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タイラー・コーエン 「宿題の量と学力との間にはどんな関係がある?」(2005年6月21日)/ マーク・ソーマ 「宿題なんてまっぴら御免だ」

●Tyler Cowen, “I always hated homework”(Marginal Revolution, June 21, 2005)


レテンドル(Gerald K. LeTendre)とベーカー(David P. Baker)が率いる研究チームの分析では、40カ国を超える国々の小学4年生、中学2年生、高校3年生の生徒を対象として1994年に実施された教育に関する国際比較調査の結果1に加えて、その5年後の1999年に調査対象国を50カ国に拡大して実施された追跡調査の結果2もあわせて検証されている。

その分析結果はというと、(学校から出される)宿題の平均的な量と学業成績との間には何の相関も見出されなかった3のであった。例えば、ベーカー教授が指摘しているところによると、日本やチェコ、デンマークといった生徒の成績が高い国(TIMSSの成績上位国)の多くでは宿題はそれほど出されていない一方で、タイやギリシャ、イランといった生徒の平均的な成績が極めて低い国(TIMSSの成績下位国)では宿題の量はかなり多いということだ。

1994年~95年度にアメリカの学校で数学の宿題がどのくらい出されていたかと言うと週当たり2時間を超える分量に及んでいたが、日本の学校では(数学の宿題の分量は週当たり)1時間程度に過ぎなかった。1980年代にアメリカの学校では宿題の量が増加の一途を辿ることになったが、それとは対照的に1980年代の日本では学校から出される宿題の量は減少する方向に向かった。

レテンドルらが率いる研究チームの分析結果によると、1980年代にアメリカと日本でそれぞれ進められた(宿題の量を巡る)以上のような教育改革はどちらの国においても生徒の全般的な学業成績に対してこれといって何の影響も及ぼしていないようだとのことである。

以上の文章はリチャード・モリン(Richard Morin)がワシントン・ポスト紙で連載しているUnconventional Wisdom欄のコラムから引用したものだ。上の引用文で紹介されている研究についてはこちらの記事でも内容にもう少し深く踏み込んだ上で手際よくその中身が要約されているが、学校が生徒に課す宿題は貧困層の家庭(の親)にとってとりわけ重い負担となる可能性が指摘されている4

宿題を多く出したからといって生徒の学力向上につながるわけでは必ずしもない(あるいは宿題の量と学力との間にはこれといって明確な関係は見出せない)のではないかとかねてから薄々感じてはいたのだが、とは言ってもごく限られた一部のデータを用いて得られた結果を基にしてあまりに性急な結論を導かないように気を付けるべきだろう。教育現場が抱える問題としてはグレード・インフレーション(grade inflation)の問題もあるが――通知表の評価が甘くなればその評価が持つ(一人ひとりの生徒の能力の程度を仄めかす)シグナルとしての価値が低下し、それと引き換えに生徒たちによる課外活動への過大投資が引き起こされる可能性がある――、個人的にはその問題よりも(アメリカにおいて)宿題の量が増えているにもかかわらずそのことが学力の向上に役立っていない可能性の方が気になるところだ。
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●Mark Thoma, ““Against Homework””(Economist’s View, September 23, 2010)


以下の文章はサイエンティフィック・アメリカン誌の1860年10月号からの引用である。

Against Homework” by Scientific American

子供たちは学校で6時間に及ぶ勉強漬けの時間を過ごす。学校が終わって家に戻ると彼らを待っているのは宿題の山。宿題を済ますためにさらに4時間が勉強に費やされるのだ。しかしながら、子供たちの知性(intellect)がそのようにして育まれることなんてあり得ない。自然の摂理を人間の手で好き勝手に変えることなどできないのだ。痛ましいまでの努力を尽くした末に子供たちは(まるでオウムのように)数多くの単語を復唱する術を身に付けるに至るかもしれない。しかしながら、宿題の山を片付けた後の子供たちの脳はすっかり消耗しきっている。そんな子供たちが学問を真の意味で理解して自分のものにする(学問の蘊奥を極めるに至る)ことなどあり得ない。現状の教育システムは子供たちの肉体ばかりではなく、いやそれ以上に彼らの知性を衰弱させる効果しか持っていない。本の山を抱えて足をふらつかせながら家に戻る幼き少女。時計の針が夜の8時を打ったにもかかわらず眉間にしわを寄せながら本の山と格闘する幼き少女。そんな姿を目にする度にこう不思議に思わずにはいられない。どうして世の大人たちは彫刻刀や火かき棒やゴルフクラブや敷石やともかく近くにある武器になりそうな物を急いで手に取り、(子供たちをむさぼり食おうとしている獣を目にした場合と同じように)コモン・スクール(公立学校)の管理者たちを追い払おうと立ち上がらないのだろうか?

  1. 訳注;第3回国際数学・理科教育調査(TIMSS)の調査結果 []
  2. 訳注;第4回国際数学・理科教育調査(TIMSS)の調査結果 []
  3. 訳注;宿題が多いほど学業成績が高いといった関係(正の相関関係)は見出されなかった []
  4. 訳注;この研究を紹介している日本語の記事としては例えば次の記事を参照されたい。 ●湯木進悟, “情報格差が学校の宿題に!? 多く宿題を出しても学力は上がらないとの分析発表”(マイナビニュース、2005年6月3日) 次の記事(英文)もあわせて参照するといいかもしれない。 ●Karl Taro Greenfeld, “My Daughter’s Homework Is Killing Me”(The Atlantic, October 2013) []

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