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ノア・スミス「移民がやってきても賃金が下がらない理由」(2020年12月30日)

[Noah Smith, “Why immigration doesn’t reduce wages,” Noahpinion, December 30, 2020]

証拠に耳をかしてもらえるわけじゃないけれど…

この記事では,移民がやってきても,その国で生まれ育った人たちの賃金が下がらない理由を解説する(ただし,一握りの特別な状況ではもしかすると少しばかり下がるかもしれない).ただ,その話に入る前に,ぜひ理解してほしいことがある:誰も,この記事で意見を変えないだろうってことだ.それには2つ,理由がある.

第一に,人々は社会科学の証拠をほんきで信じていない.頑健な研究結果のほぼすべてが同じ方向を示していても,最低賃金の効果について大学の経済学者たちの意見が実証研究によって変わるまで,何年も,何年もかかった.大学の経済学者ではないふつうの人となると,信頼できる社会科学がどういうものなのかってことがなおさらわかっていない.

第二に,ぼくの経験では,移民反対の人たちは「移民制限すべし」という信念をすっかり固めている.この信念は,不動の北極星みたいなものだ.信念を支えるあれこれの論拠は変わる――「賃金が下がる!」「環境が破壊される!」「頭脳流出!」「法の支配!」「文化の変化!」などなど――でも,政策の結論はずっとブレない.この人達は,自分がやりたいことをわかってるわけだ.

というわけで,この記事は移民反対の人たちを説得して,意見を変えさせることはないだろう.それに,きっと,移民をもっと入れる必要があるという話に一般のみなさんが憤慨していきりたつこともないだろう〔真に受けないので〕.それでも,この話を書いておくのは大事だ.べつに,ぼくが《実証的証拠》のために凄絶な戦闘に赴いて戦死するも上等な不屈のサノバビッチだからなだけではなくて,20年ほど経ってアメリカからいまのようなアイデンティティや国民意識をめぐる狂熱が消え去った頃には,きっと大勢の移民を迎え入れる態勢が整っているだろうからだ.そのときがついにやってきたら,ここに書く論証が意味をもつだろう.

理論

たいていの人たちは,労働市場が需要と供給で決定されていると思っている.実は,労働市場全般を考えるのに,このモデルはいまいちだ.でも,ここでの目的に合わせて,需要と供給で考えることにしよう(もっと詳しい話は末尾の註記を参照).

基本的に,移民がやってくるのは労働供給の増加だとたいていの人たちは考える.労働供給は,所与の賃金で働く意欲がある人たちの数だ.だから,人が増えれば所与の賃金で働く人も増える.労働供給が増えると,その結果として賃金は下がる.

そこはヨシとしよう.でも,移民たちがやるのは,はたらくことばかりじゃない.移民たちは買い物もする.賃貸住宅も借りる.食べ物を買う.散髪にも行く.医者に診てもらうこともある.

そういうものの産出には労働が必要になる.食べ物には労働が必要だ.散髪には労働が必要だ.医者の往診には労働が必要だ.新しい賃貸住宅を建てるには労働が必要だ.入国初日に移民がすぐさまお金を使い始めるわけではないとしても,移民の波がやってくるのを目にした企業は自分たちの製品の需要が増えるとわかる.すると,そうした企業は人をもっと雇う.人をもっと雇うには,賃金を上げないといけない.

というわけで,移民は労働供給だけでなく労働需要も増やす.こんな具合だ:

プラスの労働供給ショックが起こると,賃金は下がる.プラスの労働需要ショックが起こると,賃金は上がる.もしかすると,この2つのうち一方の効果の方が少しばかり大きいかもしれない.あるいは大きいのは他方の効果かもしれない.ともあれ,2つの効果はおおよそ相殺される.

これが本当かどうか確かめるには,赤ちゃんについてちょっと考えてみるといい.新しく世代が現れるたびに,その世代は前の世代よりも人数が多くなる.そうした若い人たちがそのまま労働供給の増加になれば,人口が増えるたびに賃金は下がっていくだろう.でも,明らかにそういうことは起きていない.なぜなら,若い人たちは買い物もするからだ.彼らが買い物をする分だけ,労働需要が押し上げられ,それによって賃金も押し上げられる.

移民とは,たんにヨソからやってきた赤ちゃんのことだ.

証拠

お察しのとおり,移民がやってくると賃金が下がるのかどうかという問いを経済学者たちはかなり研究してきた.この問いは,異論も聞かずに「移民は減っていて,賃金は上がってるじゃん,だから移民の減少が賃金上昇を引き起こしたんだろ」と結論を下せるたぐいの問題じゃあない

全体の相関だけ見てすませられない理由をほんのいくつか紹介しよう:

  • #1. おそらく移民は景気がいい場所に引き寄せられる.そうした場所では,賃金は勝手に上がっている.それどころか,そもそも景気がいいから移民がやってくるのかもしれない.
  • #2. 景気後退やパンデミックは,賃金を上げる原因になりうる.景気後退やパンデミックで移民たちが出て行ったとしても,最初になくなるのは低賃金の雇用だからだ.〔※低賃金の雇用がなくなれば,全体の平均賃金は上がるかもしれない〕
  • #3. その国で生まれ育った人たちは,さまざまな労働者グループにわかれる.移民が競合するのは,そのうち一部のグループかもしれない.たとえば,あまり教育のない移民たちが主に競合するのは,高卒未満の自国生まれの人たちかもしれない.
  • #4. 各種の低賃金産業が拡大すると平均賃金は下がるだろう.でも,実のところ,たんに以前よりも雇用が増えていて,その雇用が低賃金産業に集中しているだけの話だ.
  • #5. 移民がやってくると,自国生まれの労働者たちがどこかの分野から追いやられるかもしれないし,逆にそこに引き入れられるかもしれない

…などなど.

経済学者たちはこういう問題を回避するためにいろんなトリックを使う.第一に,経済とほとんど関係がなさそうな事態で引き起こされた移民の大規模流入の事例を,彼らは見つけ出そうとする――たとえば,戦争や政治的迫害で難民が大量にどこかに流入した事例だ.第二に,移民が流入した地域と,移民が流入していないこと以外はありとあらゆる経済的な要素でそこと類似している地域とを,経済学者たちは比較しようと試みる.第三に,適切な比較対象となる集団に目を向ける際に経済学者はすごく慎重になろうとつとめ,自国生まれの労働者たちが流入したのか流出したのかに注意する..

さて,移民流入が賃金に及ぼす影響を研究した論文をいくつか紹介しよう.文献の一部を都合よく選び出さないようにするため,紹介する論文はあれこれの文献レビューに出てきたものを選んだ.以下に並べた論文は,過去20年間に公表されたものだ.それ以前の研究は,サーベイ論文で要約されている.

難民の大量流入に関する研究

難民の大量流入は,すぐれた移民研究の題材になる.これには3つの理由がある.第一に,〔難民の場合は〕移民が母国を去った理由がわかっている.しかも,経済的な機会を求めての流入でないことがわかっている.第二に,難民は地理的にいちばん近い国に向かうか,自分たちを歓迎してくれるのがはっきりしている場所に向かうという傾向がある.第三に,難民は貧しい国出身の人たちの無作為標本になりがちな傾向がある.そして貧しい国々は教育水準が低い傾向にあるため,難民は移民制限派がなにより恐れる低技能労働力である場合が大半だ.

1. Doruk Cengiz and Hasan Tekguc, “Is It Merely A Labor Supply Shock? Impacts of Syrian Migrants on Local Economies in Turkey”.

この論文は,シリア戦争から逃れた難民たちが隣国トルコに流入した効果を分析している.この論文によれば,トルコの労働者たちにマイナスの影響はなんら及んでいない.教育水準が低い方の人々でさえもだ.この研究では,地域の需要と投資が増えているのを見出している.これは,移民流入が労働需要を増やすショックになるという考えと整合する.

2. Joakim Ruist, “The labor market impact of refugee immigration in Sweden 1999–2007”.

スウェーデンでは,分野別の交渉で賃金が設定される.このため,著者は難民が雇用に及ぼした影響を検討している.この研究では,移民流入が自国生まれの労働者たちの失業を引き起こしてないのを見出している.

3. Ali Fakih & May Ibrahim, “The Impact of Syrian Refugees on the Labor Market in Neighboring Countries: Empirical Evidence from Jordan”.

これもシリアからトルコに流入した難民を研究している.著者たちによれば,移民流入によりわずかながらマイナスの影響が生じているのが見出されるという――住宅価格と食料品価格がわずかに上がり,難民が大勢いる地域への国内移動がわずかに減っている.だが,労働市場への影響はない.

4. Rachel M. Friedberg, “The Impact of Mass Migration on the Israeli Labor Market”.

この研究は,旧ソ連の崩壊時に国を出てイスラエルに移ったユダヤ人たちを検討している.この研究では,難民が大勢入ってきた職業カテゴリとそれほど多く入ってこなかった職業カテゴリに着目して,移民流入でなんらマイナスの影響が生じていないのを見出している.

5. Mette Foged & Giovanni Peri, “Immigrants’ Effect on Native Workers: New Analysis on Longitudinal Data”.

この研究では,80年代~90年代にデンマークへ難民たちが逃れたときに教育水準が低い層のデンマーク人たちがより多くの教育を受け最終的により高い賃金を得たのを見出している――つまり,長い目で見て,移民流入によって自国生まれの人たちの賃金が上がったわけだ.

6. Giovanni Peri & Vasil Yasenov, “The Labor Market Effects of a Refugee Wave: Synthetic Control Method Meets the Mariel Boatlift”.

この論文は,〔キューバの〕マリエル事件を検討している.この事件では,主に低技能の人たちをキューバからマイアミにフィデフ・カストロが出国させた.著者たちは,マイアミの労働市場と他の各地の都市の労働市場とを比較して,なんらマイナスの影響を見出していない.高校中退者にすらマイナスの影響は見られない.

その他の研究

1. Leah Platt Boustan, Price V. Fishback, & Shawn E. Kantor, “The Effect of Internal Migration on Local Labor Markets: American Cities During the Great Depression”.

国内の移住者は,移民とよく似ている.この論文では,もともと暮らしていた町の経済状況が悪いために国内で移住せざるを得なくなった人々に着目している――たとえば,「ダストボウル」〔アメリカ中西部で1930年代に発生した砂嵐〕で移住を余儀なくされた「オーキー」たちがそうだ.著者たちは〔移住者が入ってきた土地の〕地元民たちにマイナスの影響がいくらか生じているのを見出しているけれども,賃金に影響は見られない.

2. Greg Howard, “The Migration Accelerator: Labor Mobility, Housing, and Demand”.

この論文も合衆国内での移住に着目して,伝統的な移住パターンを利用して,国内移住者たちが移住を余儀なくされた期間を特定しようと試みている(e.g. 地元経済の悪化による移住).著者たちによれば,国内移住者たちが流入してくると,住宅建設のブームが引き起こされ,これが地元労働市場を支える――さっきの単純な理論から予測されるとおりになっている.

3. Aslan Zorlu & Joop Hartog, “The effect of immigration on wages in three European countries”.

この論文は,オランダ・イギリス・ノルウェーへの移民流入を検討して,自国生まれの人々の労働市場になんらの影響も見出していない.

4. Francesco D’Amuri, Gianmarco I.P. Ottaviano, & Giovanni Peri, “The labor market impact of immigration in Western Germany in the 1990s”.

この論文は,ベルリンの壁崩壊の後におきた東ドイツから西ドイツへの人の流入を検討している.自国生まれのドイツ人たちの賃金になんらマイナスの影響は及んでいないのをこの論文は見出しているけれど,他方で,東ドイツの人々が西ドイツで既存の移民たちと競合して彼らの賃金が押し下げられたことを見出してもいる.

5. Herbert Brucker & Elke Jahn, “Migration and Wage‐setting: Reassessing the Labor Market Effects of Migration”.

これもドイツの研究で,上にある D’Amuri et al. の研究とだいたい同じことを見出している.

6. Michael A. Clemens, Ethan G. Lewis, & Hannah M. Postel, “Immigration Restrictions as Active Labor Market Policy: Evidence from the Mexican Bracero Exclusion”.

メキシコ人ゲストワーカーのプログラムをアメリカが終わらせたとき,それまでゲストワーカーに頼っていた地域の労働市場になんら影響が見られていない.

7. Philipp Ager & Casper Worm Hansen, “Closing Heaven’s Door: Evidence from the 1920s U.S. Immigration Quota Acts”.

この論文は,1924年にアメリカが大半の移民入国を禁止したときにアメリカ各地の都市になにが起きたか検討している.黒人労働者たちは少しだけ便益を得たものの,さまざまな分野の製造業が打撃を受け,自国生まれの労働者たちは賃金がより低い職に追いやられた.

サーベイ論文

1. Sari Pekkala Kerr & William R. Kerr, “Economic Impacts of Immigration: A Survey”.

移民流入に関連した数多くの主題に関する一群の論文の包括的な概観.賃金に関するセクションでは,多くの研究を検討して,「記録されている賃金の弾力性は小さくゼロ近傍に集中している」のを見出している――つまり,移民流入による賃金への影響は小さいかゼロだってことだ.

2. Liesbet Okkerse, “How to Measure Labour Market Effects of Immigration: A Review”.

移民流入研究のメタ分析.ここで検討されている各種研究では,労働市場への影響はごく小さいかゼロなのが見出されている.

3. S. Longhi, P. Nijkamp, & J. Poot, “Joint impacts of immigration on wages and employment: review and meta-analysis”.

移民流入研究のメタ分析.ここで検討されている各種研究では,労働市場への影響はごく小さいかゼロなのが見出されている.

4. Christian Dustmann, Albrecht Glitz & Tommaso Frattini, “The labour market impact of immigration”.

この論文は,イギリスへの移民流入に関する証拠を調査して,労働市場への影響がかりにあったとしてもごく小さいのを見出している.

Card論文はどうした? Borjas は?

マリエル事件を研究した David Card の有名な論文がある.この論文では,労働市場への影響がないのを見出している.他方で,George Borjas という経済学者がいて,この人はどういうわけか既存の他の経済学者たちの言い分ほぼすべてに矛盾する論文をあれこれと書いている.Borjas のそういう論文のひとつに,教育水準があまり高くないマイノリティの労働者というごく一握りの集団にマイナスの影響が見られると主張するものがある.Borjas の論文はすごくマズイ.彼の論文は信じられないほど細かくデータを薄切りにしてようやくマイナスの影響を見出している.標本サイズを,わずかな観察例にまで縮めていて,統計分析に不十分なものにしている.他の経済学者たちは,その一握りのデータですら,実は計測法を変更した結果なのを見出している.Borjas の研究がすごくおそまつなのを露呈しているわけだ.だから,上記のリストに彼の研究は入れていない.ただ,公正を期すために,Card の研究も除外してある.

結論

というわけで,上に並べた一群の論文から,移民流入はときになんらかの小さなマイナスの影響を労働市場に及ぼすことがあるのがわかる.〔2008年金融危機からはじまった〕大不況のような経済の破局のまっただなかでは,雇用が稀少になって,移民流入でごく一部の人たちが雇用から蹴り出されることがある.新規にやってきた移民たちは,すでにその地域にいる移民たちと競合しうる.

でも,全体を見ると,移民流入は――いちばん技能が低い移民たちの流入であっても――自国生まれの人たちの賃金にほんのわずかな影響を及ぼすか,まったく影響を及ぼさない.それに,ときにプラスの影響すら及ぼすことがある.いちばん有望な理由としては,さっき説明したように,移民流入で労働供給が増えるだけでなく労働需要が促進されるから,ということが考えられる.

もちろん,さっき行ったように,17件の論文で――あるいは1700件の論文で――移民反対の人たちが考えを変えるとは期待しちゃいけない.いかにも賢そうに顎をなでて見せたり,Borjas を引用したり,移民流入が減るのと同時に(あるいはその数年前に)賃金が上がってる事例を持ち出したりすることだろう.あるいは,議論を環境への影響や頭脳流出や文化の変化などなどにずらして,そういう他の懸念事項にこちらが答え始めたところでまたしても労働市場の話に切り替えたりすることだろう.

でも,いまこれを読んだキミは,移民流入が賃金を下げないとわかってる.そしていつの日か,その知識でなにごとかできるかもしれない.

モデルについての註記:需要と供給は,実のところ,労働市場のモデルとしていまいちだ.労働市場は,もっとややこしい.需要・供給以外の要因としては,まず,独占力が挙げられる.独占力とは,従業員の賃金を雇用主が決められる力のことだ.独占力は,移民流入が労働市場に及ぼすマイナスの影響を強めうる.ただし,大半の場合にはおくにちがいをもたらすほどではないらしい.これは,さっき挙げた各種の研究が示しているとおりだ.また,上掲の論文のうちいくつかでは,もっと複雑で現実的(だといいな)労働市場モデルを提示している.だから,興味があればそっちをあれこれ読んでみるといい.どれも,基本的な結果を変えるものではない.


Comments

  1. ヤマダタロウ says:

    これって経済全体論であって且つ国体の結果ですよね
    そういう意味で当たり前過ぎ
    移民を受け入れたその国の中の「ある個人」の立場で言えば
    やはり賃金は下がるんですよ
    最下層の「ある職種の仕事をしたい個人」に(なんでもいいから仕事がしたい人じゃないですよ)に焦点を当ててほしいもんです

  2. えんき says:

    日本の技能実習生が分かりやすい反論に成りますね。
    農家はマトモな給料を払う気が無いから外国人を雇うわけですが、
    技能実習生制度が廃止された場合、それでも人手が必要ならば
    マトモな給料を払って日本人を雇う必要が出てきます。
    その結果、農産物の価格は上昇し、念願のインフレも訪れます。
    移民の流入が賃金だけでなく物価のデフレも招いているわけです。

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