ポール・クルーグマン「失敗してるピケティ批判」

Paul Krugman, “A Failed Critique of Piketty,” Krugman & Co., June 6, 2014. [“Thomas Doubting Refuted,” May 30, 2014; “That Old-Time Inequality Denial,” May 31, 2014.]


失敗してるピケティ批判

by ポール・クルーグマン

Ed Alcock/The New York Times Syndicate
Ed Alcock /The New York Times Syndicate

著書『21世紀の資本論』をやっつけようとした試みに対して,経済学者トマ・ピケティが長文で反論を書いてる (PDF).批判したのは『フィナンシャル・タイムズ』の経済編集者クリス・ジルスだ.ピケティの反論は実にうまいことやっている.要点を言うと,ジルス氏はリンゴとオレンジを比べるようなムリなことをして,結果としてレモン〔不良品〕がでてきたってところ.

中心的な論点は,格差のいろんな問題について長く取り組んできた人たちにはおなじみのものだ.所得と富の分布に関するデータは2種類ある:いくら稼いでどれくらい財産があるのかを人々に尋ねた聞き取り調査と,税金のデータだ.

調査データは低所得家庭を記述するときに有用だ.所得が低い人たちは,税金でとらえられてないことがよくあるからね.ただ,このデータにはよく知られた欠点がある.所得と富の頂点にいる人たちを過小評価してしまうって欠点だ.なんでそうなるかって大ざっぱに言うと,億万長者に面談調査するのはむずかしいからだ.また,調査データが始まったのは,けっこう最近のことだ――第二次世界大戦後からのことで,しかも,多くの調査はそれよりあとにはじまってる.

さて,ピケティ氏は,主に税金データで研究してる.ただ,彼は聞き取り調査データもいくらか利用してる.両者を組み合わせた場合には,聞き取り調査で頂点集団にかかるおなじみの過小評価バイアスを調整してる.

ところが,ジルス氏が述べてることは,基本的にこんなことだ――「大金持ちに関する比較的近年の調査推計は,それ以前の税金データ推計よりも小さいぞ」.で,彼はこれを持ち出して,富が少数に集中する明瞭な傾向はないと主張してる.

ブッブー! まちがいデース!

これで問題はきれいにおさまりそうなものだけど,もちろんそんなことはない.格差否定論者は何度も『フィナンシャル・タイムズ』からこのダメな批判を拾い出してくるだろうし,そのうち,この批判は彼らが真実だと「知ってる」ことの一部になりはてるだろうね.

© The New York Times News Service


十年一日,相変わらずの否定論

さてさて.ジルス氏が自分でなにをやってるつもりだったのか,ぼくは知らない――けど,彼が実際にやってることならちゃんとわかってる.古くさいおきまりのしろものだ.格差が拡大してるのが一目瞭然になって以来――はるか1980年代からずっと――右派ではかなり大きな格差否定産業が続いてる.この否定論は,なにか1つの論証に立脚してるわけでもないし,首尾一貫した反論をやってるわけでもない.そのかわりに,この否定論はとにかくいろんな論証を投げつける.どれかうまく当たるヤツがあればめっけものというわけだ.やれ「格差は開いていない」だの,「格差は開いてるけど社会的な流動性で相殺されている〔貧しい身から上の階層に移動しやすいので格差があってもそれで相殺される〕」だの,「貧困層への援助が大きくなったことで格差拡大は帳消しになってる(オレたちゃその援助をブチこわそうとしてるが,なぁに,気にすんな)」だの,「ともあれ,格差はいいことだ」だの,否定論は手を変え品を変えてくる.こうした論証がぜんぶ同時に展開されるんだ.証拠を目の前にしても,どれも放棄されはしない――つぶしてもつぶしても復活してくる.

22年前にぼくが『アメリカン・プロスペクト』に書いた記事をみてもらうといい:「金持ち,右派,事実」(LINK;『プロスペクト』のサイトには書いてないけど,これを公表したのは1992年のことだ〔6月6日現在では冒頭に追記が書かれている〕).ここで1つ1つ取り上げてるインチキ論証は,1つ残らず今日も主張されてる.理由は,みんなカンペキによく知ってるよね:富裕層にかかる税率上昇をはじめとして,所得の頂点集団に制限をかけそうな行動から 1パーセントを守ること,それにつきてる.

最新版の否定論で新しくなってるのは,発生地だ.伝統的に,格差否定論は『ウォールストリート・ジャーナル』とか類似の主義を持った論説ページに掲げられてきた.

これが『フィナンシャル・タイムズ』にまで拡大してきたのが新しいところだ.これは,FT にマードック化の手が忍びよってるかもしれない兆候だ.

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

データの擁護

by ショーン・トレイナー

3月に刊行されて以来,トマ・ピケティの『21世紀の資本論』英語版は驚異の売れ行きを見せている.『ニューヨーク・タイムズ』のベストセラー・リストに6週間連続でランクインし,1位になった回数も3回にのぼる.

フランスの経済学者ピケティ氏が同書で主張しているのは,こんなことだ――「資本主義には,格差を自然と生じさせる傾向がある.なぜなら,平均的に,資本の利益率は全体的な経済成長率よりもずっと高いからだ.」 ピケティ氏の主張によれば,第二次世界大戦後のアメリカのように広く経済の繁栄が分かち合われた期間は歴史上の異例であって,巨額の富を消し去った全地球規模の危機がこの異例を引き起こしたのだという.そして,その後は政治構造によって格差が抑制されてきたのだそうだ.

この5月に,『フィナンシャル・タイムズ』の経済編集者クリス・ジルスがピケティ氏のデータを批判する文章を公表した.ピケティが示した数字は,あらかじめ用意された筋書きに合うようにつくられた「根拠薄弱なでっちあげ」に思えると彼は言った.こちらの方が正確だと彼の考える数字とピケティ氏が自ら示している数字に説明されていないズレがあるとジルス氏は考えて,これを集中的に取り上げている.また,ピケティ氏がイギリスの遺産税データを使って調査データを使っていないこともジルス氏は取り上げている.調査データは,いくつかの尺度で見てより正確だと考えられているが,このデータが示す格差の急増はそれほど目立たつものではない.

ピケティ氏は,この批判に力強く応答した.翌6月に本人のウェブサイトに公表された詳細な反論文で,ピケティ氏はこう述べている――説明されていないとジルス氏が言う変化は,実のところすべてオンラインで利用可能にしてある「補論」で説明済みであり,この補論でピケティ氏はデータを比較するために行った調整を詳しく解説してある.

Karsten Moran/The New York Times Syndicate
Karsten Moran/The New York Times Syndicate

© The New York Times News Service

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  1. いつも翻訳ありがとうございます。さて、訳文中「億万長者さま」の部分ですが、原文はただの「billionaires」であり、別にそれを茶化したり、えらぶっていると批判するニュアンスは入っていません。だから、普通に「億万長者」でいいのではないでしょうか。皮肉は皮肉として訳すべきですが、そうでないところにそうした色をつけないほうがメリハリが利くし、揚げ足も取られないと思います。

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