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アレックス・タバロック「規制と不信」

[Alex Tabarrok, “Regulation and Distrust–The Ominous Update,” Marginal Revolution, August 16, 2016]

2009年に書いたブログ記事の内容を更新しよう:

Aghion, Algan, & shleifer が興味深い論文を書いている.この論文によると,人々が互いに信頼しあっていない社会では規制が強くなるそうだ.たとえば下記のグラフをみると,不信の度合いが強い社会ほど,最低賃金の法律が強くなっている.ここで注意したいのは,市場への不信が最低賃金の強化と結びついているのではなくて,全般的な不信があらゆる種類の規制の強化と結びついているってところだ.たとえば,政府に対する不信は企業の規制と正の相関をみせている.あるいは,言い方を変えると,政府への信頼は(他のいろんな制度・機関への信頼ともども)少ない規制と結びついているわけだ.

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Aghion et al. の主張によれば,この規制と不信のつながりにおいて,因果関係の矢印は双方向に向かっている.お互いを信頼しなければ人々は政府を当てにするけれど,不信の大きい社会では政府は腐敗していることが多いので,そのせいで人々はいっそう不信を抱くようになってしまう.決定的に大事な点として,人々が他人を信頼しないとき,人々はものすごくリターンの大きいプロジェクトに投資せず,不信を補う人的資本や物理的資本に投資する.たとえば,そういうときに人々は「よそもの」とつながる助けになる人的資本にではなくて,じぶんの集団/部族/家族とつながる人的資本に投資するし,かすめとられやすい資本にではなくてかすめとられにくい資本に投資する.どちらの場合にも,他の条件が同じでリターンは後者の方が大きいとしても,前者を選ぶ.こうした不信の罠は,ブライアン・キャプランのいうアイディアの罠にかなり似ている.

こんな風に,不信の強い社会は規制と不信をうみだすばかりか,不信の均衡から抜け出ようとする選好や技能をもちあわせていない市民たちもうみだす.たとえば,これを考えてみよう:不信の大きい社会ほど,親たちは他人に対する寛容や敬意を子供に教えるのは大事なことだと考えなくなりやすい.

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以前の記事からの更新分は明らかなはずだ.こうした話は,ますます合衆国の描写らしくなってきている.政府に対する不信の高まり,いっそうの規制,成長の低下,そして,お互いを信頼しなくなったあまりに,人々はますますその悪しき均衡から抜け出るために協調できなくなっている.「データでみる我々の世界」(Our World in Data) から下に引用したのは,アメリカにおける対人的な信頼のデータだ.

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