金融危機には狂信主義の炎を煽る力があるのだろうか? 2007-08年の大不況 (Great Recession) は雇用率と産出量に甚大な被害をおよぼしたばかりでなく、その余波期になってからというもの、スウェーデンからスペイン、ドイツから合衆国へと、西欧世界全体でポピュリズムの隆盛が見られている。クロスカントリー研究の多くは、金融危機と右翼ポピュリスト運動のあいだには直接的なつながりがあると主張する (Mian et al. 2014, Algan et al. 2017, Eichengreen 2018)。『フィナンシャル・タイムズ』 紙も、2008年危機をとりあげたエディトリアル 「十年後 (10 years after)」 に、「ポピュリズムこそ金融危機が残した真の遺産だ (populism is the true legacy of the financial crisis)」 との見出しを付けた1。だが、クロスカントリー研究が示すエビデンスはこれで結論とまではいかないものであることが多く、金融危機から政治的破局へと伸びる因果関係の確固たるエビデンスは確保し難い状況がつづいていた。
そんななか我々の新たな研究は、1930年代ドイツという古典的事例についてその様なエビデンスを提示するものとなっている (Doerr et al. 2019)。当時ドイツは記録上最悪の不況のひとつを経験し、産出量は四分の一以上縮減、失業率はロケットの如く飛び上がった。ドイツの不景気を重篤化させたのは、1931年夏の深刻な銀行危機である。この出来事に助長され、よくある不況は大恐慌 (Great Depression) へと転化してゆく (図1)。銀行危機のきっかけとなったのは、ドイツ四大ユニバーサル銀行のひとつであったダナート銀行の破綻だ。5月にオーストリアで勃発した中欧銀行危機のあと、ドイツの銀行はつぎつぎと預金引出に直面した。このダナート銀行も、貸付先のひとつである大繊維会社 [=ノルトヴォレ] が会計粉飾と投機失敗のせいでデフォルトすると、もはや持ち堪え難い損失をこうむった。つづいて取付け騒ぎが発生し、銀行預金の支払停止、ドレスナー銀行という別の銀行の破綻、そしてドイツの金本位制からの事実上の離脱に3週間のバンクホリデーと、堰を切ったように事態は進行した。国外・国内の両ファクターに、償還を原因とする政治的不作為 (賠償問題に関するドイツ・フランス間の政治摩擦による) が合わさったことで、ダナート銀行の問題は本格的な金融危機に転化したのである (Ferguson and Temin 2003, Born 1967, Schnabel 2004)。
Algan, Y, S Guriev, E Papaioannou, and E Passari (2017), “The European Trust Crisis and the Rise of Populism”, working paper.
Born, K E (1967), Die deutsche Bankenkrise 1931: Finanzen und Politik, Munich: R. Piper Verlag.
Campello, M, J Graham, and C Harvey (2010), “The real effects of financial constraints: Evidence from a financial crisis”, Journal of Financial Economics, 97 (3), 470-487.
Eichengreen, B (2018), The Populist Temptation, Oxford: Oxford University Press.
Evans, R J (2004), The Coming of the Third Reich, Penguin.
Falter, J W (1991), Hitlers Wähler, Munich: C H Beck.
Ferguson, T, and P Temin (2003), “Made in Germany: The German Currency Crisis of July 1931”, Research in Economic History, 21, 1–53.
Fohlin, C (2007), Finance Capitalism and Germany’s Rise to Industrial Power, Cambridge University Press.
Huber, K (2018), “Disentangling the Effects of a Banking Crisis: Evidence from German Firms and Counties”, American Economic Review, 108 (3), 868–898.
Ivashina, V, and D Scharfstein (2010), “Bank Lending During the Financial Crisis of 2008”, Journal of Financial Economics, 97 (3), 319–338.
King, G, O Rosen, M Tanner, and A F Wagner (2008), “Ordinary Economic Voting Behavior in the Extraordinary Election of Adolf Hitler”, Journal of Economic History, 68 (4), 951–996.
Mian, A, A Sufi, and F Trebbi (2014), “Resolving Debt Overhang: Political Constraints in the Aftermath of Financial Crises”, American Economic Journal: Macroeconomics, 6 (2), 1–28.
Mosse, W E (1987), Jews in the German Economy: The German-Jewish Economic Elite, 1829-1935, Oxford: Clarendon Press.
Schnabel, I (2004), “The German Twin Crisis of 1931”, Journal of Economic History, 64 (3), 822–871.
原註
[1] Financial Times, 30 August 2018. 『ニューヨーク・タイムズ』 紙も 「トランプに、貿易に 金融危機の残響、十年後も鳴り止まぬ (From Trump to trade, the financial crisis still resonates 10 years later)」 と同様のタイトルを付している。
[2] これが 『シュテュルマー』 紙の標語だった。同紙は反ユダヤ主義色濃厚な週刊紙であり、毎号一面にこのスローガンを掲載していた。