スコット・サムナー 「マネーボールと『打率幻想』」(2011年11月3日)

●Scott Sumner, “Moneyball and “the batting average illusion””(TheMoneyIllusion, November 3, 2011)


野球界では打者(バッター)の力量を「打率」でもって測るという慣わしが何十年にもわたって続いていた。そんなある時のことだ。食品工場で夜間警備員の仕事をしていたビル・ジェームズという名の無名の人物が1970年代の後半に入って「王様は裸だ」と訴える一冊の本を出版した。野球界で重宝されている「打率」をはじめとした多くの指標は無価値だ――野球界に生きる誰も彼もが思い過ごしをしていて的外れな選手評価に明け暮れている(「打率」は打者の力量(攻撃力)を測る指標としては役立たずだ)――というのだ。

「打率」の計算ではシングルヒット(単打)もホームランも同等に扱われ、四球(フォアボール)は計算から除外される。四球を選ぶというのは一塁に進むためのまずまずの手であり得るにもかかわらずだ。私がビル・ジェームズの本を目にしたのは1980年代の初頭だったと記憶しているが、この本に書かれている内容に異を唱えられる人なんて誰もいないだろうと感じたものだ。ビル・ジェームズの主張の妥当性はそれほど歴然としていたのだ。「打率」の代わりにビル・ジェームズが考案したのが「OPS」――出塁率(OBP)と長打率(SLG)の和――だ。OPSでは「塁に出ること、塁を埋める走者を本塁まで生還させること」という「二つの目標」が同時に射程に収められている。

経済学の世界では「インフレ」および「インフレ目標」に肩入れする慣わしが長らく続いている。しかしながら、総需要ショックが原因でインフレが加速した場合も総供給ショックが原因でインフレが加速した場合もどちらも「インフレの加速」として同等に扱われるばかりか、インフレを測るための通常の物価指数では新築の住宅価格(住宅バブルの有無を読み取るための重要なデータ)は計算から除外されている。小さな大学に勤めるどこぞの無名の学者がひょっこり現れて「王様は裸だ」と声を上げるというのもありなんじゃなかろうか?

経済学の世界にも「OPS」のような単一の指標が必要とされている。(アメリカの中央銀行たる)Fedが掲げる「二つの目標」(「物価の安定+雇用の最大化」)がどちらも同時に射程に収められている指標、インフレだけではなく実体経済の動向にも目配りされていてFedがコントロール可能な指標。そんな指標が必要とされているのだ。何かいい候補ってある?

(追記)ビル・ジェームズは方々の出版社に自分のアイデアを売り込んだがどの出版社にも相手にされなかった。この男のアイデアを纏めた本を出したところで誰も興味を持ちはしないだろうと判断されたためだ。そのためビル・ジェームズは当初のうちは自費出版で本を出さざるを得なかった。翻って21世紀の今、金融政策の改革を訴える「改革派」の面々はおそらく己のアイデアをブログ上で「自費出版」せざるを得ないことだろう。

(追々記)ベックワースと私のどちらが(映画版『マネーボール』でビリー・ビーン役を演じた)ブラッド・ピットに似てると思う? 敵役は誰になるだろうね?(ロバート・マーフィーとか?)

(追々々記)ビル・ジェームズを乗り越えようと意気込む「統計オタク」もちらほらいる。出塁率と長打率をそのまま単純に足し合わせる(そうしてOPSを求める)のはいかがなものかと息巻いているようだ。心して聞いて欲しいが、「シンプルさの美」というのもあるのだよ。

(追々々々記)「ビル・ジェームズって誰?」という人のために告げておくと、ビル・ジェームズは2006年にタイム誌が選ぶ「世界で最も影響力のある100人」のうちの一人に選出されている。野球に対する考え方を一変させたというのがその選出理由だ。

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