念押ししないといけない.なにより,輸入部品の価格を上げることで,トランプ関税はアメリカの製造業を弱体化しつつある――だからこそ,アメリカの自動車産業や鉄鋼業の労働者たちはいまレイオフされつつあるんだし,製造業の活動や企業の景況感がどんどん下向きになってる理由もそこにある.第二に,トランプ関税は最終的にアメリカへの輸入だけでなくアメリカからの輸出も減らしてしまう.これには,為替レート変動と他国による報復関税の両方が効いてくる.そのため,アメリカの製造業が打撃を受けてしまう.
中国への関税は,アメリカが製造業で競争力を向上させるためのより大きな戦略の一環にもなりえた.ところが,今回のトランプ関税みたいにアメリカが貿易相手みんなに広範な関税をかけてしまうと,アメリカの脱工業化を加速する見込みがきわめて大きい――かりに関税によって貿易赤字が減ったとしても,だ.突き詰めれば,アメリカにとって重要なのは輸入を減らすことじゃない――輸出を増やすことだ.トランプ関税は,その目標の妨げにしかならない.
原註
[n.1] 実際には,貿易で物々交換なんてしない――本と洗濯機を交換する奴なんて,実際にはいない.ただ,2ヶ国が均衡貿易をするとき,その両国は互いに通貨で支払って,受け取った通貨をなにか現物のモノやサービスにすぐさま使う.ルイミン君はキミに洗濯機を送って寄越し,キミは別の中国人を相手にいくらかのドルを人民元に交換してもらって,その人民元でルイミン君に支払いをする.すると彼はその人民元でお医者さんに背中の痛みを診てもらった代金を支払い,お医者さんはそのお金でアメリカのどこかの奴から50冊の本を買い込む.実際の均衡貿易はこういう要領で行われる.
[n.2] 実はこれには他にもいくらか含まれているけれど,ここは単純化したままですませよう.
[n.3] なぜそうなるかと言うと,債券の元本と利息がアメリカドルで指定されていて,インフレが起こると,モノやサービスに対するアメリカドルの実質価値が大幅に下がるからだ.
[n.4] これが重要になりうる理由は,A) トマト投げ合戦のために自分でトマトを育てる必要があるかもしれないし,あるいは,B) トマトを自家栽培する方法を忘れると将来に自分の借金返済がもっと難しくなるかもしれないからだ.いや,まあ,あまりいい喩えじゃないね.
[Noah Smith, “Trade deficits do not make a country poorer,” Noahpinion, April 4, 2025; translated by optical_frog]