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ポール・クルーグマン「スリーピース・スーツ,朝食会議,過労」

Paul Krugman, “Regarding Three-Piece Suits, Breakfast Meetings and Overwork,” Krugman & Co., January 31, 2014. [“Three-Piece Suits, Breakfast Meetings, and Overwork“]


スリーピース・スーツ,朝食会議,過労

by ポール・クルーグマン

Patrick Andrade/The New York Times Syndicate

Patrick Andrade/The New York Times Syndicate

いや,『アメリカン・ハッスル』の話じゃあなくってですね,ジェイムズ・スロウィッキーが『ニューヨーカー』に載せてるおもしろい記事に1つコメントをね.

まず,彼がいう「知識労働者」たち――ぼくならエリート労働者全般と言って済ますけど――にとって,時間の考え方がまるごと変わってしまったという点について,彼が言ってることは正しい.ぼくが育ったのはロングアイランドで,あそこでは通勤時間にはっきりした階層の違いがあった.早朝の電車には,単純労働者がすし詰めになった.もっとあとの電車になるほどだんだんスーツ姿がふえてきて,しかもスーツはだんだん高級なやつが目立ってきたものだ.重役たちは9時半から10時くらいに一日がはじまるのが通例だった.最近では,それが逆になってる:早朝の電車にはヘロヘロになったスーツ姿がいっぱいで,あとの電車になるほど,乗客のいでたちはさまざまになっていく.

で,それがどうしたって? スロウィッキー氏が強調するのは,雇用者のインセンティブと,彼らにとって生産性へのマイナス影響を考慮に入れることの難しさだ.ただ,ぼくの感覚では,いちばん重要な要因は――スロウィッキーもかるく言及するけれど中心に据えてはいない要因は――シグナリングだ.正気の沙汰じゃない長時間にわたって働くのは,コミットメントの証であり,仕事のために犠牲をはらう意志の証なんだ.長時間労働で個人が害を受けるのは,うっかり生じたバグじゃなくって,それも勘定の内なんだ.

公正を期して言うと,ぼくの見解は個人的な経験でつくられている部分がある.と言っても,投資銀行ではたらいたことはないよ.ありがたいことに.それどころか,スーツを着て毎日決まった時間に通勤しなくちゃいけない仕事をしたのは,レーガン大統領の経済諮問委員会で1982年から1983年まで働いていたときだけで,それっきり1つもない.

でも,あの当時,つらい思いをするのが真面目さの証明として中心を占めていたのは,見逃しようもなく明らかだった.ちょっとでも野心があれば,毎日スリーピースのスーツを着るところだろう.7月のワシントンDCでスーツ出勤なんて,かんぜんにイカレてるけど,まさにイカレたことをするのが眼目だったのよ.

それに,朝食会議もやってた.多忙で生産的な人たちが朝7時に会いたがることがある理由は理解できる.でも,まもなく完全にはっきりわかったのは,そんな朝の会議をやろうと言い張る人たちってのは,いちばん能力が劣っていて生産性の低い連中だってことだった――レーガン時代にはまるっきりダメダメだった国家安全保障会議の経済学者チームだとか,農務省のチームだとかがそうだった.(いまの人員を攻撃しようってわけじゃない.彼らはまるっきりちがう集団だ.レーガン時代の初期には経済学をやってるとされるほんとにヘンな連中が大勢いたんだよ.) ああいう連中は,信じられないほど多忙でたくさん仕事してるって周囲にこれみよがしにふるまっているんだって結論は避けようがなかった.連中,きっと朝食会議が終わったらオフィスに戻ってアイン・ランドの小説だかを読みふけってたんだろうね.一方で,自分がやってることをほんとによく理解してたアメリカ通商代表部や連銀の人たちは,あの手のフェティッシュを示さなかった.

これが問題なのだとしたら,ルールを決めるのが答えになるとぼくは思う.ただ,シグナルを送ろうとせずにいられない事情は,また別のところに沸いて出るんじゃないかとも思うけど.

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

金融業界の長時間労働

by ショーン・トレイナー

よく知られているように,金融業界では従業員に長時間労働が要求される.だが,昨年8月に,バンク・オブ・アメリカ・メリルリンチでインターンをしていたモーリッツ・エアハルト(21歳)が癲癇の発作で亡くなり,それがおそらく過労により引き起こされたものだと考えられたことから,同銀行の過労文化が新たに批判を向けられることになった.

たいていの若い銀行員たちは,一日に15時間も働き,週末も休まない.幹部銀行員たちに自分たちの力量を証明し,昇進の機会を強化するためだ.だが,エアハルトの死以来,いくつかの銀行で,若い従業員に仕事を減らすよううながす対策がとられるようになっている.たとえば,クレディ・スイスは若手銀行員たちに,「生ものの」取引に従事しているのでないかぎり土曜に休むよう助言している.また,バンク・オブ・アメリカは若手アナリストたちに毎月週末に最低でも4日の休みをとるようにうながしている.

だが,業界アナリストたちは,金融業界に蔓延する文化がこうした新しいガイドラインで変わるだろうかと懐疑的だ.というのも,幹部銀行員たちはいまだに長時間労働をコミットメントの尺度と見ているので,若手銀行員たちには,ああいった助言を無視するインセンティブがはたらいてしまっているからだ.
今月,『フィナンシャルタイムズ』に掲載された記事で,アメリカの銀行業界を調べている記者カミラ・ホールがこう指摘している:「多くの銀行はそろって同じことを言っているが,(中略)スタッフに送られたメモでは「~するのを禁じる」と言わずに「~しないよう勧める」といった言葉遣いをしている.これはつまり,若手銀行員たちには長時間労働する余地が残されているということだ.」

今月号の『ニューヨーカー』では,スタッフライターのジェイムズ・スロウィッキーが長時間労働の自己破滅的な性質を解説している:「すでに知られて久しいことだが,長時間労働は生産性も質も低下させる.工場労働者たちの場合,残業をすると間違いや安全面の不運な事故の発生率が上がる.同様に,知識労働者の場合でも,疲労や睡眠不足から高い認知レベルで業務をこなすことがむずかしくなる.」

© The New York Times News Service


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