ビクター・ゲイ, ダニエル・ヒックス, エステファニア・サンタクル-バスート 『言語がジェンダー規範について教えること』 (2016年9月10日)

Victor Gay, Daniel Hicks, Estefania Santacreu-Vasut, “What languages can teach us about gender norms of behaviour,” (VOX, 10 September 2016)


 

実証データは、多様な形式におけるジェンダー格差が、ジェンダーを区別する言語をもつ国において多くみられることを示唆している。しかしこうした傾向が生ずるのは単なる見かけに過ぎない可能性もある。というのは、言語とそのほかの文化的制度は歴史を通して共進化 [co-evolved] してきたものだからだ。本稿では、疫学的手法を用いてその他の文化的影響から分離したうえでも、言語は重要性を見せるのかについて、直接的実証データを提示する。発見は、ジェンダー役割が如何に形成、恒常化されてきたのか、そして窮極的には、どうすればそれを変えることが出来るのか、これらの点に示唆を与えるものとなった。

言語を、それ自体として研究に値する重要な文化的特性であると考える研究経済学者がますます増えている。近年の研究により、諸言語の文法構造とその話者の経済行動との間に見られる幾つもの興味深い相関関係が記録されており、その中には例えば、未来時制の存在と個人の異時間点の意思決定行動とのあいだに見られる相関関係をはじめ、性別に基づく文法上のジェンダーの存在と、家庭・職場・政治の領域におけるジェンダー格差とのあいだに見られる相関関係などが含まれている (Givati and Troiano 2012, Malaksvian 2015, Hicks et al. 2015)。

だが、ここで重要な疑問が浮上する。諸言語が行動に関するその他の文化的規範と伴に共進化してきたものならば、尤も実際そうなのだが、こうした相関関係も見かけだけの擬似的なものであったり (Roberts et al 2015)、或いは制度的環境 [institutional environment] 自体に依存したものである (Gay et al 2016a) ことも考え得るからだ。諸言語の研究を通して学び得る事柄は、実際のところどれ程存在するのだろうか? 今回明らかになったその答えを述べれば、実に多くの事柄が存在する、となる。

近時の研究で我々は、疫学的手法を活用した言語研究を試みている。元来生物学の領域で遺伝的要因の役割を環境的影響から分離するために利用されていた疫学的手法だが、社会科学の分野では通例、特定の文化的要因が及ぼす影響の分離を目指して行われる、共通の制度環境下にある諸般の移民人口層の研究をさし、近年では本手法をジェンダー役割の形成・恒常化といった文化的行動規範研究に採用する例も幾つか現れている (Fernández and Fogli 2009, Fernández 2011, Blau et al. 2011)。

移民が国から国へと渡り歩く際にはその身に染み付いた文化の一定側面を保ちつつも、母国における外部的影響の多くから脱してゆくものなので、研究者は疫学的手法の活用を通し、特定の文化的特徴群の関数として行動を研究することができ、多くの形態の擬似的的相関関係を軽減できる。我々は先ず、この戦略を取入れた幾つかの研究プロジェクトを取上げ、ジェンダー格差を引き起こす背景因子の1つに光を当てよう。

Case 1. ジェンダー規範の形成と恒常化: 移民の家庭内行動にみる実証データ

一般的に女性のほうが男性よりも多くの家事を行っているが、この傾向は国や時代によってその程度を極めて大きく変える。何故だろうか?

我々は合衆国における時間の使い方調査データを活用し、性別に基づく文法的区別に依拠した言語が支配的となっている国を出自とする女性移民について、その家事負担割合がとりわけ大きくなっていることを明らかにした (Hicks et al. 2015)。言語の文法が性別に基づく文法的区別を多く取り入れているほど、女性に伸し掛かる負担が大きくなるのである。この様にして生じたギャップは相当大きく、女性の負担する家事の9%増加、男性の負担する家事の28%減少に相当する (爾余の移民世帯と比較した場合の数値。なお、非移民世帯と比較するのなら、こちらの移民世帯にしても歪度は高い)。

さらに付け加えると、こうした世帯における分業状態には、既成観念的なジェンダー役割に沿って、例えば男性が自動車メンテナンスと家屋修復を行い、女性のほうは料理や掃除により多くの時間を割当てるといった形態が顕著に見られる。面白いのは、こうした行動傾向が一人暮らしをしている個人の間にも存在する点で、婚姻関係における交渉力や専門化がこの結び付きを生じさせているのではないことを示唆している。

しかし本当に言語そのものがここで何らかの役割を果たしているのだろうか。この点を解き明かすため我々は、移民を [移民先国への] 到着時年齢にしたがって区分したうえ、この区別に基づき同一の国から他の国へと渡った個人を比較した。ところで、個人が言語習得に最も優れた能力を発揮するのは人生初期の時点であると数多くの研究者が明らかにしている。ということは、後年の到着者は英語ではなく母語を話す見込みが高くなると考えられる。

図1は、女性のジェンダー有標言語話者が負担する家事について、その他の女性移民との比較における追加的格差を示したものだ (分単位で日毎に表示)。ジェンダー役割の鮮明な歪みが、8歳あるいはそれ以降に移民してきた個人の行動に出現しており、これは言語習得の臨界期に関する実証データとも整合的である (Bleakley and Chen 2010)。

図1 移民時の年齢毎に見た家事におけるジェンダーバイアス

この傾向は男女両性の行動から生じている。図2には1日あたりの家事総計を示した。ジェンダー有標言語話者の内部では、女性が家事に充てる時間が多くなっているだけでなく、さらに男性がこれに充てる時間のほうも少なくなっている。

図2 ジェンダー・ジェンダー化言語 (GA)・移住時年齢毎に見た家事分担 (信頼区間付きの回帰調整済み平均値)

面白いことに、移住後の経過時間はこの関係の緩和に殆ど為すところが無いことが分かっている (図3)。これは、一度習得されたジェンダー役割は一生のあいだ恒常化すると示唆している。

図3 移住後の経過時間毎にみた家事におけるジェンダーバイアス

こうした傾向が、言語と相関関係をもつ、移住以前に存在したその他の文化的影響によって惹起されていることは在り得るだろうか? もちろん在り得るだろう。尤も本調査結果からは、その他如何なる影響であっても同じ様な形で人生サイクルを通して作用していなくてはおかしいことが示唆される。ジェンダー化言語のみがこうした規範を下支えしているのかという点を脇に置いても、前述の発見から我々は別の事柄を経験的に学ぶことができる。つまり、行動に関するジェンダー規範は人生早期に形成され、いちど発達すれば、心身に深く根付いてしまうものなのだと。

Case 2. 移民の労働市場行動にみる実証データ

Hicks et al. (2015) では言語を利用しつつ、個人のジェンダーアイデンティティ形成の厳密なパターン、すなわち発達の時期と、その恒常化に関して新たな実証データを提示している。しかし、ジェンダー役割が固定化する人生初期には人々に影響を与える得る要因が数多く存在するために、同論文著者らもこうした規範を厳密に何らかの単一な原因に帰結するまでには至っていない。そこで我々は、言語をその他の要素から分離するため、今ひとたび疫学的手法を活用し、職場に見られる一連の対抗的ジェンダー規範群の研究を試みた。

Gay et al. (2016c) で我々は、詳細な合衆国国勢調査記録を活用し、出自国を同じくし出自に類似の祖先 [ancestry] をもちながらも、自ら話す言語の構造のほうは様々に異なっているような移民について、その労働市場アウトカムの比較を行った。結果、こうして同一出身国をもち、同一の民族集団を出自とする移民を対象とした固定効果分析を通して観察されるバラツキに考察を限定した場合でも、言語を区別基準として我々が観測したジェンダーギャップは依然として保たれたのである。

こうしたギャップは大きく、合衆国への女性移民の間でも、性別に基づく文法上のジェンダー区別を行う言語話者では、該当年度を通した労働市場参加・労働時間・労働週数が有意に低くなっている。労働市場参加に関して言えば、平均的移民を考慮する場合、差分の大きさは約11%ポイントになる。

本分析により確かになったのは、多くのジェンダー役割は言語中のジェンダーへの露出に帰し得るものではないことである。代わって、言語と労働市場アウトカムとの間の相関関係の少なくとも3分の2がその他の文化的影響力から生じており、言語的構造からの直接的影響に帰結し得る部分は最大でも3分の1しか残らないことが分かった。

Case 3. 歴史的展望

Hicks et al. (2015) とGay et al. (2016c) で我々は、近代の移民人口層に見られる世帯労働および労働市場に関わる選択を調査したのだったが、時の流れとともにジェンダー格差には顕著な変化が現れており、これは合衆国とその他諸外国の両方について当てはまる。例を挙げれば、合衆国への移民の間に見られる労働市場参加率のギャップは20世紀を通して相当縮まってきた (Figure 4)。

図4 合衆国への移民の労働市場参加率 (1910年から現代まで)

我々はGay et al. (2016b) でこの点にさらなる考察を加えているが、その際には1910年から現代までの歴史的な国勢調査データを活用した。殊更興味を惹くのは、この期間を通して、合衆国への移民のプールに変転が見られた点である。20世紀初頭、最大規模の移民の波はヨーロッパに端を発していたが、時代とともに移民の出所はアジアやラテンアメリカに移行していった。

移民プールの構成および合衆国労働市場での機会の変化は、言語におけるジェンダーとジェンダー格差との関係にどの様な影響をもったのだろうか? その答えは図5に示されている通りで、出自国固定効果を考慮した後でもなお、影響は驚くほど僅かだったのである。

Figure 5図5 合衆国への移民の間に見られる言語構造および労働市場参加率におけるジェンダーギャップとの間の相関関係

こうして我々は、1910年から現代に至る全期間を通し、性別に基づくジェンダーを備えた1言語の使用が、女性の労働市場参加率低下と結び付いていることを示す実証成果を得た。これらの調査結果は、言語とジェンダー役割との間に観測された関係が顕著な頑健性をもつことを示唆している。

結論

我々は2012年のVox論考で、言語は経済を形成するのかという実に興味深い問いの探求にあたっては、移民の研究がこの先実り多い道筋となるのではないかと結んで筆を置いたが (Gay et al. 2012)、今回の研究はまさに、言語というものが人間の行動に関する実に多くの事柄を教える力をもっていることを示唆するものとなっている。

第一に、言語的差異はジェンダー規範の形成・恒常化などに関わる新たな実証データを発見する際に利用し得るものである。第二に、言語におけるジェンダーとジェンダー格差の間に観察された結び付きには20世紀の流れを通して顕著な一定性が見られるので、言語は1つの文化的指標として、我々にジェンダー役割の起源と恒常化について教える極めて重要な役割を果たす可能性を秘めている。最後に疫学的手法だが、これにより言語の影響を国家出自要因の影響から分離することが可能となる。本研究による暫定的実証成果は、ジェンダー役割の大部分がその他の文化的および環境的影響に帰し得るものである一方、直接的な言語の役割もまた看過すべからざるものであると示唆している。

この先の言語と経済学の研究は、言語構造の差異の起源に関する説明をさらに発展させ、疫学的手法を取入れつつ言語が持つジェンダー以外の要素の分析も行ってゆく必要がある。Galor et al. (2016) による近年の研究は、こうした方向に向けての目覚ましい一歩だ。実験的手法もまた、この新興分野についてさらなる洞察を与えてくれるはずだ。

参考文献

Blau, F D, L M Kahn and K L Papps (2011) “Gender, source country characteristics, and labor market assimilation among immigrants”, The Review of Economics and Statistics, 93.1: 43-58.

Bleakley, H and A Chin (2010) “Age at arrival, English proficiency, and social assimilation among US immigrants”, Am Econ J: Appl Econ, 2(1): 165–192.

Chen, K M (2013) “The effect of language on economic behaviour: Evidence from savings rates, health behaviours, and retirement assets”, American Economic Review, 103(2): 690-731.

Fernández, R (2011) “Does culture matter?” in Handbook of Social Economics, 481-510.

Fernandez, R and A Fogli (2009) “Culture: An empirical investigation of beliefs, work, and fertility”, American Economic Journal: Macroeconomics, 1.1: 146-177.

Galor, O, Ö Özak and A Sarid (2016) “Geographical origins and economic consequences of language structures”, Available at SSRN.

Gay, V, E Santacreu-Vasut and A Shoham (2012), “Does language shape our economy? Female/male grammatical distinctions and gender economics”, VoxEU.org, 29 August.

Gay, V, D Hicks and E Santacreu-Vasut (2016a) “Migration as a window into the coevolution between language and behaviour”, in The evolution of language: Proceedings of the 11th international conference.

Gay, V, D Hicks and E Santacreu-Vasut (2016b) “Language and gender roles among immigrants to the US: A historical perspective” in Studi di Genere: Il Mondo Femminile in un Percorso Interdisciplinare, R Edicusano and P Paoloni (eds).

Gay, V, D Hicks, E Santacreu-Vasut and A Shoham (2016c) “Decomposing culture: Can gendered language influence women’s economic engagement?” Fox School of Business, Research Paper No 15-046.

Givati, Y and U Troiano (2012) “Law, economics, and culture: Theory of mandated benefits and evidence from maternity leave policies”, Journal of Law and Economics, 55.2: 339-364.

Hicks, D, E Santacreu-Vasut and A Shoham (2015) “Does mother tongue make for women’s work? Linguistics, household labor, and gender identity”, Journal of Economic Behaviour & Organization, 110: 19-44.

Roberts, S G, J Winters and K Chen (2015) “Future tense and economic decisions: Controlling for cultural evolution”, PloS One, 10.7: e0132145.

 

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