タイラー・コーエン 「右派、左派、自己責任 ～憎きあいつらの地位が高まるのを許してなるものか～」（2008年7月26日）

●Tyler Cowen, “Move on — this isn’t true here”（Marginal Revolution, July 26, 2008）

一部の人――決して全員ってわけじゃない――の政治的な振る舞いを説明する素朴なモデルを思い付いたので、その概要を述べさせてもらうとしよう。政治的なイデオロギーの背後には、特定の集団の（社会内での）地位が高まるのを許してなるものかという無意識の衝動が時として控えているように思われるのだ。

まずは、いわゆる「右派（右翼）」の側から取り上げるとしよう。右派の中には、「不平屋」のように見える連中が気に食わないという人がいる。「不平屋」の地位が上がるなんてことは、どうしたって許せない。そのため、「不平屋」の口から不平不満が吐かれるたびに反論しなければ気が済まず、「不平屋」が不平不満の根拠として挙げる事由の一切合財を論破しようと躍起になる。

不平屋が「景気が悪くて云々かんぬん」と愚痴をこぼすと、「いや、景気は絶好調だ」とか、「景気はそのうちすぐに良くなる」と反論する。不平屋が「公的な給付金の額を増やして欲しい」と（泣き言を漏らす弱者を代弁して）訴えると、「予算を切り詰めて、行政のスリム化を図らなきゃいけない」と反論して、「景気は好調」との前言を一時的に引っ込める。そして、「財政規律」の必要性をがなり立てる。

翻って、いわゆる「左派（左翼）」の側はどうだろうか。左派の中には、一種の「能力主義」に入れ込んでいる人がいる。資本主義社会で「お金」が幅を利かせているのは不公平極まりないことだと感じていて、「お金持ち」（富裕層）の地位が上がるなんてことは――とりわけ、頭が良くて徳のある人たちよりも地位が上になるなんてことは――どうしたって許せない。そこで、「お金持ち」の望みがそれほど強く反映されない「原則」の擁護に力が尽くされる。そのような原則のうちで当今流行なのが「平等主義」だが、世界中の（海外に暮らす）最貧困層の生活水準を引き上げることよりも、アメリカ国内の「お金持ち」の暮らしをその他の同胞のそれに近づけることに重きが置かれがちな傾向にある。

『幸福度研究によると、お金で買える幸福の量には限度がある（年収が増えると幸福度も高まる傾向にあるが、年収がある一定水準を超えると幸福度は上昇しなくなる）らしい』。そのような研究結果が報告されると、左派の間で一気に取り沙汰されることになる。「『お金持ち』は、実はそんなに幸せじゃないんだ」というわけで、お金持ちの降格（地位の下落）につながるわけだ。『保守派（右派）の人たちは、幸福度が比較的高い。多くの再分配政策は、受益者の幸福度をそれほど高めない』。そのような研究結果――幸福度が上昇しなくなる年収の額はかなり低いことを示す研究結果もある――が報告されると、幸福度研究の話題は左派の間でたちまち口にされなくなる。「格差」であれば何もかもが左派の批判の対象になるわけでもない。お金持ちの地位を高めないような「格差」――例えば、外見（美貌）だとか、10代での性交渉体験だとかの面での格差――には、左派から強い批判が寄せられることはない。

右派の一部から「自己責任」という価値観が強調されるのはどんな時かというと、「不平屋」の地位の引き下げに利用できる時だ（「自業自得なのに、どうして不満を訴えるんだ？」）。翻って、左派の一部から「自己責任」という価値観が強調されるのはどんな時かというと、不祥事を起こした大企業（の経営陣）への罰を求めたりして、「お金持ち」の地位の引き下げに利用できる時だ。「自己責任」なる価値観については、誰もが首尾一貫しているわけじゃないのだ ^[1] 訳注；自分の都合に合わせて「自己責任」論を持ち出す、という意味。。

これまでの話の流れからすると、右派は「お金持ち」の仲間で――実際のところは、左派の方がお金持ちだとしてもだ――、左派は「不平屋」の仲間――実際のところは、右派の方が文句を言ってばかりいるとしてもだ――ってことになるだろう。「右派も左派もどっちもお金を持ってるじゃないか。どっちも『学のある不平屋』じゃないか」っていう意見もあるだろう。ミャンマーでお米を作っている農家と比べたら、どっちも似た者同士に見えてくるだろう。

まだ自分の立ち位置を決めていなくて、地位の高低に敏感な人にとっては、（右派か左派の）どちらの「（学のある）不平屋」により強く嫌悪感を抱くかを見極めることにすべてがかかっている。どちらの味方につくかを一旦決めてしまえば、その選択が賢かったかどうかは時が経つにつれて次第に明らかになってくる。

誰も彼もがかような（特定の集団の地位が高まるのを許してなるものかという）無意識の衝動に駆られているわけじゃないのは幸運なことだ。とは言え、かような衝動の持ち主が増えたとしても、そのことについてブーブー言う（不平を漏らす）つもりはないけれど。