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サイモン・エベネット「汝の隣人を愛せよ:パンデミックにおける医療物資の輸出規制」

Simon Evenett “Sickening thy neighbour: Export restraints on medical supplies during a pandemicVOXEU, 19 March 2020

多くの国際サプライチェーンにおける中国の中心性から,世界の貿易フローに対する新型コロナウイルスの影響については大きな関心が払われている。さらに,貿易政策のやっかいな一面が今や明るみに出てきている。本稿では,24か国が最近になって医療物資に輸出規制を課したというGlobal Trade Alertによる発見の紹介と評価を行う。


相互に接続した私たちの世界では,世界的な機器が起きた際には常に,国外の供給者に対して差別を行うことが解決策の一部であるのか,あるいは外国のノウハウと資源をお互いにメリットのある形で活用できるのかを政府は判断しなければならない。国境の開放性を何かほかの目標のために犠牲にする決定は,往々にしてほかの政府によって行われた措置ーそれが現実のものであるか,そう見なされたかを問わずーに影響を受けたものだ。そのようなときは,明文化されているかどうかに関わらず国際ルールにとっては試練の時となるのであり,その影響は危機がニュースを独占することがなくなった後も長く残りうるものだ。目下のコロナウイルス・パンデミックも例外ではない。

多くの国際サプライチェーンにおける中国の中心性から,世界の貿易フロー(Baldwin and Tomiura 2020)及び外国直接投資の価値と位置(UNCTAD 2020)に対する新型コロナウイルスの影響については大きな関心が払われている。その一方で,貿易政策のやっかいな一面が今や明るみに出てきている。その深刻さの把握のため,世界保健機構事務局長の言葉を思い起こしてもらいたい。「我々は医療従事者の保護なくして新型コロナウイルスを止めることはできない」(WHO 2020)のだ。これら医療従事者には手袋,医療用マスク,保護マスク,顔面保護面,医療用服等々が必要だ。そしてコロナウイルスの蔓延を受け,明らかな物資不足が始まっている。その結果,WHOは各国政府に対し,保護用具を40%増産するとともに輸出規制を撤回するよう呼びかけている。

Global Trade Alert (2020)による最近の分析を基に,本稿ではある重要な発見,すなわち医療物資の輸出禁止ないし制限によって貿易相手国を病ませる政府が増えてきていることの評価を行う。ここでは,医療物資とは(マスクのような)保護を目的とした医療用具や,医薬品及びその原材料を意味するものとする。

今年初め以降の輸出規制の実施

重要なのは,政府には医療物資の輸出を制約する数多くの手段があることを理解することだ。それらの全てが公になっている輸出規制のように目に付くものなわけではない。例えば,政府は自国内で生産されるあらゆる関連医療物資について,国家による全量買上げを義務づけるお触れを出すことができ,それはすなわち国外の買い手が手に届く製品をなくしてしまうという決定だ。また,政府は知的財産権に関する法令をいじることで,実質的に国外での医薬品の販売を妨害することができる。大臣たちは国内の医療品生産者に対して輸出を行うなと脅しをかけるかもしれない。さらには,政府は国内の生産者に対し,輸出割合を最低限1 にするよう要求したり,輸出許可のために酷く煩雑な書類作業を義務づけるかもしれない。これら全ての手段は,透明性はそれぞれで異なるものの,今年初め以降各国政府によって実施されている。

これらの輸出規制が厳しさを増していることは今や明らかだ。2020年3月初め,ドイツ当局がスイスの買い手へのマスク24万枚の輸送を差し止めたことにより,スイス政府は直ちにドイツ大使を呼び出して抗議した(NZZ 2020)。さらに,フランス政府による徴発令により,Valmy SAS2 は数百万枚のマスクを供給するというイギリス国民保健サービスとの契約を履行することができなかった(Euronews 2020)。それと同じようなことが中国から医療物資を調達している北米の業者にも起きており,彼らはコロナウイルスの蔓延が始まって以降契約が履行されていないと報告している。

ニュース報道を整理することで,コロナウイルス関連の医療物資について公式ないし事実上の輸出規制あるいは輸出規制を課している24か国を特定できた。輸出規制が北米ではゼロ,南米で1か国,アフリカも少ない方であることは,現時点では中国からの距離が影響している可能性が示唆される。

政府が輸出規制に訴えるペースは加速している。24か国が今年始まって以来実施した27の輸出規制の事例のうち,16例は3月に入って最初の10日間でとられたものだ。

公平を期せば,インドはマスクに対する一部の輸出規制を2月前半に撤回し,中国に輸出できるようにした。これを態度を一変させたものと見ることはできるだろうか。インド政府はその後同月に26種類の製薬原料とそれらから製造されるパラセタモールなどの一部製品の輸出を禁止した。また,台湾は最近になって一時的にマスクの輸出禁止を解除ッ↓。それでも,全体を通してみれば輸出政策はより制限的になったと言える。

図1 2020年3月10日時点の医療物資に対する輸出規制

医療物資の輸出規制による5つの害

輸出規制が最後に多くの経済学研究の注目を集めたのは,多くの政府が食糧輸出を制限した2006年から2008年にかけての商品価格急騰期だった (e.g. Anderson and Jensen 2017)。その際,輸出制限は国際価格の変動を大きくする一方で,国内価格を抑えるのにはほとんど役に立たなかった。国内価格はそれ以外の要因によって影響を受けていた部分もあったためだ。食料安全保障を確かにする手段としては,こうした輸出制限の有効性は疑わしい。

最近の医療物資に対する輸出規制をそれと同列に並べるのは正しくない。今回の例においては,問題の核心は利用可能な量であって価格ではない。医療専門家はコロナウイルスとの戦いの最前線にいるのであり,彼らが感染する可能性を減ずるにせよ,そうなる時を遅らせるにせよ,彼らが保護用の医療用品を必要としていることに変わりはない。輸出禁止,例えばマスクに対するそれは,貿易相手国がコロナウイルスの蔓延に取り組む能力を損なうことになる。これは近隣窮乏化と言うよりも,近隣病理化というものだ。

国外の買い手が医療物資を買うのを拒否することは,それを強制する国家にとっても高くつくものである理由が4つある。第一に,そうした輸出制限の目的は国内の病院等が利用できる物資を増やすことであることを思い出してもらいたい。国外への輸出を制限することで一時的に得られる利得がどれだけあろうと,将来的な輸出販売が失われることで,国内企業にとっては増産や新規設備への投資を行う意欲が失われることとなり,これこそがまさにWHOが警鐘を鳴らしていることだ。このことが意味するのは,パンデミックの最中の輸出禁止策は現在利用可能な一部の国内医療物資を確保するが,それは将来的に国内で清算される物資を犠牲にしたものであるということだ。

第二に,輸出規制があると,生産を拡大するよう国内企業を説得するために政府が用いらなければならない財政刺激策はより大規模にならざるを得ない。パンデミックへの政策対応としてなんとなくよさそうに見えるものが,実際には国家財政への負担を一番悪いタイミングで重くするのだ。

第三に,輸出禁止は他の政府との協力関係を損なう。貿易国家間の信頼の崩壊が医療物資と医療分野における協力の方面だけに留まるとは限らない。被害を受けた貿易相手国から更なる報復が行われないという保障はあるだろうか。医薬品及び医療物資における広範なサプライチェーンは,ほぼ全ての国が何らかの報復を受けうる立場にあることを意味している。

第四に,ひとつの国における輸出禁止は,その影響を受ける貿易相手国におけるナショナリストとポピュリストにとっては政治的追い風になる。その結果起きるのは保護主義的な産業政策の呼びかけであり,その一例はトランプ大統領を補佐するピーター・ナヴァロ通商製造業政策局長が最近行った演説だ。そのため,輸出禁止を課す国家は,国外における競争条件が悪化していることをコロナウイルス・パンデミックへの対応後しばらくしてから気づくことになるかもしれない。

被害の少ない代替政策はある

輸出制限の提案は,外国の調達を妨げないような代案と比較検証される必要がある。国内の生産への補助は国外の買い手に対して不当な利益を与えてしまうと懸念する政府は,国が買い上げる医療器具に最低価格を設定することを考えるべきだ。そうした最低価格は政府調達枠の事前告示に適用できる。そうすれば,国内生産者にとっては,重要な医療物資を国に供給することで得られる収入額が保障されることになる。

可能であれば,消費補助についても検討すべきだ。最低価格や補助金が一部の途上国では実施できないことを懸念するのであれば,世銀やIMFが必要額を貸し付けるべきだ。重要なのは,重要な医療物資の生産を世界的に後押しことでであり,そして通商政策によってそれらの迅速な流通を助けることだ。

参考文献

●Anderson, K and H G Jensen (2017), “Grain Price Spikes and Beggar-thy-Neighbor Policy Responses: A Global Economywide Analysis”, The World Bank Economic Review 31(1): 158?175.

●Baldwin, R, and E Tomiura (2020), “Thinking ahead about the trade impact of COVID-19,” Chapter 5 in R Baldwin and B Weder di Mauro (eds), Economics in the Time of COVID-19, CEPR Press. 

●CNN Business (2020), “With no shipments from China, medical mask suppliers have to choose whom to supply,” 6 March.

●Euronews (2020), “Coronavirus: French protective mask manufacturer scraps NHS order to keep masks in France,” 6 March.

●Financial Times (2020), “US trade adviser seeks to replace Chinese drug supplies,” 12 February.

●Global Trade Alert (2020), “Tackling Coronavirus: The Trade Policy Dimension”, University of St. Gallen, 10 March.

●NZZ (2020), “Coronavirus: Die Schweiz liegt mit Deutschland im offenen Streit”, 7 March.

●UNCTAD (2020), “Impact of the Coronavirus Outbreak on Global FDI.” Investment Policy Monitor, March.

●WHO ? World Health Organization (2020). “Shortage of personal protective equipment endangering health workers worldwide”, 3 March.

  1. 訳注;原文だと最大限(maximum percentage)となっているが,文意からminimumの誤りと解して訳した。間違っていたら教えてください。 []
  2. 訳注;フランスのマスク等医療品製造業者 []

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