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タイラー・コーエン「2016年のノーベル経済学賞受賞者オリバー・ハートとベングト・ホルムストロム(2/2)」

●Tyler Cowen “Bengt Holmström, Nobel Laureate” (Marginal Revolution, October 10, 2016)

(訳者注:本記事はホルムストロムについての紹介となります。共同受賞者であるハートについてはこちらをご参照ください。)


ベングト・ホルストロムのホームページはここで、彼のCVや簡単な経歴、研究論文へのリンクが掲載されている。Wikipediaの彼のページはここ。彼は長い間MITで教鞭をとっているけれど生まれはフィンランドで、契約や産業組織論において最も有名で影響力のある経済学者の一人だ。スウェーデン中銀による紹介文はここ動画による説明はここ。彼が民間部門における自分の経験からいかに影響を受けたかついてのナイスな説明はここから読める。彼についてのちょっと変わった紹介としてお勧めしておきたい。

彼が研究を行ってきた重要な問題の一つは、どのようなときに強い動機付けを行い、どのようなときには動機付けを弱めるべきなのかというものだ。これは「あなたが得られるのは支払った分だけ(you get what you pay for)」としてよく知られている。この問題とそれに関連するポイントについてのアレックスの素晴らしいまとめを読んでもらいたい。

ホルストロムのもっとも有名な論文は1979年の「モラルハザードと観察可能性(Moral Hazard and Observability)」だ。プランシパルは結果を観察できるが努力や投入は観察できないといった場合、最適な分配規則はどのようなものになるだろうか。そしてそのような分配規則は最適な結果よりもどれだけ少ないものとなりうるのだろうか。これはおそらく契約内の直接的なインセンティブと保険としての価値が衝突し、効率性を損なうかについての一番優美で影響力のある説明ではないだろうか。簡単な例として、健康保険契約における控除免責額を考えてみよう。もちろんこれは顧客がより健康的であり続けることの価値を契約内に内部化する。でも一方でこれによって契約の保険としての価値は制限されることになる。ホルムストロムが証明した内容の一部は、このような状況では最良の結果はもたらされないということで、彼はそれを比較的扱いやすい形で示した。

CEOへの報酬について考える際もホルムストロムの業績が参考となりうる。スウェーデン中銀はこの論文の論点についてうまくまとめている。

最適な契約は、取られた行動に関する情報を潜在的にもたらしうるすべての結果を報酬と結びつける必要があります。この情報性の原則(informativeness principle)は、単に報酬はエージェントによって左右されうる結果に基づく必要があるとするものではありません。例えば、自身の行動により自分の会社の株価に影響を与えるものの、他社の株価には影響を与えない経営者というエージェントを考えてみましょう。この経営者の報酬は彼女の会社の株価だけに基づくべきということになるのでしょうか。そうではありません。株価は経営者のコントロールの枠外にある経済におけるその他の要因を反映するものであり、報酬額を会社の株価と単純に結びつけることは、経営者を運の良し悪しによって報いたり罰したりすることになります。ある経営者の報酬は、(同業他社のような)他の似たような会社と比較した際の自社の株価に関連させるほうが良いのです。

これもインセンティブと保険がどのように相互作用するかに関するものだ。見られた努力に対して支払うべきなのはどういうときで、利益や株価といった得られた結果に基づいて支払うのはどういうときか。ホルムストロムはこうした類の問題の解決に貢献した理論家としてはトップの座にいる。

1982年の「チームにおけるモラルハザード(Moral Hazard in Teams)」は非常に有名で影響力のある論文で、そのワーキングペーパ版はここから読める。ホルムストロムは、最適なインセンティブの仕組みは時間的整合性を考慮しなければならないことを示した。優れたインセンティブの仕組みには、エージェントである労働者を懸命に働かせるための罰が組み込まれることがある。でも、たとえば労働者たち自身が所有・経営する企業があったとしよう。この労働者たちが失敗した場合、所有者である彼らは自分自身に罰を与えるだろうか。たぶんそうはしないだろう。したがってある程度一般的な状況においては、罰の実行のためには外部からの残余請求が必要となる1 。このようにしてホルムストロムは社会主義者やマルクス主義者に対し、資本主義制度の一側面の正当化を行った。

A Fine Theoremのサイトにもホルムストロムの業績についての優れた記事が掲載されている。

1999年の「経営者のインセンティブ問題:動学的観点から(Managerial Incentive Problems: A Dynamic Perspective)」もすごい。その要点は、反復的な相互作用(例えば経営者との)はインセンティブ問題を改善するどころか悪化させうるというものだ。例えば、株主が経営者を監視すればするほど、そしてその期間が長ければ長いほど経営者が価値に関する数字を粉飾するインセンティブはおそらく大きくなる。将来における出世を見据えた動機付け(career incentives)が有益もしくは有害となるのはどのようなときだろうか。この論文は、こうした問題を考えるにあたっての出発点だ。その関連として、次のような罠も考えられる。ある労働者が自身の能力を上司に対して完全に明らかにした場合、その上司は労働者からより多くの余剰を奪うためにその情報を使うだろう。だから多くの労働者はゆるく仕事をするために、「超効率的」インセンティブ制度の網に捕まらないよう自分がどれだけできるかという爪を隠してしまうというものだ。僕はずっと前からこの論文は非常に重要だと思っていて、ホルストロムの論文の中では僕のお気に入りだ。

企業内部の個人情報に基づいた1994年の調査は、実証手法の点で時代を先取りしたものとなっている。この手法が巷に広まっているのは明らかだが、これについての彼の功績はもっと評価されるべきだろう。

ホルムストロムとハートの共著としては、契約理論と企業理論に関する非常に優れた概論がある。ジョン・ロバートとの共著では、ホルムストロムは企業の境界についての経済理論のとても素晴らしい(そしてとても読みやすい!)概論を書いている。この分野はもっと一般的になってほしい。彼の論文としては有名なほうではないが、応用分野ではスティーブン・カプランとの共著による合併に関する概論がある。

ジャン・ティロールの共著では、1997年の「金融仲介、貸付資金と実物部門(Financial Intermediation, Loanable Funds, and the Real Sector)」がある。これは担保制約がどのようにして現実に重要となるのかという後の論点についての重要な先駆的論文だ。企業と銀行は十分に資本化されなければならない。この論文は1990年代の北欧の金融危機に大きく影響を受けたものだが、その後のアメリカや各地での金融危機を予見するものとなっている。

ジャン・ティロールとの共同による彼の流動性に基づく資産価格決定モデルは、その発表自体が金融の世界を「羽ばたかせた」わけではないけれど、非常に優れた重要な論文で、今日の世界はなぜ超低金利があふれているのかという難問の手がかりとして再考する価値があるだろう。

ホルムストロムはその後銀行制度やエージェンシー問題に関して多くの論文を書いている。彼の最新の論文は、秘密保護者としての銀行に関するもので、銀行制度の基本的な性質とその固定的な価値の負債についてモデル化と説明を試みている2 。金融パニックはなぜこれほど負債と関係しているかについての彼の論文はこちら。ジャン・ティロールとの共著では、なぜ政府による流動性の供給が正当化されることがありうるのかについての良く知られた論文がある。

2003年にはスティーブン・カプランとの共著でアメリカの企業ガバナンスについてのホントとウソについての概論を書いている。これは彼の普段の論文よりも応用に寄ったものとなっている。この論文では、当時のスキャンダルの最中にあってもアメリカの企業ガバナンスは壊れておらず、規制を含む一部の点での改善はありうるにせよ、おそらくはこれまで以上に優れたものとなるだろうという主張がなされている。彼のカプランとの共著論文は全体として、彼の企業に対する大まかな立ち位置がMITの標準よりもシカゴ流に強く影響を受けたものであることを示しているように思う。一例として資産の証券化についての彼の擁護を読んでみてほしい。

おめでとうベングト・ホルムストロム!

  1. 訳注;企業は労働者自身が所有するよりも外部のオーナー(資本家)が所有するほうが罰によるインセンティブが働くという意。 []
  2. 訳注:銀行の負債(貨幣)は、取引手段であるためにその価値が安定的であることを要するが、そのためには銀行の貸出についての情報が秘匿される(調査のための費用と利益が合わない)必要があるのに対し、資本市場は情報公開を伴うために銀行の貨幣の代替とはならず、高リスクの流動性を提供するというもの。 []

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