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ブランコ・ミラノヴィッチ「格差研究の歴史」(2020年11月8日)

The history of global inequality studies
Sunday, November 8, 2020
Posted by Branko Milanovic

 私はこの間、グローバル格差研究の起源について、クリスチャン・クリスチャンセンによって書かれた非常に素晴らしい論文を読んだ。この論文はまだ発表されていないためここで引用することはしないが、興味のある読者には、これと同じテーマを扱った、彼とスティーブン・ジェンセン(編集者)による素晴らしい著書『Histories of Global Inequality(グローバル格差の歴史)』に収められた、特にイントロダクションの論文を読むことを勧める。

 クリスチャンセンは、世界的な格差の概念が過去70年間において、どのように変容してきたかを研究している。彼は、世界的な格差といえば植民地と宗主国の間の格差であったポスト植民地主義の考え方から、第三世界主義と構造主義、次に新国際経済秩序、そして最終的に世界的新自由主義へと至るまでの道のりを示している。「global inequality(グローバル格差)」という言葉は、ミック・マクリーンとマイク・ホプキンスによる世界的な食糧危機に関する1974年の論文『“Problems of World Food and Agriculture: Projections, Models and Possible Approaches(世界的な食糧と農業の問題:見通し、モデル、そして可能なアプローチ)”, Futures』において初めて紙上に登場する。「グローバル格差」が、世界の市民間に所得格差があるとの概念に結びついたのは1990年代に入ってからのことである。

 また、クリスチャンセンの著作については、最近出された本で、対象が広範囲に及びながらも同じテーマにおけるイデオロギー的領域をカバーしている優れた2冊の著書(サミュエル・モインの『Not Enough(不十分)』とクイン・スロボディアンの『Globalists(グローバル主義者)』)と併せて読むと非常に有益であることも述べておきたい。これら2冊についてはここここで書評を書いている。

 クリスチャンセンは、私が少しだけ考えたもののまだ書き記したことのない質問を投げかけている。あるアイデア(ここではグローバル格差についてのアイデア)はどのようにして生まれるのか?それらはどのようにして定式化されるのか?長い間、無視されてきただけでなく、(アイデアとして)存在すらしていなかったにもかかわらずどうして人気が出てきたのか?私はグローバル格差研究におけるこれらのプロセスに関わってきた身として、どのようにしてこのプロセスが生じたと(少なくとも私には)思われるのかを説明したいと思った。

 イデオロギー、政治、データ、知識社会学という4つの力の相互作用を考えるのが有用である。

 1980年代と1990年代では、格差についての考えや研究に対して、世界銀行や学会の風当たりが強い状況であった。おそらくこんなことはこれまでにはなかっただろう。例えば、1970年代には世界銀行が格差に関する研究のパイオニアであったということは覚えておいて欲しい。私は1974年にシェイル・ジェインによって出された世界における所得格差統計の編纂を初めて目にしたときに、どれだけ興奮したかを覚えている(その時の私はベオグラードの経済学研究所で働いていた)。それまではこれに似たようなものは存在していなかったのである。当時世界銀行にいたモンテク・アルワリアとグラハム・パイアットは、非常に影響力のある論文をいくつか書いている。

 しかし、荒涼とした新古典派経済学の勝利により、格差研究は主流からは一掃された。ただし、開発経済学においては格差研究がまだ残っていた。しかし、1980年代に世界銀行も支持していた新自由主義により、それもすぐに排除されてしまった。アン・クルーガー1 の有害な影響力がそうさせたのである。このように、基本的にはイデオロギーが「格差は研究する価値のないテーマであり、それのために能力を無駄にしてはならない」と教えていた。

 さらに、やや皮肉にも、貧困研究が重視され始めたことで、格差研究の影が薄くなった。前者は、私が、富裕層によってなされる「モラル・ロンダリング」と呼んだものだった。権力者たちは、貧困研究によって自身が「恵まれない人々」の窮状に無頓着、または無知ではないということを示すことができるという理由で貧困研究の方を好んでいたのである。またそれが、彼らのイデオロギー的支配の支えにもなっていた。(私は『The haves and the have-nots(持てる者と持たざる者)』の中で、ワシントンの一流シンクタンクのトップが、「ミラノヴィッチ君は、履歴書内の関心項目を、“格差”から“貧困”に変えるべきじゃないのかね」と言ってきた逸話を紹介している。お金持ちの役員たちが「格差」という言葉に対してアレルギーを持っていたからである。)

 それから政治的問題も存在していた。世界銀行に加盟する多くの国々は、世界銀行が自国の格差について調査することを嫌い、そうした調査の認可やデータの共有を拒んでいた。これはトルコ(数十年とまでは言わないが、数年間にわたって、世界銀行による格差の調査が行われなかった)や中東(アルジェリア、チュニジア、シリア)のような国々にも当てはまる。東欧では、ルーマニアがこうした調査のアイデアを受け入れられず、データを公表しなかった。ユーゴスラビアにおいても、全国的な調査によって国内の富裕層と貧困層の間に存在する格差が大きく拡大していることが明らかになると予想されたため、富裕層からの強い抵抗があった。そして、アフリカの多くの国々では家計調査を実施する公共機関の能力が欠如しており、格差を調査するためのデータが存在していなかった。従って、データがない場合(アフリカ)や、世界の大半がデータを公開したくない場合(中国はここのリストに含まれるだろう)、また各国が世界銀行に加盟しなかった場合(ソ連やキューバ)は、世界人口の3分の1以上の人々が調査対象から外れてしまうため、「グローバル格差」の研究をしたところでほとんど意味がなかった。

 1980年代後半になると、ソ連でグラスノスチ(情報公開政策)が行われたことでソ連国内のデータが初めて本格的に公開され、アフリカのデータ収集能力が向上したこともあり、状況が変わり始めた。中国も1980年代半ばから、断片的ではあるものの所得分布のデータを提供するようになった。これら全てが重なり、1990年の「世界開発報告」以降、世界銀行が世界的な貧困の評価やモニタリングに乗り出した。この活動のイデオロギー的裏付けは、世界的な貧困削減に焦点を当てた国連によって提供された。しかし、ここまでの全てが示唆するように、データ収集はもうそれほど問題でなくなっていたが、イデオロギーが主要な障壁となっていた。

 私が初めてグローバル格差の研究をしようと思い立ったのは1994年ごろで、世界的な貧困の研究に用いられたものと同じデータをグローバル格差の研究で「再利用」できるのではないかと考えたのが(一つの)きっかけであった。グローバル格差に関する私にとっての最初の論文は1999年に発表された。(最終版はこちら。)(クリスチャンセンの論文に触発されて私も昨日これを再読したのだが、ここで述べられていることが方法論的にも本質的にも、今日でも議論されているほとんど全ての問題を予見していたことに嬉しい驚きがあった。)

 しかし、何かを研究することに対してイデオロギーが「(不利に)作用する」ようになると、それをわざわざやる人は非常に少なくなる。簡単に言えば、格差研究を忌避するようなインセンティブが揃っていたのである。こうなると研究への資金提供は行われない。またこのような研究は主題から外され、無視されることになる。これこそが世界銀行の中で起きたことである。

 一方で、世界銀行の研究は、一部の人が想像しているような階層的で独裁的な方法で組織化されたものでは決してなかったことは認識しておく必要がある。出版物でそれなりの成功を収めることができれば、それに関連するテーマを多少とも研究することが可能になる。世界銀行からの手厚い資金支援やメディアの取材を受けることはできないかもしれないが(より政治的に受け入れられやすいトピックが優先されるため)、強く阻止されたり、禁止されたりするようなことは少なくとも私の場合にはなかった。

 現在人気のないトピックの研究に参加するのは、レースで勝つ可能性の低い馬に賭けるようなものだ。大抵の場合、その馬は負けるため、当然のことながらほとんどの人はその馬に賭けるのを避ける。しかし、時には運よく勝つ可能性もある。

 何が重要なのかと問われれば、自分の情熱や関心に従うことだと答えるのがよくある答えだろう。しかし私は、これは世間的には良いアドバイスである一方で、実用的な有用性は限られているように思う。何を研究するかを選ぶときには、(自分が生きている間の)外面的な成功への期待や野心は低く抑えておくべきだということも加えておきたい。そうすれば、決して失望することはないだろう。

  1. 訳註:アメリカの経済学者。ワシントン・コンセンサスと呼ばれる新自由主義的な市場改革によって、発展途上国や旧共産主義国の経済立て直しを図った。 []

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