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「Yに歴史あり? ~Yか、それともIか~」

一国のGDPは「消費」と「投資」と「政府支出」と「純輸出」の和として表される。このことを記号を使って表現すると、

Y=C+I+G+(EX-IM)

となる。

・・・なんて説明は(学部向けの)マクロ経済学の教科書を開けば必ずと言っていいほど掲載されている。

Cはわかる。Consumptionの頭文字をとってC。Iもわかる。Investmentの頭文字。Gもわかる。Government expenditureの頭文字。 EXはExportからきているし、IMはImportからきている。さて、問題はYだ。一体何の頭文字? YはGDPを指している。Yは総所得でもあれば総支出でもあれば総産出量でもある。さて、Yは一体何の頭文字なのだろうか? もう少し焦らしてもいいのだがあっさりいくとしよう。答えはYield。生産量(産出量)を意味するYieldの頭文字をとっているわけだ。

・・・なんて説明も気の利いた教授であればマクロ経済学の講義で教えてくれるかもしれない。気の利いた教授の説明をただ繰り返すだけというのも芸が無い。気の利いた教授も教えてくれないであろうこぼれ話。そんな話を紹介するとしよう。

時代は飛んで1936年(9月)に遡る。J. R. ヒックス(John Richard Hicks)という名の経済学者がイギリスのオックスフォードで開催された計量経済学会の会合で一本の論文を報告した。その論文のタイトルは “Mr. Keynes and the “Classics””(「ケインズ氏と『古典派』」)。いわゆる「IS-LM論文」として知られている論文だが、実はその中でGDP(総所得)がアルファベット一文字を使って表現されている。その一文字とは・・・「I」。Incomeの頭文字をとってI。

件の1936年論文(翌年の1937年にエコノメトリカ誌に掲載)はケインズの『一般理論』の書評という性格も持ち合わせているのだが、書評された側にあたるケインズから件の論文に関する感想を綴った手紙がヒックスのもとに届いたという。ケインズはその手紙の中で次のように述べている。

「細かい点をひとつ。貴方は所得にIという文字を用いていることを残念に思います。もちろん、所得か投資かのいずれかを選択しなければなりません。しかし、両者を試みてから、所得にY、投資にIを用いるのがわかりやすいと考えています。いずれにせよ、文字の使用については統一性を保つように心がける必要があります。」(J. R. ヒックス(著)/貝塚啓明(訳)『経済学の思考法』, 「第Ⅵ章 回想と記録」, pp. 188)

どうやらヒックスはケインズの助言を受け入れたようである。というのも、その後のヒックスはGDP(総所得)の表記として「Y」を使うようになっているからである(例えば、『景気循環論』を参照のこと)。

ケインズの『一般理論』はヒックスだけにとどまらず数々の論者によって書評されており、その中には総所得の表記としてIを採用している例もあればYを採用している例もあるらしい(この点については例えばウォーレン・ヤング(著)『IS-LMの謎』を参照のこと)。そのことも踏まえると、現代のマクロ経済学の教科書でGDPの表記として「Y」が使われているのはケインズの一声のおかげなんていう単純な話ではないのかもしれない。実はまだ他にもあれこれと紆余曲折があるのかもしれない。ともあれ、「Yに歴史あり」とは言えそうだ。


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