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スウ・マルケス「鉛を根絶する」(2021年5月20日)

Burying the lead
Words by Sue Márquez
20th May 2021
Issue 4

鉛中毒が、脳に損傷を与え犯罪の悪化をもたらすことは、何十年も前から研究者達には知られていたが、何百万人ものアメリカ人はいまだに鉛汚染された水を毎日飲んでいる。この問題を解決する方法を紹介する。

バイデン政権による新しいインフラ投資法案に関心が集まっている。関心のほとんどは、全米を高速鉄道で横断する計画や、高速ブロードバンドを全世帯に普及させる計画などだ。しかし、ほぼアメリカ全土で、水道管の交換に450億ドルを投じることは、あまり注目されていない。これは他の多くの法案に比べて派手さはない。しかし、アメリカ人の長期的な幸福、国の繁栄に最大の利益をもたらすのはこの法案だろう。

鉛汚染が健康に悪影響をもたらすことは、何十年も前から知られてきている。鉛汚染は人々のIQを低下させ、犯罪傾向を強めるとさえ指摘されている。しかし、鉛は、DDTやフロンガスのように、法律で禁止して日常生活から排除することはできない。鉛を取り除くのは何よりの差し迫った問題だ。そして、私たちは、ようやく解決できるかもしれない。

現状と最新の変化状況

鉛に非常に害があることは判明している。鉛は、成人の心疾患や高血圧のリスクを高め、子供の学習能力や高レベル教育への達成意欲を低下させる。幼少期に鉛にさらされた人は、全生涯にわたって所得が低下する説得的な証拠が存在している。

しかし、鉛汚染の悪影響で最も有名なものは、暴力的な犯罪を犯す可能性を高めることだ。判明するには、何十年にもわたる研究が必要とされている。1996年、小児科医で児童精神科医のハーバート・ニードルマンは、人体の鉛蓄積と反社会的行動の関係を測定した有力な研究を発表した。ニードルマンは、男児212人を7歳から11歳まで4年間にわたって追跡調査し、X線分光法を用いて骨に蓄積された鉛の量を測定するとともに、教師、両親、子どもら自身から、子どもの行動についての報告を集めた。鉛の蓄積量が多い男児は、攻撃性、非行性、不安神経症のレベルが有意に高くなっていたのである。

鉛による毒性作用の大部分は、体内でカルシウムイオンを模倣〔訳注:生化学用語。ある化学物質が他の化学物質の特性を真似る作用〕する能力に起因すると考えられている。極めて重要なのが、この模倣によって、鉛は血液脳関門を突破することができ、さらなる負のスパイラルを引き起こす可能性があることだ。

カルシウムイオンは、神経伝達物質の生成や放出など、神経細胞(ニューロン)のさまざまな機能を引き起こすシグナルとして働くため、脳や神経系で非常に重要な役割を果たしている。つまり、鉛が存在すれば、カルシウムイオンの発現が模倣され、神経系の正常な発達を変化させる。鉛は、神経細胞の形や構造を混乱させ神経細胞と標的神経をつなぐシナプスの形成を阻害させる

最も深刻なのは、鉛はカルシウムに似た性質を持つので、脳細胞内でのカルシウム過剰を引き起こしてミトコンドリアに損傷を与え、細胞内に内容物が堆積され細胞の自死に至る規則的なプロセス「アポトーシス」を引き起こすことだ。鉛が脳に及ぼすダメージは、主に前頭前野、海馬、小脳(記憶形成、衝動制御、認知機能に関わる脳の領域)で発生する。幼少期に鉛にさらされ続けた人は、そうでない人に比べて、時間の経過とともに衝動性や攻撃性が高くなり、これら変化が反社会的・非行的な行動の原因になると強く考えられている。

ニードルマンの研究は、最も初期に行われ、最も大きな影響力がある研究の一つである――他の研究者達は追跡調査を行った。最近の研究では、アメリカで1990年代に発生した暴力犯罪の減少のうち最大56%が、1973年以降に生まれた子供への鉛曝露が減少した結果であると主張されている。この1973年には、環境保護庁が新しい規制を導入し、有鉛ガソリンの段階的な削減を開始した。他にも何百もの研究が、テストの点数低下から反社会的行動犯罪などの犯罪や行動障害、さらには健康不良などが、鉛と関係あるとされている。

後発の研究では、原因と結果を切り離すのに苦心している。鉛汚染は、貧困地域が、差別を受けている集団の人々が住んでいる地域で多く見られる。観察された様々な悪影響が、貧困層や社会的疎外されたグループが直面している他の苦難が原因でなく、鉛によるものだと、どうすれば確認できるのだろう?

経済学者のジェイムズ・J・フェイゲンバウムと、社会学者のクリストファー・ミューラーは、1921年から1936年の間の殺人発生率を調べ、都市の鉛鍛錬所に近いかどうかの比較を行った。この研究で重要な部分は、水の酸性度の測定を利用したことである。鉛は化学的性質により、酸性度の高い水には多くの鉛が溶出する。そこで著者らは、鉛のパイプを敷設している都市と、敷設していない都市との、pH値を比較した。

その結果、鉛のパイプを使用している都市では、使用していなかった都市に比べて、平均して殺人事件の発生率が24%も高いことが分かった。また、鉛のパイプが敷設されている都市では、水道水のpHが7から6に下がる(酸性になる)と、他の交絡因子を考慮しても、殺人事件の発生率が10%上昇することがわかった。この研究が人目を引いたのは、都市内の住人は誰であれ水道システムの共有を通じて平等に汚染されていたからである

「時間の経過とともに、証拠は積み上がり続けている。鉛汚染が、ヒトの生理機能、ひいては行動に与える影響は絶大で、しかも負の影響を与えている。鉛汚染を削減するにはコストはかかるが、膨大なプラスの効果がある」と経済政策研究所(Economic Policy Institute)の経済学者エリス・グールドは言う

最も保守的な分析であっても、鉛の危険性を防ぐのに1ドル費やすごとに、健康転帰の改善、IQの上昇、生涯所得の増加、税収の増加、特別教育への支出の減少、犯罪活動の減少などによって、少なくとも17ドルのリターンが得られると考えられている。

解決課題:配管

私たちはすでに生活圏から鉛を多く取り除いている。ガソリンや塗料からの鉛の除去は完了している。しかし、国内の全ての鉛管を交換するには、まずそれがどこに敷設されているのかを知る必要がある。

毎年、主要な報道機関によって、アメリカで鉛汚染への取り組みを強化するように求める記事が少なくとも半ダースは掲載される。有害性の証拠は明らかであり、解決策も簡単そうに見えるからだ。しかし、どの記事でも同じ疑問が投げかけられている。「解決策は本当に簡単なのに、なぜ鉛汚染は問題になり続けているのだろう?」と。

長年の課題となっており、今も厳然たる問題となっている事実から、多層的な問題が存在しているのかもしれない。第一の層は、世界を直接より良い状態にするための行動に関連しており、第2の層は、世界を間接的によりよい状態にするための行動に関連している。これら活動は、前もってより大きな投資を必要とするが、時間の経過とともに便益が倍増する活動である。

例えば、ある家庭での鉛管の掘削と交換にかかる費用を4,000ドルだとしよう。この作業のための公的資金の量を倍にすれば、約2倍の数の鉛管を交換することができる。ところが問題は、記録が不完全なことが多いため、ある家屋に鉛管があるかどうかわからなくなっていることだ。掘削に不必要なコストが発生する前に、新しいハードウェアの製造にリソース・資金・時間を投入し敷地内に鉛管かあるかどうかを検証することができるだろう。さらに水準を上げたいなら、鉛をより確実に検出するために、より精度の高いハードウェアを開発するための科学的研究に投資することもできるだろう。このように、問題の水準が上がるにつれ、下層での投資を正当化するための費用便益分析が必要となる。

アメリカでは、鉛汚染が危険な水準に達するのを防ぐために、多くの都市が率先して鉛を取り除く取り組みを始めている。しかし、現状の除去率では、鉛の無いインフラを実現するのにあと数十年はかかるとと指摘しされている。アメリカ水道境界の推計によるなら、過去30年で鉛による配水管の数は40%減少している。もしバイデン政権による大規模な公共投資がなければ、あと45年はかかるとされていたのである。

政府が鉛の配管の交換を達成するのには、どうすればよいのだろう? 主な課題の1つが、州や地方自治体と、鉛の配管を撤去する請負業者との間で交わされている契約条件にある。例えば、ミシガン州フリント市だと、請負業者は掘削にごとに報酬を受け取り、もし鉛の配管が存在すれば、配管の交換費用を掘削業者が負担することになっている。何が問題となっているのか想像できるだろう。不必要な掘削が大量に行われており、結果、鉛が含まれていると確認された配管の交換が遅れている。フリント市の公共事業の責任者は、2017年には鉛の配管の数を約1万本と見積もっていたが、2018年12月になって判明したのが、請負業者が掘削して鉛を配管を発見できた割合はわずか15%だったのである。1万500本の掘削を行い、鉛の配管を発見できたのは約1500本だけだった

問題は他にもある。ほとんどの配水システムでは、配管に「様々なサビ止め剤」が塗布されている。こういったサビ止め剤は、配管内の鉛イオンと反応して〔配管表面に〕保護膜を形成する化学物質となっており、配管内の鉛が腐食して水道水に浸透するのを防ぐための直接的処置となっている。しかし、こういった方法は、短期的には安価だが、常時の監視を必要としており、pHや温度のわずかな変化によって保護膜は急速に摩耗し、消失してしまう。

地方自治体が産業組織論を研究している経済学者と協力すれば、公共調達1 において財源を最適化するために、どのようなやり方を実施すれば良いか理解できるだろう。この見地に立てば、〔自治体が発注した〕事業の成果に関する指標が都市の当局者(そして一般市民)に公開されているかが重要となっている。関連データが観測できなかったり、一部の指標しか公開されていない場合だと、事業が高額かどうかを判断することが困難となるからだ。また、他の公共調達と同様に、事業のベンチマーク(基準)を設定することで、全国規模で鉛を交換することのコストの測定に役立つ。

ほとんどの州では、鉛の配水管を交換する際の公的資金は、公的部分だけが対象となっており(部分交換と呼ばれている)、残りの改善費用(塗料、内部配管、歩道から家までの配水管など)は住宅所有者が負担することになっている。世帯主や家主の多くは、交換にかかる費用を負担できないかもしれないし、〔地方自治体に〕認定された請負業者を見るけることや、交換許可証を取得するプロセスに圧倒されるかもしれない。バイデン政権の提案政策が、鉛管の100%撤去を目的にしているのなら、完全な交換の義務付けと、全額の費用負担が重要となるだろう。

アメリカン大学の政治学者カレン・ベーラーは、コロンビア特別区で行われた3,000件以上の鉛管交換作業について分析を行い、交換を社会経済学的なデータとして解読するのを目的に研究を行った。2009年から2018年かけて、行政区画であるワシントンDCの8つの区で、〔鉛管の〕不完全で自主的な完全交換が行われている。コロンビア特別区の上下水道局では、完全交換の希望には、顧客に私有地での交換費用の支払いを求めている。

完全交換の割合が貧困層で有意に低かったのは当たり前なのだが、ベーラーの調査で最も興味深い発見が、2013年以降になって、自主的な完全交換の希望者数が7倍に増えたことにある。これは、住宅リフォーム業者が、リフォーム許可を〔当局に〕申請する前に交換プログラムに参加するように働きかけた結果であった。このような政策的な後押しによって、住宅所有者が鉛管を交換する時の負担金額(一世帯あたり2,500ドルから15,000ドル)を非常に安価することができ、極めて効果的な政策介入となっている。

解決課題:データ

この課題を解決には、配管〔の交換〕にお金を出す以上の作業が必要となっている。単に、適切に鉛配管を発見して交換するだけでは駄目なのである。現状、鉛汚染が起こっていること、汚染の影響を受けている人がいること、その影響を大きさは判明している。しかし、汚染の原因と将来性を、常に正確にモニタリングできているわけではない。

費用対効果の高い鉛除去プログラムを実施する上で、大きな課題となっているのが、血中鉛濃度や、他の関連変数の質の高いデータが不足していることにある。研究者や政策立案者が鉛に関する進捗状況を把握するために利用している主な全国調査は、国民健康栄養調査(NHANES)である。この調査では、1976年から毎年、血中鉛濃度のデータを収集しており、子どもが鉛中毒に侵されているのを判断する血中鉛基準値の確定(現在は5 μg/dLに設定されている)に利用されている。

しかし、国民健康栄養調査のデータには大きな問題がある。例えば、第3波調査では、出生時体重のデータ(認知機能の発達と高い関連がある)においてサンプルの半数近く値が欠落していたのである。また、貧困指数など、鉛の曝露と相関がある他の変数もかなりの割合で欠落している。これら重要な変数のデータが不足しているため、データから有効な推論を引き出し、効果的な健康介入することができなくなっている。

また、血液中の鉛濃度は、過去の被曝の証拠となるため、将来の被曝を防ぐために、現在、鉛が高濃度になっている場所を示す、より質の高いデータが必要となっている。例えば、ラストベルトを縦断している州の多くでは、鉛の存在が確認されているが、水道管の正確な位置に関するデータは存在していない。ウィスコンシン州では、154,000本の水道管が鉛管として分類されているが、その倍の水道管が成分未知の金属として分類されている。ミシガン州フリントでは、推定1万本の鉛管の所在が不明となっている。適切な記録アクセスできなければ、正確な目標に向けた修復プログラムを想定するのが困難になっている。

バイデン政権の数十億ドルプランがクリアしなければならないハードル

1970年代以降、アメリカにおける規制は、特に子どもの鉛中毒を予防するために、塗料・水・空気・土壌などから鉛の暴露源を削減または排除するのを目標としてきた。アメリカでの有鉛ガソリンの禁止は、この目標に向けて大きな一方であり、1976年から1991年の間に、子どもの血中鉛濃度は77%減少している

飲料水に含まれている鉛という、多くのアメリカ人に影響を与え続けている問題に対処するために、アメリカ政府は鉛対策を政策課題として取り上げ、多額の資金提供を約束することは心強い。数日前、上院(上院公的諮問機関)が、この提案を通するための処置として予算調整を利用する道を切り開いた。これによって、民主党はこの提案を通するのに、上院の2/3要件を回避できることになった。しかし、道のりはまだ終わっていない。バイデン政権のインフラ投資提案が現実のものとなるのには、まだいくつかのハードルをクリアする必要がある。

政府の資金を使って鉛パイプを完全に除去するには、環境保護庁のプログラムに資金を投じるだけでなく、鉛管がどこにあるのかを突き止めるための膨大な調査が必要となっている。オハイオ州トレドでは、市当局が水道分析会社と提携して危険な鉛管の場所を特定している。しかし、今後の資金調達と政策によって、都市が鉛管の全面交換に着手するのを確実にするためには、さらなる資金が必要となっている。

鉛暴露の影響は、子どもの認知能力の低下や犯罪率の上昇など、アメリカに人的資本に直接の影響を与える。インフラや環境から鉛を取り除くには、コストがかかる作業だが、社会的な見返りが大きいことを考えると、今こそ浄化すべき時である。結局、鉛汚染は完全に予防可能だからなのだ。

スウ・マルケスは、ロックフェラー財団のマネージャー兼データサイエンティストである。彼女のTwitterをフォローはここで可能。この記事に記載されている見解は、必ずしもロックフェラー財団の見解を反映しているものではない。

  1. 訳注:公共事業等、国・地方自治体等が税金を財源にして発注する契約事業全般のこと。 []

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