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ポール・クルーグマン「アメリカでは資本がいまだに王様だ」

Paul Krugman, “In the U.S., Capital Is Still King,” Krugman & Co., April 4, 2014. [“Working for the Owners,” March 22, 2014 / “What America Isn’t, Or Anyway Wasn’t,” March 25, 2014]


アメリカでは資本がいまだに王様だ

by ポール・クルーグマン

Doug Mills/The New York Times Syndicate

Doug Mills/The New York Times Syndicate

フランスの経済学者トマ・ピケティの新著『21世紀の資本』の長大な書評を,いまやっと書き終わったところだ.この本では,相続した財産が支配する「世襲的資本主義」にぼくらの社会が向かっていると論じられている.すごい本だ.なにより,この本は,経済成長,(資本・労働間の)生産要素所得分配,所得の個人分布を共通の枠組みに統合するというスゴ技をやってのけている.

ただ,この本にもちょっとだけ弱いところがある.ピケティ氏の壮大な枠組みは,アメリカで所得格差が爆発的に拡大してることをあまりしっかりと説明していないんだ.これまでのところ,アメリカの所得格差拡大を後押ししているのは賃金格差であって資本じゃない.ピケティ氏はこの問題を取り上げてはいるけれど,本道からはずれた寄り道みたいな扱いになってる.

でも,それは大したことじゃない.本書が名著なことに変わりはないからね.ただ,このことについて,近頃ずいぶん考えてみて目を見張るのは,2014年のアメリカ保守主義がどれほどこの世襲的資本主義を擁護・推進するのに関わっているかってことだ.まだ到来してもいないってのに.

さかのぼって,ジョージ・W・ブッシュ政権を考えてみよう.ブッシュ政権の経済上の大きな主題は「所有権社会」というメッセージだった――それが言わんとしてたのは,ようするに,どんなに勤勉に働いていようと資産をたっぷり持っていないかぎりホントは一人前のアメリカ人じゃないってことだ.エリック・カンターが2012年「労働者の日」にやったツイートを考えてみるといい.共和党の院内総務だったカンターが,労働者の日という機会に,労働者じゃなく事業主たちを褒め称えた.もっと最近だと,ルーズベルト・インスティテュートのマイク・コンツァルが指摘したように,「ティーパーティーは共和党の企業支配への反抗を代表している」という主張に反して,ティーパーティーの政治目標はウォール街の目標とほぼ完璧に合致してる.

そうそう,あと,遺産税に対する長きにわたる聖戦もお忘れなく.

ようするに,共和党はますます変貌し,一貫して,しかも反射的に,労働よりも資本の利害を支える政党になってきてる.

でも,なんで?

まあ,「共和党は社会の変化に対応している」って考えが浮かぶ人もいるだろうね――「年金口座をとおして,アメリカ人はますます資産保有者になってきてるんでしょう?」

答えは「ノー」だ.それどころか,資本所得はごく一握りの人たちに集中する傾向は,急速に強まっている.アメリカの所得分配に関する議会予算局レポートをじっくり見てみると,いろんなタイプの所得の集中に関するデータが見つかる〔グラフ〕.いまぼくらが目の当たりにしてるのは,政治的な態度のスペクトラムの半分が,直観的に,労働よりも資本の方にずっと敬意を払うようになってる様だ.まさに資本所得がますます少数の手に集中してきてるさなかに,そうしてるわけだよ――資本所得は,これからさらに,富を相続した少数の人間たちに大部分が集中するようになること間違いなしだ.

興味をそそるでないの.

© The New York Times News Service


アメリカってそんな国じゃないし,ともあれ,かつてはそうじゃなかったし

こんなメールを頂戴した:

「ポール,お前は人でなしの共産主義売国奴だ.とっとと本国に送還されるがいい.アメリカの建国者たちをコケにして,憲法を侮辱している.共和党員は,労働者の金を保護してるんだ.ナマポ野郎どもの金じゃなくてな.貧しい者も富める者も,すべての労働者はひとしく重税から保護されるべきなんだよ.」

この手のメッセージは,毎日少なくとも1通いただいている.でも,ピケティ氏の新著書評を書いた直後に読むと味わい深い.だって,ピケティ氏の論点の1つはこんなものだからだ――再分配と「成功者を罰する」ことは非アメリカ的または反アメリカ的だという現代の考え方は,アメリカの実際の歴史と完全に不整合をきたしてる.同書の小セクションは,こんな題がついてる――「超過所得の没収課税:アメリカの発明」.ピケティ氏は,アメリカこそ,富裕層にすごい高い税率を課す先駆者だったことを明らかにしている.

《20世紀の累進課税の歴史に目を向けると,「超過」所得と財産にかける没収課税の発明にかけて,イギリスとアメリカ(とくに後者)がいかに他からかけはなれて型破りだったのかわかって驚嘆する.》

どうしてそうなっていたんだろう? ピケティ氏は,アメリカの平等主義的理想を候補に挙げている.この理想は,世襲的な貴族社会をつくりだしてしまうことへの恐れをともなっていた.高い税率,それもとくに遺産にかかる高い税率をかける動機の1つとなっていたのは,「〈古い欧州〉と似た国になってしまう恐れ」だった.社会的・政治的な論拠から高い遺産税を主張した人たちには,偉大な経済学者アーヴィング・フィッシャーもいる.

要点をもう一度強調しておこう:〈発展期〉において,金持ちがますます金持ちになるのを防ぐために金持ちに高い税をかけることは,ふつうに広く受け入れられていた――今日の政界の連中で,この立場をあえて掲げる人はまずいないけどね.

さっきのお便りの主が実に鮮明に具体例を見せてくれたように,いま,多くの人たちは再分配と金持ちへの高税率はアメリカの理想の真逆にあると想像してる.それどころか,やることは共産主義と同じじゃねえか,と想像してたりする.現実には再分配はアップルパイ並みにアメリカらしいことだなんて,思いも寄らない(し,まさか信じようとしない)わけだ.

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

格差に関する警告の声

by ショーン・トレイナー

3月に公刊されて以来,トマ・ピケティ著『21世紀の資本』英訳版はアメリカの経済・政治界隈で大反響を呼び起こしている.数名の書評家・評論家は,ここ数年でいちばん重要な経済の著作だと言っている.

フランスの経済学者ピケティ氏は,世界でも第一級の所得格差に関する専門家だと見られている.ピケティ氏は過去3世紀にわたる20カ国のデータを使って,富と所得の分布を検討している.700ページにも及ぶ論述で彼が論じているのは,資本主義の基底にある力は,自然に富の集中を生み出し,経済発展が広く人々に分かち合われた時代は――たとえばアメリカでは第二次世界大戦後の時代は――歴史の上では異例だ,ということだ.

ピケティ氏によれば,格差を後押ししているのは,「資本主義の中心的矛盾」と彼が呼ぶものだ.歴史的にみると,経済的収益は,他の誰よりも早く富裕層に発生する.また,ピケティ氏の主張によれば,経済停滞の期間のさなかに資本が高い収益を生み出す傾向は19世紀に顕著だったといい,また,この傾向は21世紀になって復活しつつあるように見えるという.「過去が未来を破滅させる」とピケティ氏は自著で述べている.

「いちばん高い所得の持ち主たちは,貯蓄し投資する」と『ワシントン・ポスト』の経済コラムニストであるスティーブン・パールスタインはピケティ氏の新著をとりあげた先月の書評で記している.「そうすることで,資本所得が生み出され,賃金と給与にだけ依存する人々を引き離すことができるようになる.富の蓄積と蓄積された富が経済および社会的・政治的構造の支配的要因になるまでには,ほんの数世代しか要しない.」

© The New York Times News Service

■ 関連エントリがあります:ピケティ&ザックマン「格差と成長:資本の再来


Comments

  1. 以下「21世紀の資本」について参考までに:

    ●クルーグマン含め各所のレビューまとめ(英文):http://www.bruegel.org/nc/blog/detail/article/1291-blogs-review-capital-in-the-twenty-first-century/

    ●この本の導入部が内容紹介としてちょうどよさげだったので、紹介のためにさわりだけ訳出しました。興味のある方は参考にしてください。

    ” 富の配分は今日最も盛んに議論されている問題の一つです。しかし、その長期における進展について私たちは何を知っているでしょうか。民間資本蓄積のダイナミズムは、少数の手に富や権力を常にますます強く集中させることを不可避的に引き起こすのでしょうか。19世紀にマルクスがそう信じたように。それとも経済成長、競争、技術進歩による均衡へと導く力によって、発展が進んだ段階においては格差の縮小や釣合の取れた安定が自発的にもたらされるのでしょうか。20世紀にクズネッツがそう考えたように。18世紀以降の所得や資産の配分の進展について、私たちは本当のところ何を知っているのでしょうか。そして21世紀のためにそこから引ける教訓とは何でしょうか。
    この本で私が答えようとする問題とはそうしたものです。一息に言ってしまうと、ここに載っている答えは不完全で足りないところもあるものです。しかし、20カ国以上の3世紀に渡るというこれまでの先行研究よりもずっと幅の広い比較を行う歴史的データに基づくものであり、また現実の傾向やメカニズムをより良く理解することを可能とする新たな理論的枠組みにも基づいています。現代における経済成長や知識の伝達は、マルクスが言うところの黙示録を回避することを可能としましたが、資本や格差の根底にある構造を変えせず、あるいは少なくとも第二次大戦後の楽観的な数十年間に想像できたほどではありませんでした。資本の収益率が生産や所得の成長率を持続的に上回る、これは19世紀に至るまでそうでしたし21世紀に再び常態となる恐れが強いのですが、その瞬間から資本主義は容認しえない不当な格差を機械的に作りだし、私たちの民主主義社会が依って立つ能力主義という価値を根底から揺さぶるのです。しかしながら、民主主義と一般利益が資本主義と民間利益から支配を取り戻すための手段は、保護主義とナショナリズムを追いやるという形で存在します。その骨子を形作る歴史上のエピソードの経験からの教訓に依って立ちつつ、この本では以上のような提案を行いたいと思います。”

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