経済学101は主に皆様の寄付によって賄われています。温かい支援をお待ちしています

Archives for 5月 2015

マーク・ソーマ 「『Googleの無い』オールドエコノミーと『Googleのある』ニューエコノミー」

●Mark Thoma, “Old Economy/New Economy”(Economist’s View, June 28, 2009)


Googleの無い世界(オールドエコノミー)の住人たち(我々の先祖)はどうやって日々を生き抜いていたのだろうか? 大学の同僚であるビル・ハーボー(Bill Harbaugh)がフランスのリヨンに滞在中なのだが、その彼から次のようなメールが送られてきた。

臭う。服から異臭がする。コインランドリーで洗濯だ。異国の地でコインランドリーを探さなきゃいけない。Googleにお伺いを立ててみたところ(ググってみたところ)、コインランドリーはフランス語では“laverie”というらしい。Googleマップによると、僕が宿泊している所から4ブロック先に“laverie”ことコインランドリーがあるようだ。今日は日曜日だ。日曜日もやってるんだろうか? その近所の“laverie”は残念ながらウェブサイトを持っていない。でもGoogleストリートビューで店舗の様子を確認できる。入り口のドアにはこう書いてある。“Ouvert 7 Jours”(「年中無休」)。

6a00d83451b33869e20115717ff2d1970b-800wi

早速近所の“laverie”に向かう。洗濯機に服を放り込み、お金を入れる。こうして財布の中からユーロが姿を消したのであった。

スタンレー・フィッシャー「ユーロ圏の過去、現在、将来における課題」

Stanley Fischer “Past, Present, and Future Challenges for the Euro Area” (At the ECB Forum on Central Banking conference “Inflation and Unemployment in Europe”, Sintra, Portugal, May 21, 2015)


中央銀行に関するECBフォーラムに参加することができたのは光栄であり、嬉しく思います。ドラーギ総裁をはじめとするECB理事会の委員の方々のご招待に対し御礼を申し上げます。1 この会議のトピックはインフレと失業ではありますが、私はECBとユーロ圏が過去に直面し、将来に直面するかもしれないいくつかの過去、現在、将来の課題を議論するという別の観点からお話しさせて頂きたいと思います。

私のテーマはジャン・モネから拝借しています。彼は1976年に次のように書いています。「ヨーロッパは危機の中で鍛え上げられ、それら危機のために採用された解決策の足し合わせとなるだろう」2 この言葉は、ルイージ・ギソ、パオラ・サピエンツァ、ルイージ・ジンガレスの最近の論文によって議論されており、モネの論点に対する彼らの見解は「モネの誤り?」3) というその論文の題名から察しうるものです。同様の言葉は、2003年にジャック・シラク、2010年には元ECBチーフエコノミストのオトマー・イシングも述べています。4 私がこの効果に関する言説を聞いたのは、2011年のジャクソンホール会議におけるジャン=クロード・トリシェが初めてでした。5 [Read more…]

  1. 原注1;連邦準備制度理事会のBrian Doyle, Jane Haltmaier, Stacey Tevlin, Paul Woodの助けに感謝する。述べられている見解は私自身のものであって、必ずしも理事会や連邦公開市場委員会ないし連邦準備制度のそれではない。 []
  2. 原注2;Jean Monnet (1976), Memoires (Paris: Fayard)を参照。 []
  3. 原注3;Luigi Guiso, Paola Sapienza, and Luigi Zingales (2015), “Monnet’s Error?” NBER Working Paper Series 21121 (Cambridge, Mass.: National Bureau of Economic Research, April []
  4. 原注4;2003年のテレビインタビューにおいて、シラクは「いつであれ危機が起きた時は、我々はより強いヨーロッパと共にそこから抜け出してきた。」と述べている。TF1 and France2 (2003)”Excerpts of TV Interview by President Chirac to TF1 and France2, March 10″ を参照。2010年11月、(当時ECBのチーフエコノミスト兼理事会委員であった)イシング博士はパヴィア大学経済学部における国際経済統合に関する名誉学位授与の際にスピーチを行った。彼は「結局のところ、いわゆる「ヨーロッパ」というものは、多くの危機を潜り抜けてきており、概してその一つ一つの危機からより強くなって抜け出してきた。」と述べた。Professor Otmar Issing Address,” in “Otmar Issing: An Economist and Architect of Supranational Institutions (PDF),” Leaving the Board introduction by Guido Montani, Il Politico (University of Pavia, Italy), no. 1, p. 22. を参照。 []
  5. 原注5:一年後、2012年のジャクソンホール会議で、私は次のようにジャン=クロードを引用した。「ヨーロッパプロジェクトは進行中のプロジェクトです。これは通貨同盟に至るという特定の目標を持って立ち上げられたのではありません。私たちは開始以降次から次へと危機に見舞われれました。このプロセスの各段階において、私たちはアメリカ人から同じ話を聞いてまいりました(中略)「お前らヨーロッパ人は決断の仕方を知らないな。お前らはいつも遅い。ヨーロッパに電話したいときは何番を押せばいいんだ?この夢は失敗に終わる運命なんだよ」と。私たちは毎回この話を聞いてきましたし、私たちは遅かった。しかし結果としてみれば私たちはあらゆる危機からより強くなって抜け出してきました」最近私はジャン=クロードに話しかけ、これが2011年に彼の言ったことであるかどうかを確かめてもらった。彼は肯定したが、自分が「私たちは遅かった」と述べたことには疑いを呈した。というのも彼は大抵「私たちは大胆だった」と述べるからだという。 []

タイラー・コーエン 「経済リテラシーのお粗末な実態」

●Tyler Cowen, “The sorry state of economic literacy”(Marginal Revolution, April 6, 2004)


・・・政策に関わりのある基本的な事実をめぐって深刻なまでの混乱が見られると言わねばならない。つい最近1(公的な医療保険制度である)メディケアを対象とする法改正が行われ、その結果として外来患者の処方薬剤費に対して政府補助が与えられることになったが、私がブラインダー(Alan Blinder)と二人で聞き取り調査を行った時点ではまだ法律は改正されていなかった(それゆえ、聞き取り調査を行った時点では外来患者の処方薬剤費に対する政府補助はまだ与えられていなかった)。にもかかわらず、聞き取り調査に回答した人々のおよそ半数、55歳以上の成人の回答者に限るとその4分の1が「メディケアでは外来患者の処方薬剤費に対して政府補助が与えられている」と答えたのである。さらには、半数以上の回答者は連邦政府が抱える財政赤字の大まかな金額を言い当てることができず、「平均的な」回答者はアメリカ国民の37%が医療保険に加入していないと答えた2のだった(医療保険に加入していない国民の割合は実際には15%なので、37%というのは正解の倍以上ということになる)。

一般のアメリカ国民は経済に関する情報をどうやって手に入れているのだろうか? 我々が行った聞き取り調査によると、経済に関する情報を得るための情報源として最も盛んに利用されているのはテレビという結果になっている(テレビは飛びぬけての第一位)。しかしながら、「経済に関する情報を得る上でテレビは最も頼りになる(最も重要な)情報源だ」と答えた回答者3は経済リテラシーがかなり低い4傾向にあることが我々の研究から明らかになっている。

2番目に多く利用されている情報源は地方紙であり、全国紙や大都市圏で発行されている新聞を上回る結果となっている。

そして3番目に多く利用されているのが友人や親戚(との会話)であり、それに次いで政治家、ラジオ、経済学者という順位になっている。その後にくるのがインターネットだが、回答者のかなり多くの割合がインターネットは最も頼りになる(最も重要な)情報源だと答えている5

利用する情報源の数や情報をチェックする回数が多い回答者ほど経済リテラシーは高い傾向にあるが、飛びぬけて高いというわけではなく若干高いといった程度である。メディアにとっては考えさせられる結果だろう。

また、前回の大統領選挙で投票に行ったと答えた回答者は投票に行かなかったと答えた回答者よりも経済リテラシーは高い傾向にあった。

リベラル派、穏健派(中道派)、保守派の間で経済リテラシーの面で差は見られなかったが、「自分のイデオロギー上の立場について深く考えたことなんてない」と答えた回答者――回答者のうち3人に1人はそう答えた――は自らのイデオロギー上の立場に自覚的な回答者に比べると経済リテラシーの面で明らかに劣っているとの結果が得られている。

以上の引用はアラン・クルーガー(Alan Krueger)がニューヨーク・タイムズ紙に寄稿している記事からのものだ6。経済問題に関して世間一般の人々がどういう意見を持ち合わせているかは自己利益(その人個人の利益に適うかどうか)ではなくイデオロギー(その人がどういうイデオロギーを持ち合わせているか(保守かリベラルか))によって予測がつくというのがクルーガーが引き出している結論である。

ブライアン・カプラン(Bryan Caplan)もまったく同じ話題をカバーしているが、中でもこの論文(doc)は私のお気に入りの一つだ。巧みに書かれている一文を引用しておこう。

経済問題に関する信念(持論)と所得水準との間にはこれといった関係は見出せないわけだが、それとは極めて対照的に教育水準の違いは経済分野での幅広い話題に関する一人ひとりの信念(持論)に強力な影響を及ぼしている。例えば、哲学の博士号を持っているタクシードライバーはその他の(職業を異にする)博士号取得者と経済問題について似たような見方をする傾向にあるが、博士号を持っていないタクシードライバーとは経済問題をめぐって意見は一致しない。世間に広まっている「金持ち特有の信念」をめぐる誤解についても所得水準と教育水準との間には強い正の相関関係が成り立っている事実を踏まえると得心がいくことだろう。

クレイグ・ニューマーク(Craig Newmark)が関連する話題を取り上げているので併せて参照されたい。

  1. 訳注;この記事は2004年4月に書かれたものである。その点に注意されたい。 []
  2. 訳注;「医療保険に加入していない国民の割合はどのくらいだと思いますか?」との質問に対する回答者全員の答えの平均をとると37%という結果になった、ということ。 []
  3. 訳注;聞き取り調査では「経済に関する情報を得る上であなたが最も頻繁に利用する情報源はどれですか?」という質問だけではなく、「経済に関する情報を得る上であなたが最も重視している(最も頼りになると考えている)情報源はどれですか?」という質問も問われている。 []
  4. 訳注;経済問題に関する事実認識が不正確(正確さが劣る)という意味で「経済リテラシーが低い」との表現を用いることにする(反対に、経済問題に関する事実認識が正確=「経済リテラシーが高い」)。他の箇所でも同様。 []
  5. 訳注;「経済に関する情報を得る上であなたが最も頻繁に利用する情報源はどれですか?」という質問ではインターネットは第7位だが、「経済に関する情報を得る上であなたが最も重視している(最も頼りになると考えている)情報源はどれですか?」という質問ではインターネットは第3位という結果になっている。 []
  6. 訳注;引用されている記事の中でクルーガーが依拠している論文は以下。 ●Alan S. Blinder and Alan B. Krueger(2004), “What Does the Public Know about Economic Policy, and How Does It Know It?(pdf)”(Brookings Papers on Economic Activity, vol.35(1), pp.327-397) []

マーク・ソーマ 「経済学者という耳障りな解毒剤」

●Mark Thoma, “Economists, What Are They Good For?”(Economist’s View, September 13, 2006)


オーストラリアの経済評論家であるロス・ギティンズ(Ross Gittins)が「経済学者は社会の中でどんな役回りを演じているか?」という疑問をテーマに次のように論じている

私は経済評論家として身を立てているわけだが、私の仕事というのは経済学者(や経済学)のやることなすことにケチをつけることにあるのではないか。そういう思いが年々増すばかりだ。とは言っても、私は自分のことを経済学者のアンチだとは考えていない。いや、そんなことは断じてない。経済学者は社会に対して計り知れないほど貴重な貢献をしているのだ。具体的には? 経済学者は不都合な真実を指摘するという不人気な(人から煙たがられるような)役回りを演じている(そしてそうすることで社会に対して計り知れないほど貴重な貢献をしている)のだ。・・・(略)・・・

我々が生きている今という時代はポピュリズムが跋扈している時代である。メディアでは商業主義的な傾向が強まりばかりであり、メディアの人間が自ら理想を語ることも少なくなっている。その一方で、視聴者(メディアの利用者)が持ち合わせている偏見を煽り、視聴者が聞きたいと思っていることを伝えるのがメディアの仕事であるかのような風潮がますます強まっている。

「ガソリンがいくらするか知ってます? こんなに高いんですって。これは衝撃的なニュースですよ! どうして政府は手をこまねいているんでしょう? 中央銀行が金利を引き上げるつもりなんですって? 血も涙もない! 政府はどうして減税しないんでしょう? このケチッ!」

政治の世界でもポピュリズムの勢いが強まっている。政治家たちはフォーカス・グループや世論調査をこれまでにないほど積極的に利用するようになっているが、そのおかげで有権者が何を聞きたいと思っているかをますます正確に突き止められるようになっており、忠実な党員に報いるためではなく浮動票を獲得するための政策を練り上げる能力にますます磨きがかけられている。政治家が有権者の欲していることにこれまでよりも詳しくなった結果なのだが、政治家が無知な有権者を引っ張っるのではなく、無知な有権者が政治家を引っ張る(政治家が有権者の後を追う)傾向が強まっている。政治家が無知な有権者に教え諭すのではなく媚びるようになっているのだ。

経済学者はそうではない。・・・(略)・・・経済学者になるために潜り抜けてきた訓練のどれもこれもが経済学者の心の中に(厄介な)真実を暴露したいとの衝動を生み出すのだ。そして経済学者がそのような衝動を抑えて口をつぐむことは滅多にない。

経済学者は・・・(略)・・・稀少性(scarcity)の問題と取り組むのが仕事である。稀少性の問題が生じるのは、人間の欲望にはきり(限り)がない一方で、人間の欲望を満たすために利用できる資源の量には限りがあるためだ。経済学者が不人気な役回りを演じることになるのはこの稀少性の問題に絡む次のようなメッセージをつい口にしてしまうためである。そのメッセージというのは「『機会費用』(”opportunity cost”)のことをお忘れなく」1というものだ。機会費用の概念が伝えていることは、いかなる選択にもコストが伴うということである。・・・(略)・・・機会費用というのはあまりにもシンプルな概念なのだが、その考えが現実の問題に立ち向かう際に応用されている例を見かけることは滅多にない。何ともはや!・・・(略)・・・

「価格が高止まりしたり価格が上昇することは時として社会にとって好ましいことだ」。経済学者が不人気な役回りを演じることになる二つ目の理由はこのようなメッセージをついつい口にしてしまうためである。ガソリンがちょうどいい例だ。ガソリンの価格を抑えるために(価格統制のような)人為的な手段に訴えることは馬鹿げた行いである。なぜそう言えるのか?・・・(略)・・・ガソリンの価格が上昇している原因が需要が供給を上回っていることにあるとしたら――現状(2006年9月当時)においてガソリンの価格が高騰している原因はまさにこの点にあると言えるが――、価格が上昇するに任せておけば問題はそのうち解決に向かうことだろう。なぜならば、(ガソリンの)価格が上昇すれば(ガソリンに対する)需要が抑えられる一方で・・・(略)・・・ガソリンの増産が後押しされる(供給が増える)ことになるからである。・・・(略)・・・

経済学者が語る三つ目の不人気なメッセージは「無料の昼飯なんてものはない」(”there’s no such thing as a free lunch”)2というものである。・・・(略)・・・

〔経済学者が語る〕五つ目の〔不人気な〕メッセージは「いいことには必ず悪いことが付いて回る」というものである。経済の世界で巻き起こる出来事にはどれもこれも例外なくプラスとマイナスの両面、長所と短所の双方が兼ね備わっているのだ3。・・・(略)・・・

経済学者が語る不都合な真実のラストを飾るのは機会費用の概念から導かれるものだが、「この世の至る所にトレードオフあり」というのがそれである。この世は「いいこと」だらけであり、できることなら「いいこと」すべてをひっくるめて思う存分味わいたいとそう考えてしまいがちである。

しかしながら、数ある「いいこと」同士の間には対立関係が成り立っており、「いいこと」すべてを同時に追い求めることはできないのだ。「いいこと」の中のどれか一つを追求しようと決めたら、残りの「いいこと」の追求はあきらめねばならないのだ。生活の満足度を少しでも高めたいと思うのであれば、対立する「いいこと」同士の間でどのようなトレードオフを図ればよいか――どのような組み合わせを試みればよいか――に頭をひねる必要がある。これまでより少しはマシなトレードオフはないものか? 我々の人生はそのことを発見するために費やされているのだ。

我々が生きている今という時代は派手な売り文句や有権者の機嫌取りに忙しい政治家、視聴者に迎合してばかりのメディアが大手を振っている時代である。そういう時代だからこそ気難し屋で周囲を興ざめさせてばかりいる経済学者という名の解毒剤が必要とされているのだ。

ところで、経済学者が語る四つ目の不人気なメッセージとやらは一体どこに書いてあるのだろうか? 記事を何度か読み返してみたのだが、どうしても見当たらなかった。ひょっとするとこんな指摘をしてしまうあたりが(経済学者が煙たがられる)四つ目の理由ということになるのかもしれない。

  1. 訳注;「機会費用」とはどういった概念か?という点については例えば本サイトで訳出されている次のエントリーを参照されたい。 ●アレックス・タバロック 「経済学者も『機会費用』のことがよくわかっていない!?」(2014年1月24日) []
  2. 訳注;この言葉の意味合いについては本サイトで訳出されている次のエントリー(の特に訳注1)を参照されたい。 ●タイラー・コーエン 「『無料の昼飯なんてものはない』の言いだしっぺは誰?」(2014年9月10日) []
  3. 訳注;ソーマによる引用では省略されているが、本文では名目為替レートの変化がその例の一つとして挙げられている。名目為替レートが増価すれば(円高が進めば)輸入品が安く手に入るようになるため消費者にとってはありがたい話であるが、その一方で海外向けに製品を輸出している企業や輸入品と競合する製品を生産している国内の企業にとっては価格競争力の面で不利な立場に立たされるというマイナス面も伴っている・・・といった指摘がなされている。 []

アレックス・タバロック「ジョン・ナッシュよ、安らかに」

Alex Tabarrok “John Nash, RIP” (Marginal Revolution, May 24, 2015)

ジョン・ナッシュとその妻が昨日交通事故で亡くなった。

CNN:1994年にノーベル経済学賞を受賞したナッシュは、ゲーム理論における業績とともに、私生活における妄想型統合失調症との闘いによって知られている。彼の人生談はラッセル・クロウとジェニファー・コネリーがナッシュ夫妻として主演した2001年のオスカー賞受賞映画「ビューティフルマインド」に着想を与えた。

ナッシュの27ページの論文は最終的に彼にノーベル経済学賞をもたらした。ナッシュの論文は、フォン・ノイマンとモルゲンシュテルンの協力的で交渉型解決のゲーム理論を、各プレーヤーが自己利益のために行動すると仮定した非協力的解決に拡張し、それによってこの理論を経済学、ビジネス、政治学、さらには動物行動と進化の理論にさえ恐ろしいほど関連するものにした。

ナッシュのゲーム理論における業績のさらなる背景はここ。ここにあるPBS1 のドキュメンタリー「ビューティフル・マッドネス」のサイトには、多くのインタビューと彼の業績と影響に関するさらなる解説がある。

  1. 訳注:米公共放送サービス []

アレックス・タバロック 「母さん、違うよ。価格は供給と需要の相互作用で決まるんだ。」

●Alex Tabarrok, “Response to my Mother”(Marginal Revolution, September 14, 2008)


ガソリンの価格が高騰している(2008年9月当時)が、ご多分に漏れず私の親愛なる母親もこのニュースに怒り心頭の様子だ。「ハリケーンがメキシコ湾岸を襲ったからだろうね。そのせいでガソリンの生産が大きくストップしてるみたいだよ」。私がそう言ってなだめようとしたところ、母親は次のように応じた。「そうらしいわね。でも、ハリケーンがやってくる前に生産が済んでいたガソリンがたくさんあるはずよ。業者がここぞとばかりに便乗値上げに乗り出しているに違いないわ。」 もぉおおおおおおおーー!! ・・・と叫びだしたいところだったが、我慢、我慢。穏便たれ。「ムムム」。私の口をついて出たのはその一言だった。残念なことに、今この文章を読んでいるあなたや私が担当する経済学1011(正確には経済学1032)の講義に出席している学生たちは私の母ほど恵まれているわけではない3

モノの価格はそれを生産するために(それが生産されるまでに)どれだけのコストがかかったか(historical cost)で決まる。世間一般の多くの人々はそう考えている。しかしながら、価格はそのようにして決まるわけでは決してない。価格は供給と需要の相互作用で決まるのだ。供給か需要のどちらかに変化が生じれば、その生産にどれだけのコストがかかったかに関係なく価格もまた変化するのだ。例えば、去年流行った服はどうだろうか? その服の生産にどれだけのコストがかかったにかかわらず、流行が過ぎた服の価格は(需要が低下する4ために去年と比べると)下落する。(切り裂かれた上で)ホルマリン漬けにされた鮫5はどうだろう? 需要が旺盛なようであれば、その制作にどれだけのコストがかかったかにかかわらずその死んだ鮫(作品)の価格は高止まりしたままだろう。ガソリンに対する需要が突如として減少するようなことがあれば、ガソリンの生産にどれだけのコストがかかっていようがその価格は下落することだろう。目下の状況に話を移すと、(ハリケーンの襲来によって)ガソリンの供給が減少したためにガソリンの価格が上昇することになったというわけだ。モノを生産するためにどれだけのコストがかかったかはそのモノの価格を決定付ける上で何の関係もないのだ。

ガソリンの価格が高騰しているのは(ガソリンを生産する)業者がここぞとばかりに価格を吊り上げようとしている(便乗値上げに乗り出している)からなのだろうか? いや、そうではない。ガソリンの価格が高騰している責任を誰かに帰したいと思うのであれば、ガソリンの生産者ではなくて(あなたと同じ立場の)ガソリンの需要者(消費者)を責めるべきである。限られた量のガソリンを手に入れるためにあなたよりも高い価格を支払っても構わないと考える消費者が他にいるからこそガソリンの価格が高騰しているのだ。買い手(消費者)同士の争い(競争)はモノの価格を引き上げ、売り手(生産者)同士の争い(競争)はモノの価格を引き下げる方向に働くのだ!

(ガソリン価格の高騰を受けて)莫大な利潤が転がり込んでいる業者も中にはいることだろう。それは確かだが、しかしながら世間一般の多くの人々は原因と結果を取り違えている。ガソリンの生産者が多くの利潤を手にしているために(ガソリンの)価格が高くなっているわけではない。(ガソリンの)価格が高いために利潤が多くなっているのだ。そんなに多くの利潤を手にしているのならそれに課税しようじゃないかという意見もあるかもしれないが、そうしたところでガソリンの価格はおそらく下落しないだろう。むしろその逆で利潤に課税しない方がガソリン価格の下落が促される可能性がある。というのは、多くの利潤が得られるようであれば業者はその高利潤を手に入れようとしてできるだけ早くガソリンの供給量を増やそうと動機付けられるからである。

こうして話は一周して元に戻ることになる。ハリケーンの傷も癒えて状況が落ち着きを取り戻せば、業者は(高利潤に惹きつけられて)ガソリンの供給量を増やすことになるだろう。ガソリンの供給量が増えるに伴ってその価格は下落し、最終的にはガソリンの価格はガソリンの生産に要する長期的なコスト(historical cost)と等しくなるところまで下落することだろう。つまりは、(ハリケーン襲来のような予想外のショックに晒されていない)通常の状況においてはガソリンの価格はガソリンの生産にどれだけのコストがかかったか(historical cost)によって決まるかのように「見える」わけである。真実が明らかになるのはごく短い期間においてだけである。「価格は供給と需要の相互作用で決まる」という真実が明らかになるのは(ハリケーン襲来のような)ショックに晒されて長期均衡からの逸脱が生じるごく短い期間においてだけなのだ。

(追記)母親が日常の経済問題について間違った考えを抱いている。これは正さなきゃいけない。そういう必要性を感じたことがあるのは私だけだろうか? ケネス・アローも同様の経験があるだろうか? アダム・スミスはどうだろうか? 「ねぇねぇ、母さん。羊肉の価格が上がっているのが許せないんでしょう? よかったらでいいんだけど、ここ最近僕がずっと取り組んでいる新しい理論に耳を傾けてくれないかい?」 スミスと母親との間でこのような会話が交わされたことは果たしてあるだろうか? 

  1. 訳注;経済学入門 []
  2. 訳注;ミクロ経済学 []
  3. 訳注;母親と同じような意見でも述べようものなら(以下で説明するように)その間違いを徹底的に正してやるから覚悟しておけ・・・という意味。 []
  4. 訳注;需要曲線が左方にシフトする []
  5. 訳注;芸術家であるダミアン・ハーストの作品 []

マーク・ソーマ 「経済用語に込められた道徳的な意味合い」

●Mark Thoma, ““The Moral Content of Economic Terminology in the Popular Press””(Economist’s View, September 07, 2008)


メディアで経済問題が論じられる際、しばしば個々の経済用語に道徳的な意味合い――善(good)、悪(bad)、神聖なるもの(divine)、邪悪なるもの(evil)――が込められることがある。Bluematter.ブログでその一覧がまとめられているので紹介しておくことにしよう。

対内直接投資(Foreign direct investment (inbound)): 善(いいこと)
経常収支赤字(Current account deficit): 悪(ダメなこと)
貿易赤字(Trade deficit): 破滅的な惨状(Catastrophic)
資本収支赤字(Capital account deficit): (メディアでこの用語を目にすることはないが、おそらくは)悪

弱い円(Weak national currency)1: 悪
輸出(Exports): 善
輸入(Imports): 悪

住宅価格の上昇(Rising house prices): 善
住宅価格の下落(Falling house prices): 悪
お手頃な住宅(Affordable houses)2: 善
手が出ない住宅(Unaffordable houses)3: 悪

自由貿易(Free trade): 善でも悪でもどちらでもない(Neutral)
歯止めのない自由貿易(Unfettered free trade): 悪
フェアトレード(Fair trade): 善
アウトソーシング(Outsourcing)4: 邪悪な行い(Evil)
地場産品の購入(Buying local produce): 神聖な行い(Divine)

給与の上昇(Pay rises): 善
低金利(Low interest rates): 善
インフレーション(Inflation): 悪

共産主義(Communism): 唾棄すべきもの(Very Bad)
社会主義(Socialism): 悪
資本主義(Capitalism): 悪

  1. 訳注;弱い円=円安=名目為替レートの減価 []
  2. 訳注;お手頃な住宅=住宅価格が安い。住宅価格が下落傾向にあれば住宅価格は安くなり、お手頃になるはずだけれど・・・。 []
  3. 訳注;手が出ない住宅=住宅価格が高い。住宅価格が上昇傾向にあれば住宅価格は高くなり、手が届きにくくなるはずだけれど・・・。 []
  4. 訳注;国内の企業が業務の一部を外部(中でも海外の企業)に委託すること []

タイラー・コーエン「ぼっち遊びは思ったよりも楽しい?」

Tyler Cowen “Do people underestimate how much they will enjoy doing things alone?” (Marginal Revolution, May 4, 2015)

ロベルト・フェルドマンは次のようにレポートしている:

ラトナーは「孤独なボーリングへの妨げ(Inhibited from Bowling Alone)」という題する新たな研究を行ったが、これはアメリカ人の団体アクティビティへの参加の減少を論じたロバート・パットナムの著書1 に賛意を示すものだ。この研究は8月のJournal of Consumer Researchに掲載される予定。この中でラトナー、そして共著者のマクドナー経営大学院マーケティング学教授であるレベッカ・ハミルトンは、彼女らの発見について論じている。すなわち、人々はショーや博物館、映画、レストランに一人で行くことのがどれだけ楽しいのかを、常に過小評価するというのだ。ラトナーによれば、人々の働く時間が増え、婚期が遅くなり、そしてしまいには自由な時間が少なっているため、この計算間違いはますます問題となっているという。

[Read more…]

  1. 訳注:柴内康文訳「孤独なボウリング――米国コミュニティの崩壊と再生(原題:Bowling Alone: the Collapse and Revival of American Community)」(柏書房, 2006年) []

ジョシュ・アングリスト他「計量経済学の教え方」

Josh Angrist, Jörn-Steffen Pischke “Mastering metrics: Teaching econometrics“(VOX, 21 May 2015)

(訳者前書き:以下の記事は、原文著者による自著の宣伝が多分に含まれますが、同書を勧める意図から投稿している訳ではありません。)

経済学という学問は、過去半世紀の間に遥かに実証的となり、抽象的・理論的色合いがかなり薄れたことで劇的に変わった。変化の風は応用ミクロ経済学において最も強く吹いたが、計量経済学はそれに大きく後れをとっている。本稿では、計量経済学の授業には総点検が必要であり、そうした変化は教科書の改良から始めるべきであるということを論じる。


[Read more…]

タイラー・コーエン「ランダム化対照実験(RCT)による貧困削減の新結果」

Tyler Cowen “The new RCT results on poverty reduction” (Marginal Revolution, May 15, 2015)

デクラン・バトラーが次のようにリポートしている

世界の最貧困層に2年間の援助パッケージ、すなわち現金、食料、保健サービス、スキルのトレーニングとアドバイス等を与えることによって、彼らの生活をこの援助が打ち切られてから少なくとも1年間は向上させることができる。これが6カ国における10,000世帯以上に対する実験結果だ。 [Read more…]