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オリアナ・バンディエラ「2019年ノーベル賞:実験研究で貧困を減らす」

Oriana Bandiera “Alleviating poverty with experimental research: The 2019 Nobel laureatesVOXEU, 21 October 2019  

2019年のノーベル経済学賞は,「世界の貧困削減への実験的アプローチにより」,アビジット・バナジー,エステル・デュフロ,マイケル・クレマーが共同で受賞した。本稿では,今年の受賞者の考えや,持続する貧困や各国間における巨大な生活水準格差を理解し解決するという彼らの共通の関心について議論する。


「世界のほとんどの人は貧乏であるのだから,なぜ貧しくなるのかの経済学を知っていたならば,現実に重要な経済学の多くを知っているということになる」(Schultz 1980)

セオドア・シュルツとアーサールイスは,「開発途上国の問題に重点を置いた考察を通じた経済発展に関する先駆的研究によって」ノーベル賞を受賞した(Royal Swedish Academy of Sciences 1979)。彼らが受賞したのは1979年であり,この世界的な認知にも関わらず,開発経済学はあたかも礼儀正しい社会の前に出すのは恥となるような風変りな従兄弟であるかのように,主流を外れて過去数十年押しやられていた傍流に戻りつつあった。もちろん例外はあった。しかし,最先端の理論を組み合わせてフィールドワークを人目に出しても恥ずかしくないものにできたのは,クリス・アドリーのような異端児だけだった。

2000年初頭まで,開発経済学にはPhDコースがなく,NBERやCEPRにグループもなく,トップジャーナルに論文が掲載されることもほとんどなかった。今年のノーベル賞受賞者が行ったことというのは,フィールドワークをの間口を広げるインフラと分析を信頼できるものにする方法を構築することだ。彼らが行ったこと,そして彼らの受賞理由は,開発経済学を中心の座に返り咲かせるものだ。

アビジット・バナジー,エステル・デュフロ,マイケル・クレマーに対する授賞は,多くの点でふつうではない。統計的な雑学に熱心な一般の経済学者でれば,彼らが非常に若く,エステル・デュフロがノーベル経済学賞を受賞する2番目の女性かつこれまでの受賞者で一番若いことをすぐさま指摘するだろう1

このことは確かにふつうではないが,ほとんど重要ではない。ふつうでなくかつ重要なのは,発表において受賞者が集団の努力を導いたことについて明確に言及されていることだ:受賞者たちの研究発表ーそして彼らの後に続いた研究者たちのそれ」(Royal Swedish Academy of Sciences 2019)。

さらにふつうでなく極めて重要なのは,発表において「実践において貧困と戦うための我々の能力を劇的に改善させた」と彼らの手法の実践的な応用が強調されていることだ。これは記念碑的な変化であって,世界をより良い場所にすることが望ましい目標であるという明確な目標のため,経済学者はこれを歓迎すべきだ。

ここではっきりさせておきたいが,彼らのいずれもノーベル賞を「ふつう」のやり方,つまり理論及び応用経済学の双方に永く影響を及ぼした最高水準の研究をすることでも容易に受賞できた。(またもや)一般の経済学者であれば,彼らそれぞれの最も被引用数の多い論文上位3つのうち,ランダム化対照実験(RCT)は2つに過ぎないことに気づくかもしれない2) 。

彼らの非RCT研究についてスウェーデン王立科学アカデミーは明示的には触れていないが,彼らのそうした研究は彼らの考えや持続する貧困や各国間における巨大な生活水準格差を理解し解決するという彼らの共通の関心を浮き彫りにしており,再読の価値がある。

アビジット・バナジーの「職業選択と発展のプロセス」(アンディ・ニューマンとの共同)やマイケル・クレマーの「経済発展のOリング理論」はともに1993年に発表され,ミクロレベルにおける情報の非対称性による市場の失敗とマクロレベルにおける総産出と成長の橋渡しであり,現代の成長理論の礎石となっている。

彼らは個人の職業選択決定が企業の創出を通じて総雇用と総産出に関係するかを定式化した。2つの論文は,貧困の罠を生み出す説得的なメカニズムをモデル化し,したがって非常に似通ったところから始まった社会がなぜ非常に異なった均衡に達するかを説明できる。

バナジー及びニューマン(Banerjee and Newman (1993))が研究したメカニズムは,格差と信用市場の不完全性を結びつけるもので,これは個人が賃金労働や小規模な事業を行ったり,会社を始めるために他人を雇用できるかを決定するものだ。貧困で格差のないところから始まる経済は,誰も会社を始められないためにその状態のままに留まり,したがって全員が必要最低限の事業に駆り立てられる。

それと対照的に,同じくらい貧しいが十分な格差のある経済は,誰かが会社を始めることを可能とし,より高所得の均衡に到達する。重要なのは,職業構造が悪循環もしくは好循環が生み出すことで格差を決定するということだ。この論文は成長,とくに市場の不完全性がどのように格差を成長と結びつけるかについての経済学者の考え方に奥深い影響を及ぼし,それは今なお続いている。

クレマーのオーリング理論(1993)は,組織的経済学のレンズを通じて成長について研究することで,一つの企業で起きていることと総体的な経済パフォーマンスを関連付けた。この論文は,労働者を均一な生産要素とみなし,同一企業内の異なる能力と異なる業務を持つ労働者間の相互補完性の明確なモデル化に挑戦している。

鍵となる仮定は,ある労働者がある業務において生産する価値は,ほかの業務を担当する労働者の産出の質に依存するというものだ。これは選択的マッチングを生み出し,技能水準のわずかな差が生産性と所得の巨大な違いをもたらすことを意味する。これはさらに不完全情報のせいで個人は教育への投資を過少にしてしまうという事実によって増幅されるため,教育政策の些細な違いがさらに大きな所得の違いを生み出す。

重要なのは,誤った配分-この場合では労働者のミスマッチーを通じて各国間の違いを説明できる可能性をこの論文が示したということだ。今日では,資本と労働の誤った配分が非常に重要なものとみなされている(Restuccia and Rogerson 2017)。

市場の失敗は政府の介入を必要とするが,実際においてそうした介入が効果的なものとなうるかは議論の余地がある。エステル・デュフロのはじめての論文は,学校における政府の介入が成績と稼ぎに及ぼす効果についての証拠を示すことでこの問題に対して答えてみせた。

Duflo (2001)は,インドネシアにおける急速かつ非常に大規模な学校建設計画についてしらべた。この計画は場所によってその集中度にばらつきがあった。彼女は,このばらつきと,学校が建設されたときに十分年齢が低かった子供たちだけがありうべき便益を受けることができたという観察を組み合せた。これにより,彼女は年齢の低い集団と年齢の高い集団の間,建設計画が集中している地区としていない地区との間で「差分の差」を調べ,学校建設による就学率への効果を推定した。

学校建設が学歴を向上させることを立証し,内生性の懸念について考えうるすべてのものといくつかの考えにくいものすらつぶし,彼女は学校建設をミンサー賃金回帰における教育のためのツールとして用い,教育のリターンに関する最も信頼性の高い推定のうちのひとつを提供した。Duflo (2001)は,研究に関する実証研究に大きな意義のある貢献を行うとともに,実証的証拠の標準をずっと高い水準に引き上げた。このふたつの理由により,この論文は多大な影響を及ぼしている。

市場の失敗を修復する政策の必要性は,政策を評価するツールの必要性を生み出す。RCTはこれを体系的に達成するために開発された。RCTとその他の実験手法は自然科学において広く用いられてきたが,経済学においてはアビジット・バナジー,エステル・デュフロ,マイケル・クレマーが研究を始めるまではそれほどではなかった。彼らの貢献は,RCTを多数の研究者の手の届くものにすることで研究「組織」を作り出したことだ。これはBanerjee and Newman (1993)やKremer (1993)におけるそれと同様に,たくさんの人の才能を組み合わせることで個々の構成物の合計以上のものを生産するものだ。

RCTの基本原理はとても単純だ。すなわち,「実験群」と「対照群」へのランダムな振り分けは,処置を施す選択と結果の間のつながりを破り,これによって「きれいな」反事実を作るというものだ。これは言うに易く行うに難しで,実際においては対象が処置を拒否したりその後の段階で脱落してしまうかもしれず,処置が対照群にも波及効果を及ぼす可能性もある。こうしたことをはじめとした限界については認識されており,解決策が与えられている(Duflo et al. 2007)。

開発経済学において実験の使用が急増したことで,理論(Chassang et al. 2012, Narita 2019),計量経済学(Young 2016, 2018),RCTの哲学(Cartwright 2011, 2012)おにいても活発な研究が生み出された。Deaton and Cartwright (2017)は,これらの分野の適切な技術を用いることで解決できるもの,それでは解決できずほかの手法を必要とするものの両方について明快で包括的に概観している。

さらなる課題もある。自身の政策を真剣な評価にかけようと考える組織自体はランダムに選ばれておらず,研究者たちが評価を許される介入は意図的に選ばれており,それが有害であると自身で分かっている政策の評価を許す組織はないからだ(Bandiera et al. 2011)。

RCTが特効薬ではなく,理論はとても大事であり,RCTで答えをもたらすことのできる問題は私たちが答えなければならない問題のうちの一部でしかないことは疑いない。しかし,RCTは慎重な特定のためのとっかかりをもたらし,ほかの実証研究に対するベンチマークを設定した。最も重要なのは,RCTが多くの経済学者を研究室から外に出し,企業,NGO,政府と協働するために現実世界へと放り込んだことだ。

おそらくRCTが生み出した結果の一部はその特定の条件下にしか適用できないものであり,ほぼ間違いなく多くは標準誤差について間違いを犯している。しかし,才能に恵まれて高い技能ももつ個人の努力を現実の問題に対する解決策を見つけることへと向けることが厚生を減少させることだとは信じがたい。一番川上における才能の配分の効果は,今後,別の場所から現れることだろう。

研究者を現場に連れてくることは,たくさんの地元住民を研究アイデア,そして最も重要なことに,研究という概念に触れさせることとなった。今回の受賞発表を大きな熱狂とともに迎えたたくさんの現場管理者,測量技師,研究助手の中からは,自身の頭になかった選択肢を見出す人も出てくることだろう。多くの人には才能があり,その中にはそうした選択肢を取る希望と機会に恵まれる人もいるはず。近い将来,本稿のような記事で彼らの研究が議論されるんではないかと期待しているのだ。

参考文献
●Bandiera, O, I Barankay and I Rasul (2011), ‘Field experiments with firms’, Journal of Economic Perspectives 25(3): 63-82.
●Banerjee, AV (1992), ‘A simple model of herd behaviour’, Quarterly Journal of Economics 107(3): 797-817.
●Banerjee, AV, and E Duflo (2011), Poor economics: A radical rethinking of the way to fight global poverty, Penguin. (邦訳「貧乏人の経済学: もういちど貧困問題を根っこから考える」)
●Banerjee, AV, E Duflo and M Kremer (2016), ‘The influence of randomized controlled trials on development economics research and on development policy’, in The State of Economics, The State of the World, conference at the World Bank.
●Banerjee, AV, and AF Newman (1993), ‘Occupational choice and the process of development’, Journal of Political Economy 101(2): 274-98.
●Bertrand, M, E Duflo and S Mullainathan (2004), ‘How much should we trust differences-in-differences estimates?’, Quarterly Journal of Economics 119(1): 249-75.
●Cameron, DB, A Mishra and AN Brown (2016), ‘The growth of impact evaluation for international development: how much have we learned?’, Journal of Development Effectiveness 8(1): 1-21.
●Cartwright, N (2011), ‘A philosopher’s view of the long road from RCTs to effectiveness’, The Lancet 377(9775): 1400-01.
●Cartwright, N (2012), ‘Presidential address: Will this policy work for you? Predicting effectiveness better: How philosophy helps’, Philosophy of Science 79(5): 973-89.
●Chassang, S, PI Miquel and E Snowberg (2012), ‘Selective trials: A principal-agent approach to randomized controlled experiments’, American Economic Review 102(4): 1279-1309.
●Deaton, AS, and N Cartwright (2018), ‘Understanding and misunderstanding randomized controlled trials’, Social Science and Medicine 210: 2-21.
●Duflo, E (2001), ‘Schooling and labor market consequences of school construction in Indonesia: Evidence from an unusual policy experiment’, American Economic Review, 91(4): 795-813.
●Duflo, E, R Glennerster and M Kremer (2007), ‘Using randomization in development economics research: A toolkit’, Handbook of Development Economics 4: 3895-3962. (邦訳「政策評価のための因果関係の見つけ方: ランダム化比較試験入門」)
●Kremer, M (1993a), ‘The O-ring theory of economic development’, Quarterly Journal of Economics 108(3): 551-75. 
●Kremer, M (1993b), ‘Population growth and technological change: One million BC to 1990’, Quarterly Journal of Economics 108(3): 681-716.
●Miguel, E, and M Kremer (2004), ‘Worms: Identifying impacts on education and health in the presence of treatment externalities’, Econometrica 72(1): 159-217.
●Narita, Y (2019), ‘Experiment-as-market: Incorporating welfare into randomized controlled trials’, Available at SSRN 3094905.
●Restuccia, D, and R Rogerson (2017), ‘The causes and costs of misallocation’, Journal of Economic Perspectives 31(3), 151-74.
●Royal Swedish Academy of Sciences (1979), Press release: The Sveriges Riksbank Prize in Economic Sciences in Memory of Alfred Nobel 1979.
●Royal Swedish Academy of Sciences (2019), Press release: The Sveriges Riksbank Prize in Economic Sciences in Memory of Alfred Nobel 2019.
●Schultz, TW (1980), ‘Nobel lecture: The economics of being poor’, Journal of Political Economy 88(4), 639-51.
●Udry, C (1994), ‘Risk and insurance in a rural credit market: An empirical investigation in Northern Nigeria’, Review of Economic Studies 61(3): 495-526.
●Young, A (2016), ‘Improved, nearly exact, statistical inference with robust and clustered covariance matrices using effective degrees of freedom corrections’, manuscript, London School of Economics.
●Young, A (2018), ‘Channeling Fisher: Randomization tests and the statistical insignificance of seemingly significant experimental results’, Quarterly Journal of Economics 134(2): 557-98.

  1. 原注1;さらに言えば,アビジット・バナジーは2人目のインド人(アマルティア・センの次)で,マイケル・クレマーは2人目のマイケル(スペンスの次)である。 []
  2. 原注2;各人の最も被引用数の多い論文3つは(Google ScholarもしくはWeb of Scienceによれば),アビジット・バナジーはBanerjee (1992),Banerjee and Newman (1993),Banerjee and Duflo (2012),エステル・デュフロはBertrand et al. (2004),Banerjee and Duflo (2012),Duflo (2001),マイケル・クレマーはKremer (1993a),Kremer (1993b),Miguel and Kremer (2004 []

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