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マクリアド & ウルキオラ「合衆国に最良の研究大学がある理由:インセンティブ・リソース・好循環」(2021年2月22日)

[W. Bentley MacLeod & Miguel Urquiola, “Why the US currently has the best research universities: Incentives, resources, and virtuous circles,” VoxEU, February 22, 2021]

【要旨】1875年に,世界の先進的研究大学は合衆国内にひとつもなかった.今日,上位大学の大多数が合衆国内にある.多くの観測筋は,この逆転の要因として第二次世界大戦前後の出来事を引く.だが,合衆国の大学は第二次世界大戦の前から,研究の先頭集団になりはじめていた.本コラムでは,合衆国の大学が研究を先導するにいたった理由の説明は,もっと前の時期から始めなくてはならないと主張する.そこで注目するのは,南北戦争後にはじまった改革によって,制度が研究に振り向ける各種のインセンティブやリソースが強化された点だ.


世界各地の多くの研究者たちにとって,アメリカの一流大学に職を得るのは羨望の的だ.バークレーやスタンフォードといった大学は,ただ給料がよいだけではない――そうした大学はすぐれた研究施設を有しており,なにより,強力な同僚たちがいる.こうした条件のおかげで,中国・フランス・ノルウェー・インドなど世界各国から才能ある博士課程の学生や教授たちが合衆国に集まっている (Cole 2009, Clotfelter 2010).

時計の針をもどして 120年~150年前にさかのぼると,情景は様変わりする.当時,多くのアメリカ人学者たちは海外の職を羨望のまなざしで見ていた.とくに,ヨーロッパの大学だ.この例証として,ノーベル賞受賞者たちがどこの大学で学びどこの大学で教授職についていたかを分析してみるといい――ノーベル賞をとるほどの人々を訓練したり職を提供していたりした大学は,研究の生産性が高い場所である傾向があるとみていいだろう.そうしたデータを見ると,1870年ごろの合衆国は後塵を拝していたのに対して,いまや明らかに先頭を走っているのがわかる.

合衆国の研究大学が世界のトップ集団になったのはいつ頃で,その理由は何だったのだろうか? この問いは,イノベーション政策から経済成長まで,さまざまな問いに関連している  (Helmers and Rogers 2010, Valero and Van Reenen 2016).

転換点をもたらしたものとして識者の多くが引いているのが,第二次世界大戦を取り巻く事象だ――たとえば,ドイツから合衆国へのユダヤ系学者の移住や,連邦研究助成金の増加が大きく取り上げられている (Graham and Diamond 1997, Gruber and Johnson 2019).第二次世界大戦が重視されるのはしごくもっともなことだ――アメリカの大学が強化される一方で当時のトップだったドイツを弱めた要因が,そこではとくに注目されている.

だが,前述のノーベル賞データを見ると,第二次世界大戦のずっと前から合衆国の大学が大半の国々と互角に並んだり追い抜いたりしていたことが見てとれる.この基準で見ると,合衆国の大学は 1910年までにドイツ以外の世界の大学を追い越し,1920年までにすべての国々の大学の先頭に立っている.

ここで提示する説明では,南北戦争後に始まった改革に着目する.一連の改革により,アメリカの大学制度が研究に回す各種リソースとインセンティブが強化された.〔第二次世界大戦よりも〕以前の出来事を強調する点で,我々のアプローチは Veysey (1965) や Goldin & Katz (1999) に近く,また,Urquiola (2020)と and MacLeod & Urquiola (2021) に依拠している.

こうした改革を理解するのに重要な観察が2つある.第一に,合衆国は高等教育に対して比較的に自由市場的なアプローチをとっている.たとえば,合衆国では顧客の需要を満たすために学校の参入が容易になっている.第二に,さまざまな大学が顧客に供給しているのは単一の「製品」ではない.大学は多岐にわたるサービスの複合的なセットを提供している.そのひとつが選別だ.ある学校が選別を産出するとき,その学校は仲間集団(ピアグループ)を「売って」いる――つまり,特定タイプの人々とふれあい関係をつくる機会を提供している.たとえば,賢い学生たちの需要に応える学校もあれば,裕福な学生たちの需要に応える学校もあり,芸術的な学生たちの需要に応える学校もある.

植民地時代から1800年代にかけて,アメリカの家庭は教派的な選別を求めた.たとえば,長老派教会の人々は長老派教会の大学に進学したいとのぞみ,聖公会の人々は聖公会の大学に,バプテスト派の人々はバプテスト派の大学へ,といった具合だ.さらに,大半の人々は自宅に近い大学の方を好んだ.こうした事情により,〔新しい大学の〕大規模な参入が生じた――1776年に合衆国にあった大学は9つだったのに対して,南北戦争前には900校が開学している.

大規模参入がなされたため,初期の大学は小さく資金不足になっている傾向があった.初期の大学が提供していたのは基礎的で狭い範囲の硬直したカリキュラムで,それを実施していた教授たちは専門化しておらず,しかもおうおうにして薄給だった.大学が専門知識意外の規準で教員陣を雇用して,彼らに研究のインセンティブや各種リソースをほとんど提供しないケースが常態化していた.

一方,ヨーロッパでの状況はこれとずいぶんちがっていた.プロテスタント改革〔宗教改革〕の頃から,ヨーロッパ諸国は――とくに大陸の諸国は――自国の大学をきつく管理する傾向があり,さらに,のちには気前よく大学の資金を提供するようにもなった.教員陣は高級の公務員である場合が多く,文部大臣によって指名されて専門特化した教授職の「座にすわる」ことが多かった (Paulsen 1906).かつてはアカデミー(e.g. 王立アカデミー(仏),王立学会(英),ベルリンアカデミー)が担っていた研究活動はこうした大学に吸収されていき,やがて大学が研究活動の主な舞台となっていった.平均で見て,アメリカの大学がとうていこれと競争にならなかったのも,驚くにあたらない.

改革により合衆国の大学制度がどのように〔研究の〕インセンティブと各種リソースを提供しはじめられるようになったのか理解するには,次の点を認識しておくと理解しやすくなる――ある大学が研究に力を入れているとしても,ほどほどに精密な研究実績の数値があると研究の産出がはかどる.精密度は,学術の専門分化によって強まる――この場合,教授たちをさまざまな研究分野に組織することで指標の精密度は強化される.アメリカの大学は,どうやって研究への利害関心を得て,専門分化を進めたのだろうか?

1800年代の終盤20~30年ほどのあいだに,合衆国の大学はみずからが教える技能と顧客が求める技能の隔たりが広がるのを目の当たりにした.工業化が進んで,大学カリキュラムが基本的に無視していた工学やビジネスなどの分野に関心が高まっていった.1870年代と1880年代に,コーネルやジョンスホプキンスといった新しい大学は次の点を示して見せた――教派別の選別を提供するのではなく,多岐にわたる分野で専門特化した上級の指導を提供することで学生たちを集められる.ハーバードやコロンビアといった昔からの大学はこれに力強く対応し,専門分化した文系・理系の学部を形成し,専門職大学院を創設した.

自由参入により,他の大学もこの流れに乗れた.これを支えた一因は民間の寄付だった.民間の寄付によって,シカゴやスタンフォードといった大学が勢いを得た.また,公共の各種リソースもこれを支援した.バークレー校や MIT のような新規参入者にとって,公共のリソースは決定的に重要だった.

こうした大学は専門家の教授を求めるようになり,それゆえに,分野の先端研究者たちが求められるようになった.学術制度はこれに対応して研究業績を計測するツールを提供するようになった.たとえば,専門特化した学術誌の刊行がそれだ.こうして,大学は成功している研究者をつきとめ,契約を持ちかけ,採用できるようになった.

また,この時期には合衆国の一部大学がとてつもない量のリソースを獲得している.1900年代序盤に,改革を実施していた大学は急速に入学者数を伸ばした.だが,そうした大学では,みずからが提供する選別とカギとなる学生の需要との合致があやしくなった.とりわけ,入学者数の増加にともなって低所得学生とユダヤ系学生が――反ユダヤ主義の時期に――大勢通い始めると,そうした大学が伝統的に対応してきたプロテスタント系エリートが疎外されるようになった.1920年代序盤までに,コロンビア大学は厳選による学生受け入れを実施し,いくつかの大学もまもなくこれを踏襲した.学生を厳選するのにともなって,さらに他の選別プロセスも行われるようになった.すなわち,そうした大学には能力の高い学生/高所得の学生が集中し,やがて,高い学費と寄付金が集まるようになった.これにより,そうした大学はのぞましい教授たちを採用する能力が増強された.

これに加えて,1900年代序盤に,研究に対して「大小の差が大きい」報酬が与えられるようになった.なかでもとくに目立つ報酬が,テニュア(終身在職権)だ.
エージェンシー理論からは,「一定期間内に成果がなければ辞めてもらう」方式のインセンティブ制度は業績を高めうることが含意される.教授たちが似たり寄ったりの能力をもつ者どうしで競争している場合には,とくにそうだ.研究業績の数値がますます精密になるのに歩調をあわせて,テニュアも選別プロセスをいっそう強化した.これにより,教授たちは同様の能力を持つ同僚がひしめく学部に集まるようになった.

ようするに,合衆国の大学は好循環に入った.研究に投資する各種リソースを大学は手に入れ,そのリソースを使って効果的にインセンティブを与えられる.するとすぐれた学生と大きな資金を集めやすくなり,それが今度はさらなる改革と強化を進める助けになる.同時に,そうならなかった大学は苦境に陥り,人気を失う.こうして,合衆国内で大学のあいだに格差が生じた.

最後に,この期間で一貫して,ヨーロッパではこうした経時変化がずっと小さかった.とくに,大陸ではそうだった.ヨーロッパ諸国は,〔大学の新規〕参入を容易にしなかった.これにより,ヨーロッパでは数百もの大学が苦境に陥ることにならなかったが,同時に,MIT やスタンフォードのように世界中の才能を集める極度に裕福な大学の台頭は減速した.全体として,その起源が中世盛期にさかのぼるヨーロッパの教授職の配分は,〔合衆国に比べて〕テニュアのような「一定期間内に成果がなければ辞めてもらう」方式を利用する度合いがずっと小さかった.

ようするに,本稿で描き出した筋書きは,「意図したとおりに制度が成功を収めた」というものではなく,いくつものインセンティブの仕組みが合流したことと競争がなされたことの結果として現状のような実績があるという話だ.最後に,世界は静止画ではない.過去20年間に,イギリスと EU は大学の質を計測し競争を高める各種プログラムを創出してきた.世界の職場で教員の座をめぐる競争がどう展開するか,興味を引く.ヨーロッパでのトップダウン色が強い管理スタイルの方が,アメリカの自由参入式アプローチとの競争で勝利するだろうか?


参照文献

  • Clotfelter, C T (2010), “Introduction”, in C T Clotfelter (ed.), American Universities in a Global Market, The University of Chicago Press.
  • Cole, J R (2009), The Great American University: Its Rise to Preeminence, its Indispens- able National Role, Why it Must be Protected, Public Affairs.
  • Goldin, C and L F Katz (1999), “The shaping of higher education: The formative years in the United States, 1890-1940”, Journal of Economic Perspectives 13(1): 37–62.
  • Graham, H D and N Diamond (1997), The Rise of American Research Universities: Elites and Challenges in the Postwar Era, The Johns Hopkins University Press.
  • Gruber, J and S Johnson (2019), Jump-Starting America: How Breakthrough Science Can Revive Economic Growth and the American Dream, PublicAffairs.
  • Helmers, C and M Rogers (2010), “The Impact of University Research on Corporate Patenting”, VoxEU.org, 21 December.
  • Paulsen, F (1906), The German Universities and University Study, Charles Scribner’s Sons.
  • MacLeod, W B and M Urquiola (2021), “Why Does the US Have the Best Research Universities? Incentives, Resources, and Virtuous Circles”, Journal of Economic Perspectives 35(1): 185-206.
  • Urquiola, M (2020), Markets, Minds, and Money: Why America Leads the World in University Research, Harvard University Press.
  • Valero, A and J Van Reenen (2016), “How Universities Boost Economic Growth”, VoxEU.org, 10 November. 
  • Veysey, L R (1965), The Emergence of the American University, The University of Chicago Press

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