ポール・クルーグマン「アメリカの財政支出策を振り返る:成功と失敗」

Paul Krugman, “Looking Back at the Successes, And Failures, of the Stimulus,” Krugman & Co., Feb 28, 2014. [“The Stimulus Anniversary,” Feb 18, 2014]


アメリカの財政支出策を振り返る:成功と失敗

by ポール・クルーグマン

Ruth Fremson/The New York Times Syndicate
Ruth Fremson/The New York Times Syndicate

このところ,アメリカの「復興・再投資法」(Recovery and Reinvestment Act) に関する議論が盛況だ.いますぐに言えるぼくの見解は,制定当時と変わりない:このプランは経済的に大いにいいことをしたけれど,同時に政治的に大いに害もおよぼした.

経済的にいいことは,単純な話だ:2009年以来,ぼくらみんなが目の当たりにしてきたことから,拡張的な財政政策はちゃんと拡張的だし,縮小的な財政政策はちゃんと縮小的だってことが確証されてる.あらゆる理由からして,復興・再投資法は国内総生産と雇用を加速したと信じていい.これは,同法がなかった場合に起きたであろう事態と比較しての話だ.

政治的な害は,主に次の事実に由来する.復興・再投資法はあまりに小さすぎたしあまりに短命だったので,なすべき使命を果たせなかった.でも,それだけではなくって,部分的には,オバマ政権による同法の売り込み方に深刻なまちがいがあったせいでもある.

復興・再投資法が小規模すぎると言ってたぼくみたいな連中に対して,こんなデマが広まっている――いわく,ぼくらは事後的に言い訳をしていたにすぎなんだそうだ.ちがうね:経済学者ジョー・スティグリッツやぼくみたいな人たちは,最初からずっと「これじゃあ小さすぎる」と警告していたし,「その結果として生じる政治的な害は深刻なものになるよ」とも言っていた.2009年1月6日に,ぼくはこう書いている:「こんなシナリオが見える:弱い刺激策,いま語られているのよりもひょっとしてさらに小さいかもしれない刺激策が,さらに共和党からの支持票を集めるために考案される.この刺激策は失業率の上昇をおさえるはたらきこそするものの,事態はあいかわらずかなりひどいままにとどまる.失業率は9パーセントくらいでピークに達して下がっていくけれど,その低下はゆっくりしたものでしかない.そしてミッチ・マコネルがこう言い出す.『ほら,政府支出は機能しなかったじゃないか.』 このシナリオが間違いであってくれればありがたいんだけど.」

いやはや,ぼくは間違ってなかったようで.

「もっといい刺激策を打とうにも他に方法はなかったんだ」とは論じられる.実際,調停を使って上院の60票ハードルをどうにか越えたけれど,それでもあまりに急進的だと考えられていた.じゃあ,なんで急進的だって考えられたんだろう? ぼくはこう考える.ひとつには,オバマ政権は景気後退について間違った理論をもっていたせいだ.そのために,プランを売り込む途中で座礁してしまった.

復興・再投資法がもたらす効果について,経済学者のクリスティーナ・ローマーとジャレド・バーンスタインが用意した予測は悪名高かった.なんで悪名高かったかと言えば,完全雇用にすぐさま復活するだろうと予測していたからだ.実際にはそんなことにはならなかった.でも,彼らの予測で「すぐに回復する」と言っていたのは,なにも,刺激策がなされるからじゃあない――それどころか,彼らの予測では,刺激策がなくてもすぐに景気が回復すると予測していたんだ.復興・再投資法の役割は,失業率が高まっていくなかで,その頂点を低く抑えることにあった.それがすんだら,退場して自然な揺り戻しに道を譲ることになっていた.

というわけで,あの予測の土台になっていたのは,「金融危機が安定されれば経済はすぐにズギャーンと復活する」という見解だったんだ.

歴史を知っている人間から見れば,そんなのはありそうにない話だった.歴史と言っても,たんに金融危機の歴史だけじゃなくて,1990年以後のアメリカで起きた景気循環の歴史もふくむ.さらにわるいことに,明らかにオバマ政権は,ああいう「すぐに回復」説が間違っていた場合の政治的帰結を考慮しそこなっていた.

いまの話は,とっくに過ぎた話ではある.でも,どうして2009年の序盤からぼくみたいに一部の人間が頭をかきむしっていたのか,その理由を思い出してみても損はないんじゃないかな.

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

あれから5年

by ショーン・トレイナー

バラク・オバマは2008年11月に大統領に選出された.当時は,金融危機のまっただ中だった.翌1月に就任したときまでには,アメリカ経済は毎月80万もの雇用を失っていた.

これに対して,オバマ氏は2009年2月17日に「アメリカ復興・再投資法」に署名した.同法は,経済刺激策として一般に知られることになる.8310億ドルのパッケージは,さらなる経済的な損失を食い止めると同時に新しく雇用をつくりだすことをねらいとして立案された.その手段は,資金難に陥っていた全国の州と失業中のアメリカ人たちに援助を提供し,また,インフラ・エネルギー・医療・住宅・教育などの投資にさらに資金をもたらすことだった.

その後の数年で,政治家と評論家たちは復興・再投資法の効果をめぐって論争した.多くの共和党議員は,この対策を失敗と評したが,その一方で,シカゴ大学で2012年に行われた経済学者たちによる調査では,93パーセントが「失業率の低下に刺激策が成功したと信じている」と答え,また,大多数は便益がコストを上回ったと述べている.

さて,復興・再投資法が5周年を迎えて,議員たちのなかには,この論争を再燃させている人たちがいる.録画した動画での発言で,フロリダ州選出の共和党マルコ・ルビオ上院議員はこう主張した.「5年経って,失業率は依然としてあまりにも高く,労働力から退場してしまった人々の数は驚くべき多さになっています.我が国の経済は十分にはやく成長していません――これは,大量の政府支出,それもとくに赤字支出が我々の経済成長問題に対する解決法でなかったという証明です.」

2月22日に,『ニューヨークタイムズ』の論説は,こう嘆いている――政治的な反動によって,政府が将来の経済刺激策をうつ能力を損なわれてしまった.「これは,オバマ政権にとっては一回きりの悲劇かもしれない」――と論説委員は記す――「あれから5年,いまや公正な精神をもった経済学者たちの目には,刺激策が現に機能したことは明らかになっている.刺激策は,経済にとっても,何千万という人々にとっても,いいことをなした.(…)政府支出は機能したのだ.」

© The New York Times News Service

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