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エスター・デュフロ 「中国における一人っ子政策の諸帰結」

●Esther Duflo, “China’s demographic imbalance: Too many boys”(VOX, August 18, 2008)


中国で実施されている一人っ子政策は1980年代から90年代にかけて出生性比(出生児の男女比)の急激な上昇をもたらすことになった。「一人っ子」世代が大人になるにつれて、犯罪の増加をはじめとした様々な問題が表面化し始めている。

中国は目下のところ共産主義の過去から抜け出そうとしている最中にあるが、それと同時に1980年代から90年代にかけての時期に仕掛けられた時限爆弾が今まさに破裂しそうな瀬戸際に立たされてもいる。かつての人口政策(人口抑制策)の影響が徐々に表面化し始めているのだ。

中国における人口政策として最も有名なのは何と言っても「一人っ子政策」である。中国で一人っ子政策が開始されたのは1978年のことだが、それ以降何度か緩和に向けた見直しがなされながらも現在も依然として続行中である。現行制度の下では、夫婦がどちらとも1人っ子である場合は子供を2人まで持つことが許されており、農村部においては第1子が女児である場合はもう1人子供をもうけてもよいことになっている。しかしながら、1980年代から90年代にかけては――地域ごとに若干の違いはあるものの――非常に厳格な運用がなされており、「上限数」を超える子供を抱えた夫婦には罰則が科せられたのであった。「上限数」を超える子供を抱えた夫婦は罰金を支払わねばならなかっただけではなく、「上限を超過した」子供の教育費や医療費を全額自己負担せねばならなかったのである。

一人っ子政策は鄧小平の指揮の下で導入されたわけだが、この積極的な産児制限策はそれ以前の毛沢東時代における「人が多いのはいいことだ」(“more people, more power”)とする方針と真っ向から対立するものだった。中国の今後は経済をうまく管理できるかどうかにかかっており、経済を管理する上では産児制限が重要な鍵を握っている。鄧小平はそう考えた上で一人っ子政策を推進したのである。

産児制限という目的に照らす限りでは一人っ子政策は大きな成功を収めたと言える。しかしながら、中国は元々男児選好の強い文化的な伝統を持つ国であったという事情も重なって、一人っ子政策は女児と男児の数の面で大きなアンバランスを生み出す格好となった。さらには、胎児の性別判断が技術的に可能となった結果として男女を産み分けるための中絶手術が普及することにもなったのである。

男児選好や女児の中絶、幼い女児の高い死亡率といった現象は中国に特有のものというわけではなく、さらには一人っ子政策だけにその責が帰せられるというわけでもない。同様の現象はインドや台湾、パキスタンといった国々でも見られるものであり、さらにはそれらの国々からアメリカに移住した移民の間でも広く観察される現象である1。しかしながら、一人っ子政策は男児を持ちたいと望む夫婦に最初に生まれてくる子供(そして唯一持つことが許されている子供)が女児とはならないように「強いる」ことで男女の数のアンバランスを加速する役割を果たした可能性はある。例えば、産児制限が実施されていない台湾では1986年に中絶が法的に認められてからというもの男女の産み分けが盛んとなったが、中絶手術が試みられているのはあくまでも第3子以降であることがわかっている2。また、中国では制度の運用が緩い地域があったり、80年代以降になると農村部では第1子が女児である場合は第2子の出産が認められることになったが、そういったケースでは第1子に関しては出生性比(出生児の男女比)は標準的な水準とほぼ同じであるが、第2子に関しては出生性比が飛びぬけて高くなっている(女児に比べて男児の数が飛びぬけて多くなっている)のである3

一人っ子政策に加えて男児選好や中絶手術の普及といった要因が重なった結果として中国では1980年代から90年代にかけて男児の数が女児の数を大きく上回ることになった。1978年の時点では100人の女児に対しておよそ102人の男児が存在する計算(男児の数が女児の数の1.02倍)だったが、1998年の時点になると100人の女児に対して112人を上回る男児が存在する(男児の数が女児の数の1.12倍以上)という状況になったのである。そして今現在は100人の女児に対して120人もの男児が存在する状況(男児の数が女児の数の1.2倍)となっており、数にして男児が女児よりも3700万人も多くなっているのである。

「一人っ子」世代も年をとり続々と大人の年齢に達しつつある(例えば1980年に生まれた子供は現在(2008年現在)28歳である)わけだが、それに伴って出生性比のアンバランスの影響が徐々に表面化しつつある。例えば、16歳~25歳の年齢層に目を向けると100人の女子に対しておよそ110人の男子がいる計算(男子の数が女子の数の1.1倍)になるが、その結果として(女性の数が相対的に少なくなっているために)若い男子(男性)が結婚相手を見つけることがますます難しくなっている。若い男子(男性)――とりわけ独身の男性――は若い女子(女性)に比べると行動上の問題を抱えがちであり犯罪を犯しやすいと言われている。例えば、アメリカの西部開拓時代に暴力に向かう傾向が強く見られた理由は(若い男性が中心となって体現していた)フロンティア精神(“frontier town” mentality)にその原因があるとはよく指摘されているところである。中国では1998年以降に犯罪件数が平均して年率13%のペースで増えているが、逮捕者の70%が16歳~25歳の若者であり、そのうちの90%は男性という結果になっている。

若い男性の数が(同世代の女性の数と比べて相対的に)増えていることと犯罪件数が増えていることとの間には一体どのようなつながりがあるのだろうか? 中国籍とアメリカ籍の研究者たちが手を組んで行ったつい最近の研究4でまさにこの問いが検証されている。この研究では1998年~2004年の期間を対象として一人っ子政策が厳格に適用されている地域とそうではない地域(第1子が女児の場合は第2子の出産が認められており、その結果として出生性比が標準的な水準とほぼ変わらない地域)との間の犯罪状況が比較されており、精緻な実証分析の結果として犯罪が増加している原因のうち7分の1は一人っ子政策5によって説明できるとの結論が導き出されている。

人口全体に占める若い男性(犯罪を犯す可能性の高い存在)の割合が高くなっていることに加えて、(女性の数が相対的に少なくなっているために)若い男性が結婚相手を見つけにくくなっていることも犯罪が増えている理由の一つとなっている可能性がある。

つい最近のニュー・リパブリック誌でも引用されているが6、ベトナム帰還兵を対象に長いスパンにわたって行われた実験がその手掛かりをいくつか与えている。テストステロンと言えば攻撃性や暴力と深い関わりのある男性ホルモンの一種として知られているが、被験者である帰還兵の男性が結婚するとテストステロンの濃度が低下する一方で、反対に離婚するとテストステロンの濃度は増加する傾向にあったという。実験の期間を通じてずっと独身のままであった男性のテストステロンの濃度は高い水準を保っていたというが、独身の男性がとりわけ攻撃的である理由はテストステロンの濃度が高いことと関係があるのかもしれない。

一人っ子として育てられること自体も何かしら関係があるかもしれない。中国の農村部においては第1子が女児の場合は第2子の出産が認められる地域があるということはこれまでに何度か触れてきたが、そのような地域に暮らしている第1子の(弟ないしは妹を持った)少女は子供の出産が1人しか認められていない地域の子供(第1子)に比べて学校に在籍する期間が長い傾向にあるという7。兄弟姉妹の数が増えることは競争(あるいは対立)をいたずらに煽る結果になるわけではなく、むしろお互いのためになるようである。「1人っ子」世代は「孤独な」世代と言えるのかもしれない。

ともあれ、将来的に一人っ子政策が更なる緩和の方向に向かうようなことがあったとしても、中国は今後しばらくの間にわたって(過去の)一人っ子政策(の影響)に頭を悩まされ続けることだろう。

  1. 原注;詳しくは以下の論文を参照のこと。 ●Jason Abrevaya(2009), “Are There Missing Girls in the United States? Evidence from Birth Data”(American Economic Journal: Applied Economics, vol.1(2), pp.1-34)/●Almond, Doug and Lena Edlund(2008), “Son-biased sex ratios in the 2000 United States Census”(Proceedings of the National Academy of Sciences, vol.105, pp.5681-5682) []
  2. 原注;詳しくは次の論文を参照のこと。 ●Lin, Ming-Jen, Liu, Jin-Tan and Qian, Nancy(2008), “More women missing, fewer girls dying: The impact of abortion on sex ratios at birth and excess female mortality in Taiwan”, CEPR Discussion Paper 6667. []
  3. 原注;詳しくは次の論文を参照のこと。 ●Nancy Qian, “Quantity-Quality: The Positive Effect of Family Size on School Enrollment in China(pdf)”, Brown University mimeograph. []
  4. 原注;Lena Edlund, Hongbin Li, Junjian Yi, and Junsen Zhang, “Sex ratio and crime: Evidence from China’s one-Child Policy(pdf)”(IZA Discussion Paper No. 3214, December 2007;その後、The Review of Economics and Statisticsに掲載) []
  5. 訳注;一人っ子政策の影響で若い男性が同世代の女性に比べて相対的に増えていること []
  6. 原注;“No Country for Young Men”, by Mara Hvistendahl, New Republic, July 9, 2008. []
  7. 原注;詳しくは次の論文を参照のこと。 ●Nancy Qian, “Quantity-Quality: The Positive Effect of Family Size on School Enrollment in China”, NBER Working Papers No. 14973 []

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