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タイラー・コーエン「シンフォニーオーケストラと産業革命」(2018年4月22日)

Tyler Cowen, “The symphony orchestra and the Industrial Revolution“(Marginal Revolution, April 22, 2018)

昨夜、モーツアルトの交響曲39番をコンサートで聴いた。そしてこれは人類最大の「技術的」偉業のひとつを目撃してもいるのだと、私は(もう一度)気付いた。この活動に注ぎ込まれているものを考えてみてほしい。ひとつひとつの楽器は最終的には完璧なまでに発展し、他の楽器と調和している。調律のシステムと音楽の基礎原理。音楽ホールの音響。紙の楽譜と記譜法。これらすべての機能は1710年から1920年といった中央および西ヨーロッパに出現した作曲タレント(才能)と非常によく連動している。18世紀半ばまでにはこのシステムの重要部分のほとんどはできあがっており、19世紀初期には概ね完成した。

私は時々、産業革命とは根本的に文化の革命だと考えることがある。この文化の革命の最初の具体化はイタリアとネーデルランドでの初期ルネサンスの勃興かもしれない。それだって技術発展の連鎖をもとにしている。質が改善したテンペラ画。油絵の発達。ブロンズ彫刻と大理石彫刻の技術の復帰。ヨーロッパへの紙の再紹介などだ。これによって画家たちがスケッチができるようになった。

クラシック音楽においては、質の良い音楽プロダクションのこの展開はすべてが、先端の実験、一種の科学的方法、都市化、都市国家間の競争に基づいている。そして古典からの知識の再発見。中国やアラブ世界からの科学の輸入または再輸入もあった。前述した紙の製造を含め。

書籍文化や実験科学の誕生も例証かもしれない。

たぶん厳密な意味での産業革命との違いは、それがエネルギー、運輸、紡糸などの産業部門に現れたことだ。これらは生活水準を物凄く上げた。しかしほぼ間違いなく、産業革命というのは単に中世の終わり頃に起源を持つ文化の革命の連鎖のひとつにすぎない。クラシック音楽といえども、究極的にはフランドル地方の多声音楽から派生したものだ。これら文化の革命のひとつがたまたま産業であったというだけなのだ。

もちろん多くの場合、革命は初期のものが最高である。19世紀の蒸気エンジンを我々は越えたが、モーツァルトやダヴィンチはまだ我々と共にいる。


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