一般読者向けに経済学の教えを面白おかしくわかりやすく説いている「ポップ経済学」本を紹介したエントリー〔拙訳はこちら〕を書き上げた直後に、経済学(主流派経済学)のダメなところを槍玉にあげている新刊がガーディアン紙の書評欄で取り上げられているのを見かけた。その新刊というのは、デイヴィッド・オレル(David Orrell)の『Economyths』(邦訳『なぜ経済予測は間違えるのか?』)。「ポップ経済学」本の出版ブームが到来するのと歩調を合わせるようにして、経済学(主流派経済学)の過ち(ダメなところ)を云々(うんぬん)する本の出版も相次いでいる。イヴ・スミス(Yves Smith)の『Econned』もそのうちの一冊だし、ジョン・クイギン(John Quiggin)の 『Zombie Economics』(邦訳『ゾンビ経済学』)もそうだ。「ポップ経済学」に対抗する勢力――「アンポップ経済学」――というのが疑いなく存在しているのだ。
主流派経済学に肯定的な「ポップ経済学」と同じように、「反主流派」たる「アンポップ経済学」も長い伝統を持っている。「ポップ経済学」本の中には「良書」もあれば「悪書」もあれば「愚書」もあるが、「アンポップ経済学」本にしてもそれは同様だ。「反主流派」たる「アンポップ経済学」本の中から個人的に「良書」を選ぶなら、ポール・オルメロッド(Paul Ormerod)の『Butterfly Economics』(邦訳『バタフライ・エコノミクス』)とか『The Death of Economics』(邦訳『経済学は死んだ』)とかを挙げることができるだろう。オルメロッドは、傑出した経済学者であり、主流派というよりは異端派に属している。とは言え、オルメロッドは、モデルを構築することにも、経済の分析に科学的な手法を応用することにも異を唱えてはいない。他には、ディアドラ・マクロスキー (Deirdre McCloskey)の一連の作品――とりわけ、『How to be Human* :* Though an Economist』。今年(2010年)の秋に出版予定の『Bourgeois Dignity:Why Economics Can’t Explain the Modern World』も必読だろう――も、ナシーム・タレブ(Nassim Taleb)の『The Black Swan』(邦訳『ブラック・スワン』)も、(「反主流派」たる「アンポップ経済学」本の中の)「良書」に括(くく)られることになろう――タレブは、経済学がお嫌いなようだ。経済学者から学べるものは何もないというのだ。その一方で、経済学者の側は、確率に対するタレブ流のアプローチから学べるものがある――。
若干色合いが異なるが、市場経済が文化や社会に及ぼす影響に懸念を示している「アンポップ経済学」本の中には顧(かえり)みる価値がある作品がいくつかある。例えば、ジョン・ラスキン(John Ruskin)の『Unto This Last』(邦訳『この最後の者にも』)とか、カール・ポランニー(Karl Polanyi)の『The Great Transformation』(邦訳『大転換』)とか。もう少し最近だと、リチャード・セネット(Richard Sennett)の作品とかがそうだ。
冒頭で言及したオレル本を含む三冊については未読なので、今のところは評価のしようがないが、「反主流派」たる「アンポップ経済学」本の中には「悪書」がたくさんあるのも確かだ。どうして「悪書」なのかというと、主流派経済学の教義を大げさに誇張して攻撃を加えているのが通例だからだ。「悪書」の例をいくつか挙げておくと、ロバート・ハイルブローナー(Robert Heilbroner) の一部の作品とか、ジョージ・ブロックウェイ(George Brockway)の『The End of Economic Man』とかがそうだろう。
(「反主流派」たる「アンポップ経済学」本の中には)「愚書」もある。著者が異端派の経済学者であり、やたら喧嘩腰で、文体が批判理論や社会学に毒され過ぎている本がそれだ。「愚書」の筆頭であり個人的に最悪だと思う一冊が、フィリップ・ミロウスキ(Philip Mirowski)の『Machine Dreams』。トニー・ローソン(Tony Lawson)の『Economics and Reality』(邦訳『経済学と実在』)が僅差でそれに続く。
主流派に属する経済学者にアドバイスを送るとするなら、「反主流派」たる「アンポップ経済学」本のうちで「良書」は読んでおくべきだし、経済学(主流派経済学)がどんなかたちに歪められて巷間(こうかん)に伝わっているかを知るために「悪書」のどれかも手に取るべきだろう。「愚書」は無視していい。
〔原文:“Unpopular economics”(The Enlightened Economist, July 25, 2010)〕