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リチャード・トル「ノーベル経済学賞受賞者の師弟ネットワーク」

Richard Tol ”The professor-student network of Nobel laureates in economics”, VOXEU, April 29, 2018
[訳者注記:登場する学者は可能な限り原文では付されていないwikipediaの説明リンクを付けています。]

ノーベル記念経済学賞は,経済学の世界で最も栄誉あるものとなっている。本稿では,新たなデータを用いて経済学賞受賞者の学問的な系譜を図式化する。その結果は,受賞者たちはそれぞれ繋がりのない4つのグラフに落としこむことができ,新たな受賞者は過去の受賞者と密接に関係していることが多いことを示している。今後受賞する可能性があるとされる候補者たちのうち,半分以上は受賞者から教えを受けている。


ノーベル賞とその受賞者たちは格別の注目を集める (McCarty 2000, Vane and Mulhearn 2005)。誰が誰と勉強や研究をしたかという逸話は巷にあふれているが,全てのノーベル経済学賞受賞者の師弟関係を包括的に図式化した人はいない。私は最近の論文でそれを行った(Tol 2018)。

データ
系譜や最終学歴に関するデータは,あらゆる分野の学問的系譜を構築している共同ツールであるAcademicTree.org(David and Hayden 2012)から収集した。経済学の系譜には約20,000人の経済学者が含まれ,学術界全体の系譜は約700,000人の学者からなっている。AcademicTreeでは欠けている箇所は,自分で各種の情報源からデータを追加した。このデータは必要な修正を行ったり,読者お好みの経済学者を含めるための拡張も行うことができる。

このデータは完全ではない。正式な師弟関係は記録されているが,それは非公式な相談や共著,セミナーよりも重要性が低い可能性がある。研究指導の正式化は近年の展開であり,そうした展開がなされた時期は国によって異なる。グラフの端は不変のものではなく,本質的に時とともに変わるものだ。一部のデータは欠けており,一部の人々は独学だが,それについて区別は行っていない。

フリッシュティンバーゲン(両者は関連していない)を出発点に,私は各ノーベル賞受賞者,4世代まで遡った彼らの学問上の祖先及び最も近い位置にある過去の受賞者と共通の祖先に至る最小全域木を抽出した。データはMatlabによって解析した。

ノーベルネットワーク
図1は2017年時点の全体のネットワークだ。1969年以降のすべてのネットワークの動画はここから閲覧できる。ここには多くの特筆すべき特徴がみられる。

このノーベルネットワークのジェンダー割合は,経済学全体のそれよりも男性に偏っている。グラフには350人の男性がいるが,女性は4人だ。男性のノーベル賞受賞者は78人,女性は1人だ。

ネットワークは4つの互いに繋がりのないグラフに分かれている。すなわち,フリッシュハーヴェルモアレドブルーピサリデス,その他のノーベル賞受賞者だ。最終的なネットワークはごちゃごちゃしているが,これは教授たちが集合離散して様々な学生を指導したり,教授たちが学生や院生と一緒になって新世代を教えたりするためだ。しかし,重要なのは,ノーベル賞受賞者たちが繋がっているということだ。

ノーベル賞受賞者たちの密接なつながりは,質のクラスターの現れであると解釈することもできる。最良の教授は最良の学校に集まり (Ellison 2013),互いに高め合い(Bosquet and Combes 2017),最良の学生を選別する(Atheyet al. 2007)。また,これを学術界の封建的性質とそれによる縁故主義とみなすこともできるだろう(Combes et al. 2008)。

新たなノーベル賞受賞者たちは過去の受賞者と密接に関連していることが多いが,常にそうであるわけではない。ネットワークの最大の変化は1975年(クープマンスカントロヴィチ),1971年(クズネッツ),1994年(ハーサニナッシュゼルテン),2002年(カーネマンスミス),2009年(オストロムウィリアムソン)に起きた。カーネマンとオストロムは,時折言われてるほどには経済学界の異分子というわけではない。

カール・クニースは最も影響力のある教授だ。ドイツ歴史学派の比較的影の薄い一員であるクニースは,教え子であるハーバート・バクスター・アダムスオイゲン・フォン・ベーム=バヴェルクジョン・ベイツ・クラークリチャード・T・エリーリッチモンド・マヨ-スミスエドウィン・セリグマンよりもずっと知名度が低い。二番目に影響力のある教授はワシリー・レオンチェフだ。図2はクニースのサブグラフ(受賞者37人,すべて遠く離れている)とレオンチェフ(受賞者15人,ほとんどが近しい)のそれを示したものだ。

偉大な古典派経済学者(スミスセイマルサスミル)や古典派以前の経済学者(イブン・ハルドゥーンペティケネーカンティヨンテュルゴガリアーニ)はノーベル賞受賞者とは繋がりがない。新古典主義革命を起こした人たちの中で名を連ねているのはカール・メンガーだけだ。マーシャルワルラスジェボンズパレートピグーは経済学思想に長きにわたる貢献を行ったが,それは彼らの著作を通じてであって,教え子を通じたものではない。当時は実のところ,経済学は若い研究者に教えられるような一つのの学問ではなかった,あるいは少なくともその分野の指導的立場にある人たちがそのようにはみなしていなかったのだ。

これは経済学の特徴だ。人文科学や自然科学の研究者はその系譜を過去の偉大な人物に遡ることができ,実のところ多くの経済学者は著名な非経済学者の系譜に連なっている。その中にはベルヌーイガウスラグランジュリアプノフピアソンといったその業績を経済学者が用いている人たちや,ボーアエラスムスハイゼンベルグルターマクスウェルといったそれよりもずっと経済学と関連の少ない人たちもいる。別の言い方をすれば,経済学はほかの学問からやってきた人たちに乗っ取られたのであり,経済学者とされる人たちが現在取り組んでいるテーマは伝統的には政治学者,人類学者,心理学者,生物学者に限られた分野だった。

図1 ノーベル経済学賞受賞者の師弟関係の全体ネットワーク

注:受賞者はマゼンタで示している。

図2 クニースとレオンチェフを抽出したサブグラフ

2017年時点のネットワークの中心性によってランク付けした場合,重要な学び舎はハーバードとシカゴで,それに続いてベルリン,ゲッティンゲン,ウィーン,ハイデルベルグ,ケンブリッジ,LSE,MIT,コロンビアとなる。経済学のメッカには劇的な地理的移動があった。部分的には,ナチスから逃げてきた人たち(ハーバラーハイエクハーヴィッツマハループマルシャックフォン・ミーゼスモルゲンシュテルン)やボリシェビキから逃げた人たち(レオンチェフ)がいたためだ。しかしこれは部分的な説明でしかない。Ely (1938: 43)は,「ここ(ドイツ)で,ここだけで独立した本当の科学的研究を学べるのです」と書いている。

ノーベル賞候補
将来のノーベル賞の候補者はクラリベイト引用栄誉賞の2017年リストの中から抜き出している。

現時点のネットワークから将来の受賞者が生まれる可能性は高い。47人の候補者中,24人がノーベル賞受賞者を祖先に持ち,それ以外でもノーベル賞受賞者と祖先を同じくしている人もいる。ジョージ・ローウェンスタインサム・ペルツマンマーク・メリッツが現時点のネットワークワークの一番近くにおり,ペルツマンはネットワークのノーベル賞受賞者に最も近い。フランコ・モディリアーニミルトン・フリードマンジョン・ヒックスチャリング・クープマンスが候補者たちに最も近く,ポール・サミュエルソンローレンス・クラインロバート・マンデルピーター・ダイアモンドは最も離れたところにいる。

新たなネットワークが派生することもありうる。とくにテレンス・ゴーマンデニス・サーガンの弟子,孫弟子,曾孫弟子の周囲からは1アン・クルーガーはノーベル賞候補者の中で唯一の女性だ。

最後に
数量的な歴史は,豊富な物語によって補完されるべきものだ。民族や専攻などの追加的なデータの収集もすべきだ。我らがノーベル賞受賞者たちがどれだけ特別なのかについて把握するためには,学術的にはあまり成功していない院生たちも含む初期のPhDプログラムをもっとよくカバーする必要がある。

参考文献
●Athey, S, L F Katz, A B Krueger, S Levitt and J Poterba. 2007. “What does performance in graduate school predict? Graduate economics education and student outcomes”, American Economic Review 97(2): 512–520.
●Bosquet, C and P-P Combes (2017), “Sorting and agglomeration economies in French economics departments”, Journal of Urban Economics 101: 27–44.
●Combes, P-P, L Linnemer and M Visser (2008), “Publish or peer-rich? The role of skills and networks in hiring economics professors”, Labour Economics 15(3): 423–441.
●David, S V and B Y Hayden (2012), “Neurotree: A collaborative, graphical database of the academic genealogy of neuroscience”, PLoS ONE7 (10): 1–12.
●Ellison, G (2013), “How does the market use citation data? The Hirsch Index in economics”, American Economic Journal: Applied Economics 5(3): 63–90.
●Ely, R T (1938), Ground Under Our Feet – An Autobiography, New York: MacMillan.
●McCarty, M H (2000), The Nobel Laureates: How the Greatest Economic Minds of Our Time Shaped Modern Thought, New York: McGraw-Hill.
●Tol, R R J (2018), “Rise of the Kniesians: The professor-student network of Nobel laureates in economics”, University of Sussex Department of Economics, Working Paper Series 0518.
●Vane, H R and C Mulhearn (2005), The Nobel Memorial Laureates in Economics: An introduction to their careers and main published works.
●Waldinger, F (2012), “Peer effects in science: Evidence from the dismissal of scientists in Nazi Germany”, Review of Economic Studies 79(2): 838–861.

  1. 原注;ハーバードの学籍管理部は教授と学生の師弟関係は個人情報だと主張している。これによるデヴィッド・アルハデフとステファン・ロスをその学生らと結びつけるのが困難となっている。 []

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