タイラー・コーエン 「アジアにおける『消えた女性』の謎」(2005年2月19日)/「『真実の探究者』 エミリー・オスターに敬礼!」(2008年5月12日)

●Tyler Cowen, “Where are Asia’s “Missing Women”?”(Marginal Revolution, February 19, 2005)


ロバート・バロー(Robert Barro)がビジネスウィーク誌で興味深い研究結果を取り上げている。

1990年に経済学者のアマルティア・セン(Amartya Sen)――私と同じハーバード大学に籍を置く同僚――がちょっとした騒動を引き起こしたことがある。・・・(略)・・・中国やインドといったアジアの国々では女性の死亡率が他の地域よりも高く、その結果として、女性の人口が本来あるべき数よりも1億人も少なくなっていると暴露したのである。女性の死亡率が高い理由は、男性や国家(政府)による女性差別に求められると解釈された。・・・(略)・・・この1億人というショッキングな数は、途上国で過酷な女性差別が存在することを示す一種のシンボルとなった。こんなにも多くの女性が「消えて」しまった理由は、お腹の中の赤ん坊が女の子であることが判明するや中絶手術が施されたり、生まれてきたばかりの女児が間引かれたりしてしまっているせいだとの説が広く支持を得ているようだ。しかしながら、別の理由を明らかにしている研究がある。ハーバード大学で経済学を学ぶエミリー・オスター(Emily Oster)の「B型肝炎と『消えた女性』問題」(“Hepatitis B and the Case of the Missing Women”)と題された博士論文がそれだが、「消えた女性」の謎の多くは生物学的な要因によって説明できるかもしれないというのだ。

・・・(中略)・・・

オスターによると、「消えた女性」の謎をめぐるこれまでの研究では、重要な事実が見過ごされているという。アジアでは、中絶手術が広まる前から出生児の男女比(出生性比)が他の地域よりも飛びぬけて高かったという事実がそれである [1] … Continue reading。・・・(略)・・・アジアでは、B型肝炎ウイルスの感染者が多い。B型肝炎ウイルスこそが、「消えた女性」の原因となっているのではないかとオスターは狙いを定めた。B型肝炎ウイルスに感染した両親からは、男児が生まれやすいことを示す研究結果が数多くあるのだ。

両親がB型肝炎ウイルスに感染していると、出生性比が1.55 [2] 訳注;出生性比が1.55ということは、女児100人に対して男児155人が生まれる計算になる。という高い数値を記録する場合もあるらしい。オスターの計算によると、中国に関しては、「消えた女性」(歪んだ男女比)の75%がこの生物学的な要因(両親がB型肝炎の感染者という事実)によって説明可能だという。その一方で、インドに関しては、この生物学的な要因で説明できるのは「消えた女性」のうちのわずか17%。アジア全体だと、「消えた女性」のうちの46%がこの生物学的な要因によって説明できるということだ。

オスターのホームページはこちら。そして、バローが取り上げているオスターの論文はこちら(pdf)。

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●Tyler Cowen, “Hail Emily Oster!”(Marginal Revolution, May 12, 2008)


今回取り上げるのは、「中国における歪んだ男女比(性比)は、B型肝炎によっては説明できない」(“Hepatitis B Does Not Explain Male-Biased Sex Ratios in China”)と題されている論文だ。エミリー・オスターも共著者の一人に名を連ねている。以下に、論文のアブストラクト(要旨)を引用しておこう。

本論文の著者の一人がかつて手掛けた研究(Oster, 2005)では、医学の分野における先行研究やクロスカントリー・データを用いた実証分析、ワクチン接種プログラムの分析に依拠した上で、両親がB型肝炎ウイルスのキャリアだと、そうではない場合よりも、出生児の男女比(出生性比)が高くなる(男児が生まれやすい)傾向にあり、アジア各国――特に、中国――ではB型肝炎ウイルスの感染者が多いことを考え合わせると、アジアにおける「消えた女性」のかなりの割合――およそ50%――がB型肝炎によって説明可能である、との結論が導かれている。その後、この結論に疑問を投げ掛ける研究がいくつか現れた。その中でもLin&Luoh(2008)は、台湾における出生児のデータを広範にわたって分析した上で、母親がB型肝炎のキャリアであっても出生性比にはこれといって大きな影響は見られないとの結論を得ている。母親がB型肝炎のキャリアのケースに関してはかなり決定的な結論だと言えるが、父親がB型肝炎のキャリアだと出生性比が高くなるという可能性がまだ残されている。その可能性を検証するために、本論文では、中国人を対象とした肝癌の発症リスクを探るための前向きコホート研究を活用した。前向きコホート研究の対象者のうちのおよそ6万7000人(そのうちのおよそ15%がB型肝炎のキャリア)が子持ちだが、その子供の性別に関するデータを収集して分析を行ったところ、母親だけではなく父親がB型肝炎のキャリアであっても出生性比にはこれといった影響は見られないとの結論が得られた。両親がB型肝炎のキャリアであっても、そうでない場合と比べて、男児が生まれやすいとは言えないのである。以上の発見に照らすと、「中国における歪んだ男女比(性比)は、B型肝炎によっては説明できない」との結論が導かれることになろう。

エミリー・オスターは、「真実の探究者」のお手本(ロールモデル)と言うべき存在であることが今回の件ではっきりした。アブストラクトだけでは事情がよく掴(つか)めないという読者のために簡単に説明しておくと、彼女が学者として名を上げたそもそものきっかけは、「中国における歪んだ男女比(性比)は、B型肝炎によって説明可能」との研究結果を世に問うたことにあったのである。そして今回の論文で、その結果を自ら否定しているわけだ(エミリー・オスターの研究は、本ブログでもこれまでに何度か取り上げている。詳しくは、こちらを参照されたい)。

真実に辿り着くことがいかに困難かということが、今回の件から引き出せる一般的な教訓と言えるだろう。今回のケースでは、データもきちんと整備されていて、(多かれ少なかれ)明確な答えを出すことができた。しかしながら、政策が絡む問題の多くでは、そこまで好ましい条件は揃っていないのだ。

References

References
1 訳注;ヨーロッパやアメリカなんかだと、出生性比は1.05と言われている。出生性比が1.05ということは、女児100人に対して男児105人が生まれる計算になる。
2 訳注;出生性比が1.55ということは、女児100人に対して男児155人が生まれる計算になる。
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