ドナルド・トランプ大統領は、「解放の日」と銘打ち、アメリカの輸出に対する貿易相手国の関税、非関税障壁、通貨障壁を相殺するめに慎重に調整されたとする輸入関税の導入を宣言した。しかし米国通商代表部(USTR)の公表した計算の詳細によると、この関税の実際の効果は、アメリカに最大の利益をもたらす貿易分野を最も的確に縮小することになるだろうことを示している。関税による貿易縮小の結果、アメリカの消費者と企業は直撃を被るだろう。株式市場が急落するのも当然だ。
この関税計画は、そもそも国家の貿易の根源的な仕組みについて基礎的な誤解を示している。国家(アメリカ)は貿易を行うことで、一部の貿易相手国との間に貿易赤字(2国間赤字)を計上し、他の国との間で貿易黒字(2国間黒字)を計上することになる。この仕組みは、比較優位の作用を反映したものである。例えば、アメリカはアルミニウムを最も効率的に生産できる国からアルミニウムを輸入し、航空機のような自国に優位性のある輸出品の製造に輸入したアルミニウムを使用する。そのため、アルミニウムを効率的に生産できる国との貿易収支は赤字へと向かい、航空機を輸入する国との貿易収支は黒字へと向かう。これは家計や企業でも同じだ。私は、書いた教科書『国際経済学』を出版しているピアソン社を相手に黒字を計上している――私が教科書の執筆に比較的優位を持ち、ピアソン社は出版と流通に比較優位を持つからだ。一方、今年私は、白内障の手術を自分で行わず、眼科医に一任した。つまり私は眼科医に対して赤字を計上することを選択したのである。
ところが、USTRの報告書では、アメリカの「持続的な貿易赤字を、貿易の均衡を妨げる関税・非関税障壁の複合的な結果であるとして計算している」ことを冒頭で明示している。これは根本的な誤解であり、トランプ政権が貿易障壁の真の水準を計算しようとしなかったことを示している。例えば、韓国はアメリカと自由貿易協定を結んでおり、2024年のアメリカからの輸入品への関税率はわずか0.79%だった。しかし、韓国には26%の関税を課している。この関税の正当化として、韓国はアメリカとの2国間貿易で巨額の貿易黒字を計上していることが挙げられている。しかし、この貿易黒字は、アメリカ国民がヒュンダイ・キア車を好んでいることにほぼ原因がある。
貿易障壁は確かに2国間貿易収支に影響を与えるが、持続的な貿易収支がすべて貿易障壁に起因していると考えるのは、各国が貿易を行う根源的な仕組みを誤解している。国家は、自国が最も得意とする財・サービスに特化して貿易を行う。これは必然的に一部の貿易相手国と持続的な貿易黒字が生まれ、他の貿易相手国とは持続的な貿易赤字が生まれる。強引な関税であらゆる国との2国間貿易収支をゼロに抑え込もうとするのは、アメリカ人に最も利益をもたらす国際貿易に課税する行為である。しかし、トランプによる高関税率は、まるでこれを目的として設計されたようなものだ。
しかも、4月2日に導入された関税は、アメリカの貿易を均衡化するという目標すら達成できないだろう。トランプの関税政策には、2024年にGDPの4.2%に達したアメリカ全体のモノの貿易赤字を削減したいという願望が潜んでいる [1] … Continue reading 。このモノの貿易赤字は、アメリカ人が生産を超えて支出しており、不足分を海外から輸入せざるをえなくなっている事実の反映である。つまり、連邦政府の財政赤字を縮小する等、アメリカが支出を所得以下に削減するまで、総合貿易赤字は消え去ることはない。総合貿易赤字は、アメリカの貿易黒字と、全ての貿易相手国の赤字を合算したものであるため、あらゆる2国間貿易赤字を解消しようとするトランプ政権の試みは失敗する運命にある。せいぜい可能なのは、ある国の貿易赤字を縮小することで、別の国との貿易赤字が大きくなるといった、モグラ叩きゲームのような、赤字のシャッフルである。しかし、このシャッフルの過程で、国際貿易から得られる効率的な利益は大幅に損なわれることになる。
モグラ叩きゲームの一貫として、アメリカの輸入業者は高関税国から低関税国への輸入先の切り替えを迫られることになるだろう。天然ゴムの買い手は、タイ(関税率37%)やインドネシア(関税率32%)から、コートジボワール(関税率21%)やリベリア(関税率10%)に切り替えることが可能となっている。この過程で、切り替えコストと輸送コストが上昇する。切り替えの結果、タイとインドネシアとの対米2国間貿易収支が縮小し、コートジボワールとリベリアの2国間収支は増加することになる。そうなると、アメリカ政府はアフリカの2カ国とのいわゆる「相互」関税を引き上げ、アジアの2カ国との関税を引き下げるという決定を下すのだろうか? これはまさにモグラ叩きであり、アメリカと世界経済の成長を疎外する不確実性の新たなる要因となるだろう。もっとも、可能性として高いのは、アジアとの関税は高いままとなることだ。
トランプによる恣意的な関税措置と、貿易相手国の対応によってアメリカ経済が景気後退(リセッション)に陥った場合、アメリカ国内では消費と投資が激減し、〔輸入が減ることで〕総合貿易収支は改善されるかもしれない。もっとも、外国経済も大きな打撃を受け、〔輸出が減ることで〕アメリカの貿易収支のネットでの最終的な帰結は、景気後退がアメリカ国内か国外のどちらでより深刻かにかかっている。これは誰も勝者を産まない、底辺への競争となるだろう。
〔著者略歴:カリフォルニア大学バークレー校教授。ピーターソン国際経済研究所の非常勤シニアフェロー。前国際通貨基金(IMF)主席エコノミスト(2015年9月8日~2018年12月31日)。現在最も読まれている国際経済学の教科書『クルーグマン国際経済学』(ポール・クルーグマンとの共著)の著者としても有名。〕
[Maurice Obstfeld, Trump’s tariffs are designed for maximum damage—to America, PIIE, April 4, 2025 9:45 AM.Photo Credit: REUTERS/Amanda Perobelli]
References
↑1 | 注:米国経済分析局の測定によると、アメリカのサービス輸出黒字はGDPの1.1%に相当する。ただし、この数字は、一部の多国籍企業の利益移転戦略によって、真のサービス輸出黒字は過小評価されている可能性がある。 |
---|