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サイモン・レン=ルイス「放送メディアはいかにしてメディアマクロをつくりだしたか」(2018年5月14日)

[Simon Wren-Lewis, “How the broadcast media created mediamacro,” Mainly Macro, May 14, 2018]

アメリカメディアについて〔Voxニュースの〕カーロス・メイザがやっている論評シリーズを見ていないなら,ぜひ見てみてほしい.この最新動画では,ニクソンとトランプそれぞれの調査の比較がうまくいかない理由を論じている.かんたんに言ってしまえば,理由はフォックスニュースにある.ニクソンの場合,共和党支持の有権者たちの大半は主流テレビネットワークのどれかからそのまま情報を得ていた.その結果,〔ウォーターゲート事件の〕もみ消しがどれほどのものだったか明らかになると,共和党の政治家たちはニクソンを弾劾するよう共和党支持者からの圧力にさらされた.今日,共和党支持の有権者たちはトランプとその関係者たちへの捜査をはげしく攻撃するニュースを受け取っている.現実から完全に乖離したニュースを,だ.そして共和党の政治家たちは,支持層の見方を反映して,フォックスニュースが繰り出している攻撃路線を踏襲している.
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サイモン・レン=ルイス「財政政策は石器時代にとどまっている」(2018年5月10日)

[Simon Wren-Lewis, “Fiscal policy remains in the stone age,” Mainly Macro, May 10, 2018]

もしくは中世だろうか.ともあれ,1920年代より新しくはない.ケインズは1930年代に彼のいう流動性の罠において財政政策を使うことを提唱した.今日では,当時とちがった用語法を使って,金利がゼロ下限または実効的下限にあるとき場合に財政拡張の必要だという話がなされている.(私としては実効的下限という用語の方が少しだけ好ましく思う.金利の引き下げはどの地点からリスクが大きくなったり逆効果になったりするのかという判断は中央銀行しだいだからだ.) 今日でも,1930年代から論理は変わっていない.経済を管理する効果的で信頼のおけるツールを金融政策が失ってしまったときには,その次に効果的で信頼のおけるツールを持ち出す必要がある:それが財政政策だ.
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サイモン・レン=ルイス「敵対的環境:移民政策とネオリベのやりすぎ自滅」(2018年4月23日)

[Simon Wren-Lewis, “A hostile environment,” Mainly Macro, April 23, 2018]

移民に関する通説では,こんな風に考える――イギリスにやってくる移民が増加したことに国民の間で懸念が高まったことで連立政権は移民受け入れの上限目標を設定することとなり,その目標を達成するための方策を実施した.移民を抑止する「敵対的環境」をつくりだすのは,こうした対策の一環だった.ウィンドラッシュ世代の移民〔1948年にイギリス領植民地から本国への移住・定住が合法化されてイギリスにやってきた世代〕やその子孫たちは,目標達成に熱心すぎたりやたら官僚主義的だったりする当局の不運な犠牲者となっているのだ――
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サイモン・レン=ルイス「マクロ経済学は近年の経済史の説明を諦めてしまったのか?」

[Simon Wren-Lewis, “Did macroeconomics give up on explaining recent economic history?Mainly Macro, April 19, 2018]

フィリップス曲線がまだ存在しているのかどうかをめぐる論争が続いている.ひとつには,さまざまな国で,かつてならインフレ率上昇につながっていた水準にまで失業率が下がっても今回は賃金インフレがかなり安定している状況を受けての論争だ.まず間違いなく,これには2つのことが反映されている:隠れた失業が存在していることと,NAIRU〔インフレを加速させない失業率〕が下がっていること,この2つだ.イギリスに関しては双方について Bell & Blanchflower を参照.
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サイモン・レン=ルイス「NAIRU バッシング」(2017年2月17日)

[Simon Wren-Lewis,  “NAIRU bashing,“ Mainly Macro, February 17, 2017]

NAIRU、インフレーションが不変の状態での失業率だ。経済学者がその概念を発明し以来、人々はずっとNAIRUを測定する困難さとその捉えどころのなさ揶揄している。そしてこれらの論説は、多くの場合において、その定義を放棄する時が来たという宣言で終わる。優秀なジャーナリストたちでさえそれをすることがあるしかしこれらNAIRUを捨てようとする議論のうち、単純で明白な疑問に答えてるものはほとんどない。-ほかにどうやってインフレーションと現実の経済を結びつける方法はあるのか?

一つの例外として、経済を効率よく制御するのに必要なのは、マネーサプライや為替レートといった名目値だと示唆しようとする議論がある。しかし手短に話すと、これらを実践する試みは、決してうまくいった例がない直近の例としてユーロが挙げられる。: 共通通貨を採用すれば、各国のインフレ率はその平均率に従うように強制されるはずだしかしドイツその周辺国のいずれにも当て嵌まらることなく、結果は悲惨なものだった。

NAIRUは経済を理解するのに不可欠な経済学の概念の一つだが、測定するのは極めて難しい。これら困難さの理由について以下のように述べていこう。第一に、(経済が力強く回復している時に再び仕事を探し始める非自発的失業者という人々がいるので)失業率は完璧に測定できず、労働市場における過剰供給または需要として表れる考えを捕らえてないかもしれない。第二に、NAIRUは労働市場だけに着目しているが、インフレ率はまた財市場の超過需要に関係がある。第三に、例えこれらの問題が存在しなくとも、インフレ率と失業率との関係はいまだに明らかではない。

経済学者が、過去50年に渡って失業率とインフレ率の関係について考えてきた方法が、フィリップス曲線だ。それによると、インフレ率は期待インフレ率と失業率に依拠する。なぜ期待インフレ率重要かというと、単にインフレ率に対して失業率をプロットするだけではいつも混乱を招くからだ。私は、マンキューが以前の版の教科書で、アメリカでのフィリップス曲線を美しくプロットしていたのを覚えている。私がたった今言っていた事と矛盾していた。それは、明らかに”フィリップ曲線のループ”を表していた。しかし、それはいつも他国にとって、より混乱したものだった。一旦、(合理的期待から当然そうなる)インフレーション・ターゲットを導入したアメリカにとってもより混乱を招いた。詳細についてはこれを参照。

現代マクロ経済学では、ニューケインジアン・フィリップス曲線(NKPC)が広く普及しており、我々はインフレーションの真のモデルをついに得たと称して人々を欺くべきではない。NKPCを頻繁に使用することは、ミクロ的基礎付けに執着し、その結果として実証分析を貶める事を表している私たちは、労働者と失業者が名目賃金の下落を嫌うのを知っている。しかし、その嫌悪はNKPCの中にはない。NKPCによれば、もし金融政策がゼロ下限に到達しているのなら、インフレ率はむしろ不安定になるべきだが、それは起こりそうになかったとジョン・コクランは強調している

なんならもっと続けて,私なりのNAIRUバッシング記事を書いてもいい。しかし、これこそが難しいのだ。本当に失業率とインフレ率が関係ないのなら、私たちはなぜ失業率を4%以下に抑えようとしないのだろうか? 政府は、より支出を増やすことで、需要を押し上げて、失業を減らせる事を知っている。そして、なぜよりゼロ下限から金利を引き上げようとするのか?

それは、もうやったから十分だ。私たちは、1970年代に囚われるべきではないと同時に、私たちはまたそれを心から消し去るべきではない。あの時には政策立案者はNAIRUという概念を実質的には捨て去ったので、私たちに不愉快な高インフレをもたらした。1980年代にアメリカとイギリスの政策が変わり、失業率は増え、インフレ率は低下した。インフレ率と失業率との間には関係があるが、その関係をはっきりと突き止めるのはとても難しい。大抵のマクロ経済学者にとって、NAIRUという概念は、基礎的なマクロ経済学の真実を表しているに過ぎない。

現実を正しく捉えるのなら、より繊細なNAIRU批判が必要であろう。しかし、その関係を測定するのは難しいから、失業率を金融政策の指針として使うのをやめるべきだと言ってみようその目的、インフレーションに正しく焦点を当てよう。そして実際のインフレ率に何が起こっているのかで金利を動かそう。言い換えるなら、予想するのを忘れよう。そしてインフレ率が目標を上回っている場合には利上げ、逆に下回っている場合には逆の事をすることで金融政策をサーモスタットのように使おう。

それはインフレの大きな変動を起こすだろう。しかしそれ以上に深刻な問題がある。これは忘れ去られがちだが、インフレ率だけが、金融政策の唯一のゴールではない。イギリスで現在起こっている事例に挙げよう。インフレは加速しており、まもなくその目標を超えると予想される。しかし、中央銀行は金利を引き下げたところだ。なぜなら実体経済へのブレグジットの衝撃より懸念しているからである。これが意味するのは、政策立案者は、実質的に、インフレ率と同様に何らかの産出ギャップの測定を用いているのが全く持って明らかだ。そして彼らは完全に正しく、単にインフレを均すために、なぜ景気後退を作り出す必要があるのか。

オーケー、それならば、サーモスタットのようにインフレ率と失業率の加重平均を目標にしよう。しかし、失業率の水準はどこだろうか?もし失業率が低いのなら、高インフレ率を許容する危険性がある。これはいい案ではない。なぜなら、インフレは単に上昇し続けるからだ。だから、失業率と安定したインフレ率と一致しているある水準との差分を目標にしたらどうだろう。それをレベルXと呼べるであろうが、より分かりやすく記述しなければならない。何か提案は?

サイモン・レン=ルイス「メディアと緊縮への態度」

[Simon Wren-Lewis, “The media and Attitudes to Austerity,” Mainly Macro, April 1, 2018]

まだ経済がまったく景気回復のきざしを示していなかった2010年からイギリスで導入された緊縮政策のとくに重要な特徴のひとつは、人気を博していた、という点だ。それどころか、連立政権が実際に緊縮政策を実施に移す段階になって、多くの人はかつての労働党政権を非難しているらしかった。財政赤字は労働党が政権にあった時期に増えていたから、というのがその理由だ。
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サイモン・レン=ルイス「財政規則: 政治と経済」(2014年6月)

[Simon Wren-Lewis, “Fiscal rules: politics and economics,” Mainly Macro, June 21, 2014]

ジョナサン・ポーツと私が執筆した記事が『プロスペクト』誌に掲載されている。財政規則に関する私たちのディスカッションペーパー(これこれを参照)を短く要約した記事だ。このポストでは、この論文を使って、政治と経済の相互作用について2点ばかり所見を述べたい。
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サイモン・レン=ルイス「産出ギャップはもはやインフレ圧力の十分な統計ではない」

[Simon Wren-Lewis, “The Output Gap is no longer a sufficient statistic for inflationary pressure,” Mainly Macro, March 23, 2018]

予算責任局 (OBR) による最新の予想にはいくつか特徴があるが,そのひとつは,持続可能な水準より少し高いところで経済が回っている(プラスの産出ギャップ)と信じているところだ.ここでいう持続可能な水準とは,インフレを一定にする水準を言う.この仮説がどれほど異様か理解するには,下記のチャートを見てもらうといい.たぶんこのブログをはじめてから一番よく掲載したチャートの最新版だ:
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サイモン・レン=ルイス「世代間の再分配」

[Simon Wren-Lewis, “Redistribution between generations,” Mainly Macro, October 24, 2014]

経済学でありがちな誤解に関するシリーズをはじめなくてはいけないようだ.(ゾンビ映画は見ないものでね.) そういう誤解のひとつに,中央銀行のバランスシートは通常は重要だというものがあるけれど,前回のポストのこのコメントがいい仕事をしてくれている.さて,かなり頻繁にでてくる誤解にこういうものがある――政府債務には世代間の再分配は関わっていない,という誤解だ.世代は重複するということがわかれば誤解ははっきりする.
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サイモン・レン=ルイス「経済学における諸派分立の危うさ:現代金融理論 (MMT) の場合」

[Simon Wren-Lewis, “The dangers of pluralism in economics: the case of MMT,” Mainly Macro, March 1, 2018]

現代金融理論 (Modern Monetary Theory; MMT) は、経済学の「学派」だ。「学派」で私が意味しているのは、MMT が主流からみずから分離している、ということだ。いろんなアイディアの集合としての MMT には好きな部分もたくさんある。主要な安定化ツールとして財政政策と金融政策のどちらを使うべきかという重要問題については――私個人は〔金利の〕下限にないときは金融政策に向かうべきという主流の見解をとるものの――いつでも開かれているべきだと思うし、金融政策の方が必ずすぐれているととにかく決めてかかる主流経済学者が多すぎる。それに、ある種の「雇用保証」タイプの方式のアイディアには魅力を感じている。また、銀行システムが需要をつくりだすために有している自律性がどれだけあるか主流が認識できていない場合がよくある〔のも彼らが指摘するとおりだ〕。なんならもっと続けてもいいけれど、要点はもうおわかりだろう。この結果、私はおそらくたいていの主流派経済学者よりも MMT のいろんなアイディアに首をつっこもうとしてきた。
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