ステファニー・ケルトン「ミンスキーについて少し考えてみよう」(2022年10月11日)

…ミンスキーにとっては(ケインズにとっても同様だが)、資本主義経済は本質的に不安定なものである。比較的平穏な時期が続くかもしれないが、たびたび何かが壊れる(something breaks)事態が発生する。

Stephanie Kelton, “Think About Minsky for a Moment”, The Lens, Oct 11, 2022

前回の投稿〔原文翻訳〕では、FRBの利上げが金融事故の引き金となり、金融市場に波及するのではないかとの懸念が高まっていると書いた。昨日のノーベル賞受賞の報を受けて、気がつくと私はハイマン・ミンスキーのことに思いを巡らせていた。

ミンスキーは、金融市場で何か「本当に」悪いことが起こるたびに、つまり何かが“壊れる”たびに、誰もが再評価する人物だ。私の友人ポール・マカリーは、(金融市場の)限界が訪れる時点のことを指す言葉として、“ミンスキー・モメント”という造語を作った。

ミンスキーについてあまり聞いたことがないという人のために、彼のかつての教え子でありMMT派経済学者のL・ランダル・レイによる5分間のミンスキー“速習講座“を紹介する。

ミンスキーは、1986年の著書『不安定な経済の安定化(Stabilizing an Unstable Economy)』〔邦題『金融不安定性の経済学—歴史・理論・政策』〕と『金融不安定性理論(Financial Instability Hypothesis, FIH)』 [1]訳注:「金融不安定性仮説」とも訳される。 でよく知られている。

金融不安定性理論

ミンスキーは、古典派的な経済の説明を否定する。アダム・スミスやレオン・ワルラスといった古典派は、「経済を最も良く理解する方法は、経済が常に均衡を求め維持するシステムであると仮定することである」と主張するが、ミンスキーにとっては(ケインズにとっても同様だが)、資本主義経済は本質的に不安定なものである。比較的平穏な時期が続くかもしれないが、たびたび何かが壊れる(something breaks)事態が発生する。「安定性が不安定性を生み出す」(Stability is destabilizing)という表現をミンスキーは好んで使っていた。

自己修正的な力がシステムを定められた均衡に引き戻す代わりに、負の衝動が自己増殖を始め、経済は理想的な状態からますます遠ざかっていく。極端なケースでは、投げ売りが起きて資産価格が暴落することもあり得る。いわゆる負債デフレーション(debt deflation)だ。

ミンスキーは、経済学の主眼は「与えられた資源を然るべき用途に割り当てること」であるという考えを否定した。ケインズと同様、ミンスキーにとって経済の中心的問題は「経済の資本発展」であり、高額の資本資産の生産を促進するために高度な金融システムに依存することもこの問題の一つだった。

 資本主義経済の資本発展は、現在の貨幣と将来の貨幣の交換を伴う。現在の貨幣は投資生産物の生産に投入される資源に対して支払うが、将来の貨幣は(資本資産が生産に使用されることにより)資本資産を所有する企業に発生する「利益」である。投資の資金調達が行われるプロセスの結果、生産主体の資本ストックの管理は、負債によって賄われる。この負債は、指定された日付または何らかの条件の発生に応じて貨幣を支払うという約束である。各経済主体にとって、資産が予想される現金受領の時系列を生み出すのと同様に、貸借対照表(バランスシート)上の負債は事前の支払い約束の時系列を決定する。

つまりミンスキーによれば、企業は将来が希望通りの結果となるかの見通しがない〔=未知の〕状況で、事業のために現在の貨幣(M)を調達しなければならないということだ。企業が事業資金を負債で調達する場合、確実な(=既知の)将来の支払い(債務返済)義務が発生するが、事業を運営することによる将来のキャッシュフロー(M’)がその債務返済に十分である保証はない。

物事がうまくいく可能性はあり、その場合金融不安定性は回避できる。例えば、総需要が維持され、事業からの収益も堅調、そしてフリーキャッシュフロー(FCF、純現金収支)が返済義務を果たすのに十分であれば、システムは概ね安定している。しかし、何かが壊れる可能性は常にある。基本的には、所得と負債の関係、そしてその関係が時間とともにどのように変化するかに関わっている。ミンスキーはこう言っている

金融不安定性理論の第一定理は、「経済には安定的な金融構造と不安定な金融構造がある」である。金融不安定性理論の第二定理は、「経済が長期にわたって繁栄すると、安定したシステムを構成する金融関係から、不安定なシステムを構成する金融関係へと移行する」というものである。

ミンスキーは、経済主体における3つの異なる所得・債務関係を説明している。

  1. ヘッジ金融主体とは、契約上の支払義務をすべて自身のキャッシュフローでまかなうことができる主体で、負債構造における自己資本による調達(エクイティファイナンス)の比重が高いほど、その主体はヘッジ金融主体である可能性が高い。
  2. 投機的金融主体とは、収入キャッシュフローから元本を返済することはできないが、負債の「収益勘定」で支払い義務を果たすことができる主体である。このような主体は、負債の「ロールオーバー」を行う必要がある(例:満期を迎えた負債の返済義務を満たすために新規に負債を発行する)。
  3. ポンジ(ポンツィ)主体とは、事業によるキャッシュフローが足りず、元本の返済や未払い負債の利払いができない主体である。このような主体は、資産を売却するか、借入を行うことができる。利払いのための借入や、普通株の利子(さらには配当)を支払うための資産の売却は、負債や将来収入の先約を増加させるにもかかわらず、主体の資本を減少させる。

ミンスキーの説明によれば、安定的な金融構造とは、ヘッジ金融の勢力が支配的な構造と考えることができる。この点について、私はいつも以下のように考えている。

左からヘッジ(Hedge)、投機(Speculative)、ポンジ(Ponzi)

どの時点でも、経済はヘッジ型、投機型、ポンジ型の主体で構成されている。ポンジ主体は、一定の数が常に存在している。そして、満期を迎えた債務をロールオーバーする必要のあるビジネス、つまり投機的主体については、本質的な問題は何もない。しかし、金融システム全体としては、私が上に描いたような構成の方がより安定している。

ミンスキーによれば、「これとは対照的に、投機的金融とポンジ金融の比重が大きければ大きいほど、経済が偏差増幅システムである可能性が高くなる。」言い換えれば、金融システムは、私が以下に描いたような構成に変化したとき、より脆弱になる。ヘッジ主体が減り、投機的主体とポンジ主体が増えれば、潜在的な危機の舞台は整う。

図の状況はゆっくりと発展することもあれば、急速に変化することもあり、いずれの方向にも移行する可能性がある。 [2] … Continue reading ミンスキーの言う「安定性が不安定性を生み出す」とは、好況時に借り手と貸し手の警戒心が薄れ、安全マージンが低下し、デット・ファイナンス(負債による資金調達)の契約取引が増加する傾向があることを意味する。

特に、好況が長引くと、資本主義経済は、ヘッジ金融主体が支配的な金融構造から、投機的金融やポンジ金融の比重が大きい構造に移行する傾向がある。

米国経済が2番目のイメージよりも1番目のイメージに近いと考えるなら、FRBの利上げの影響をそれほど心配することはないかもしれない。つまり、家計の負債が少なく、資金が豊富にあり、企業の収益が堅調で負債負担が比較的小さいのであれば、利上げはそれほどの被害をもたらさないかもしれない。

しかし、利上げによって多くの主体がヘッジ金融から投機的金融へ、投機的金融からポンジ金融へと移行しているとしたらどうだろう。その場合、私たちは偏差増幅型の金融構造、すなわち金融市場に波及する破壊的影響に対して非常に脆弱な構造に移行している可能性がある(あるいはすでに入っている)。ミンスキーが次のとおり警告したように。

さらに、投機的金融主体を大量に抱える経済がインフレ状態にあり、当局が金融引き締めによってインフレの悪魔を追い払おうとすると、投機的主体がポンジ主体と化し、それまでポンジ金融だった主体の純資産が一気に枯渇することになる。その結果、キャッシュフローが不足した主体は、ポジションを売り払うことでポジションを獲得せざるを得なくなる。これにより、資産価値の崩壊につながる可能性が高い。

金融崩壊(メルトダウン)への確実な道筋は、FRBによるさらなる強硬な引き締めと企業の業績不振の組み合わせによって敷かれているのだ。

References

References
1 訳注:「金融不安定性仮説」とも訳される。
2 原注:例えば、キャッシュフローが予想外に堅調、もしくは金利の低下によって元利金の返済が可能になると、投機的単位がヘッジ単位になることがある。
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