●Alex Tabarrok, “Tom Sargent Summarizes Economics”(Marginal Revolution, April 19, 2014)
ノーベル賞を受賞した後に、アリーバンク(Ally bank)のCMの中で「インタビュー」に応じたトーマス・サージェント(Thomas John Sargent)は、「サージェント教授に質問します。2年後の定期預金の金利が何%か予想できますでしょうか?」という質問に対して、シンプルに(そして、正しくも)「ノー」とだけ答えた。このジョークめかした答えは、想像以上に奥が深いと言えるかもしれない。というのも、サージェントは、短いスピーチの名手のようなのだ。2007年にカリフォルニア大学バークレー校の卒業式に来賓として呼ばれたサージェントは、卒業生に向けて「経済学の内容を要約した」スピーチを行っている。そのスピーチの単語の数はというと、わずか335ワード!
その大変優れたスピーチ(pdf)をとくとご覧あれ。
私がこのバークレー校を卒業したのは、何十年も昔のことになります。非常に晴れやかな気持ちで卒業の日を迎えたことを思い出します。しかしながら、正直言いまして、来賓の方々のスピーチが長く感じられたものです。そこで、私のスピーチは手短に終わらせていただくつもりです。
経済学は、選別された常識 [1]訳注;原語は、“organized common sense”。トマス・ハクスリー(Thomas Huxley)の“Science is organized common … Continue readingの集まりだと言えます。この美しい学問が伝える貴重な教訓のショートリストを紹介すると、次のようになるでしょう。
1. 仮に実現されたとしたら望ましいのだが、(残念ながら)実現可能ではないという例は数多い。
2. 個人も社会もともに、トレードオフに直面している。
3. 誰もが自らの能力や努力、好みについて、他人よりも多くの情報を持ち合わせている。
4. 誰もがインセンティブに反応する。あなたが助けの手を差し伸べたいと考えている人たち [2] 訳注;社会的弱者 もその例外ではない。セーフティネットが必ずしも意図した通りの結果をもたらさないのはそのためだ。
5. 平等(公平)と効率の間にはトレードオフが存在する。
6. ゲームの均衡においては(あるいは、経済が均衡に落ち着いている状況においては)、誰もが皆自らの選択に満足している。善意ある第三者がやって来て状況を変えようと試みても――いい方向/悪い方向のどちらであれ――なかなか事態に変化が表れないのはそのためだ。
7. 誰もがインセンティブに反応するのは、今(現時点)だけに限られるわけではない。将来においてもまたそうである。約束したいという思いはあっても、そうはいかない(約束できない)ケースがあるのはそのためだ。例えば、時間が経って約束を果たさないといけなくなった時に、約束通りに行動することがその人の得にはならないとしよう。そのことが周囲に広く知れ渡っているとしたら、一体誰がその人の約束を信じるだろうか? このことから、次のような教訓が導かれる。約束をする前に一旦立ち止まって、次のように自問してみよう。(約束する時に想定していたのとは)状況が変わっても、自分はその約束を守り抜く気はあるだろうか?、と。このことを実践していれば、名声(reputation) [3] 訳注;あいつは約束を守る奴だという評判 を手にすることができるはずだ。
8. 政府 [4] 訳注;政治家や官僚など や投票者もインセンティブに反応する。時に政府がデフォルト(債務不履行)を宣言したり約束を反故にすることがあるのはそのためだ。
9. 次の世代(将来世代)に費用の負担を押し付けることは可能だ。国債(の発行を通じた財政赤字の埋め合わせ)やアメリカの社会保障制度――シンガポールの社会保障制度は別――などは、そのための典型的な方法だと言える。
10. 政府による支出は、いずれは国民がその費用を負担することになる。費用を負担するのは、今日かもしれないし、明日かもしれない。税金の支払いといったはっきりと目につくかたちでの負担となるかもしれないし、インフレーションを通じた目につきにくいかたちでの負担となるかもしれない。どういうかたちであれ、政府が行う支出は、いずれは国民がその費用を負担することになるのだ。
11. 大半の人は、公共財の供給や移転支出(特に、自分が受け取る移転支出)に要する費用を他人に負担させたがる傾向にある [5] 訳注;自分は費用の負担を逃れて、他人にその費用の負担を押し付けようと試みるということ。いわゆる「ただ乗り」の問題。 。
12. 市場で成り立っている価格には、多くの取引参加者の持つ情報が集約されている。株価や金利、為替レートの行方を予測するのが難しいのはそのためだ。
情報を寄せてくれたNewmark’s Doorブログに感謝(このスピーチの第一発見者は、Utopia–you are standing on itブログのようだ)。
References
↑1 | 訳注;原語は、“organized common sense”。トマス・ハクスリー(Thomas Huxley)の“Science is organized common sense”(科学は、「組織化された常識」である)という言葉からきているものと思われる。事実によって反証されずに生き残ってきた(常識にヒントを得て考案された)理論の集まりというニュアンスを出すために、「選別された」という訳をあてておいた。 |
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↑2 | 訳注;社会的弱者 |
↑3 | 訳注;あいつは約束を守る奴だという評判 |
↑4 | 訳注;政治家や官僚など |
↑5 | 訳注;自分は費用の負担を逃れて、他人にその費用の負担を押し付けようと試みるということ。いわゆる「ただ乗り」の問題。 |
ミシガン大学のノア・スミスが批判的に検証していますね。http://noahpinionblog.blogspot.com/2014/04/not-summary-of-economics.html?m=1
コメントありがとうございます。ご指摘のノア・スミスのエントリーは本サイトでも近いうちに翻訳される見込みとなっております。ご期待に添えるような仕上がりとなるかはわかりませんが、何かお気付きの点がございましたらその旨お伝えいただければ幸いです。ともあれ、情報をお伝えいただき感謝いたします。