スコット・サムナー 「金利の変化は、現金需要に影響を及ぼす」(2016年1月3日)

現金の需要量は、金利が上昇すると減る――反対に、金利が低下すると増える――。金利は、現金の保有に伴う機会費用だ。金利が低下したら(機会費用が低下したら)、多くの人は現金の保有量を増やそうとするのだ。

「現金の需要量(現金の保有量)は、市場金利が上昇すると減る――反対に、市場金利が低下すると増える――」(準備預金の需要量に関しても同様で、市場金利と準備預金金利の差が広がると減る)という私の言い分に対して、Britonomist がコメント欄で次のように述べている。

不換紙幣というのは「現金」のことですか? 現代経済においては、現金への需要は金利の変化に鈍感というのが大方の意見だろうと思います。金利が低下したら、現金をおろすために大勢の人が銀行に駆け込むかというと、そんなことはないでしょう。

左派が犯しがちな典型的な間違いだ。左派は、人がインセンティブに反応する度合いを過小評価しがちなのだ。金利は、現金の保有に伴う機会費用だ。金利が低下したら(機会費用が低下したら)、多くの人は現金の保有量を増やそうとするのだ。そして、それゆえにこそ、金利の低下は景気を冷え込ませる効果を持つのだ。私が最近のエントリーで繰り返し説いているように。

「現金の流通残高(対GDP比)」と「短期国債(T-Bill)の利回り」の関係を可視化した以下のグラフをご覧いただきたい。

大まかな傾向として、これら二つの変数が逆方向に動いているのに注目だ。2008年に短期国債の利回りがゼロ%近くにまで低下した後に、現金の流通残高の対GDP比が5%ちょいから7%ちょいに一気に高まっている。(現金の流通残高の対GDP比で測った)現金の需要量は、短期国債の利回りが5%だった時(2007年時点)よりも40%近く高まっているのだ。

短期国債の利回りは1981年にピークをつけているが、それ以降は下落傾向にある。その一方で、現金の需要量は1981年に底を打っていて、それ以降は増加傾向にある。1981年に至るまでは、短期国債の利回りは数十年にわたって上昇傾向にあった一方で、現金の需要量は減少傾向にあった。

これら二つの変数の間には完全な(負の)相関関係が成り立っていると言いたいわけじゃない。現金への需要に影響を及ぼす要因は、他にもある。例えば、税金(税率)がそうだ。現金が保有されるのは、税金の支払いを逃れるためだったりすることが多いので、金利の変化に応じて保有量を即座に調整するのは割に合わない。現金の保有に伴う機会費用(金利)が変化しても、現金の保有量は緩やかにしか調整されないのだ。現金の流通残高(の対GDP比)の変化が滑らかなのは、そのためだ。

まとめ

  1. 米国の景気循環は、名目GDPの変動によって主に引き起こされている。
  2. 名目GDPの変動は、金利の変化によって主に引き起こされている。金利が低下すると、(現金+準備預金への需要量が増えるので)マネタリーベース(現金+準備預金)の流通速度が低下して、その影響で名目GDPが減少する。名目賃金が硬直的なようなら(実際のところそうだ)、名目GDPが減少するのに伴って実質GDPも減少する。不況の原因となるような金利の低下がいかにして引き起こされるかというと、自然利子率が低下したのに中央銀行が利下げに踏み込むのに遅れてしまったせいであることが多い。

反対に、金利が上昇すると、マネタリーベースの流通速度が上昇して、名目GDPと実質GDPが増加しがちだ。マネタリーベースの量を操作しても名目GDPに影響を及ぼせるのは言うまでもないが、現実問題としてはマネタリーベースの流通速度の変化のほうが重要な役割を果たすことが多い。先のグラフの「現金の流通残高(対GDP比)」の逆数が、現金の流通速度である。「現金の流通速度」と「短期国債(T-Bill)の利回り」の関係を可視化したのが以下のグラフだ。

現金の流通速度が不況(灰色の箇所)の最中に低下しているが、金利が低下して現金が退蔵されたせいで不況が引き起こされているわけだ。 最後に、「マネタリーベース(現金+準備預金)の流通速度」と「短期国債(T-Bill)の利回り」の関係を可視化したのが以下のグラフだ。2008年に準備預金への付利が開始されると、マネタリーベースの流通速度がガクンと落ち込んでいることがわかる。

金利が低いのが不況の原因(金利が低いから不況が引き起こされている)と語るたびに、誤解されてしまう。そこで、ケインズ派(ケインジアン)や新フィッシャー派(ネオフィッシャリアン)が間違っている理由を説明しながら、私の言い分をはっきりさせてみようと思う。

「どうなっていたら、不況に陥らずに済んでいたか?」という問いに対して、「金利がもっと低下していたら、不況に陥らずに済んでいたろう」と答えるのがケインズ派だ。しかしながら、それは大抵間違いだ。一つ前の不況が続いている間に金利が上昇するようなら、その後に不況に陥らずに済むのだ。大抵は。さらには、ケインズ派であれば、金利が低いから不況が引き起こされているのではなく、不況だから金利が低いのだと語るだろう。それは一面の真理をついているが、「金利の低下→マネタリーベースの流通速度の低下→不況」というメカニズムも働いているのだ。ケインズ派は、そのことを見過ごしてしまっているのだ。だからこそ、M(貨幣量)やV(貨幣の流通速度)を無視して、非貨幣的で問題含みの「支出」 理論の枠内でしか考えられない傾向にあるのだ(このあたりのことを理解していたのが、バースキー&サマーズの二人だ)。

「デフレを防ぐためには、金利が高まらないといけませんよ」と中央銀行に勧告する新フィッシャー派も間違っている。その勧告を耳にした中央銀行が「金融政策を引き締めて金利の上昇を促せ」ってことが言いたいんだなと解釈して金融引き締めに乗り出したりしたら、デフレを防ぐどころか、デフレを招いてしまうのだ。

マクロ経済学の多くについて言えることだが、一見すると矛盾する考えを同時に受け入れてうまくバランスを保てるかどうかが肝心なのだ。例えば、お金を刷っても、経済は成長しない。お金を刷ったら、経済は成長する。どちらが正しいかというと、どちらも正しいし、どちらも間違っている。どちらが正しいかは、状況次第で変わるのだ。金利についても同じことが言える。金利が低下すると、景気が冷え込むこともあれば、景気が刺激されることもあるのだ。この一見すると矛盾する考えを同時に受け入れてうまくバランスを保つことができる経済学者というのは、ごく少数に限られる――その中の一人がニック・ロウ――ようなのだ。


〔原文:“Yes, interest rates really do impact the demand for money”(TheMoneyIllusion, January 03, 2016)〕

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