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リンダ・ユー 「諸国の繁栄に就いて」(2018年8月5日)

Linda Yueh, “On the prosperity of countries“, (VOX, 05 August 2018)


 

1960年から2008年のあいだに繁栄を迎えた中所得国は、たった一ダースほどしかない。ある国が繁栄する傍ら、別の国は失敗する。本稿では、そうした命運を左右する因子について探ってゆく。新制度派経済学の理論と整合的だが、最も大きな繁栄度上昇を享受したのは、成功を収めた国の経済政策や制度改革を採用した経済であった。こうした成功例は、成長政策の策定において、経済学ではお馴染みの資本・労働・技術を超えた視点を持つことの利点を指し示している。

新興経済と発展途上経済が、世界GDPないしグローバル産出量において先進経済よりも多くのシェアを占めるのは、これが初めてのことだ; 2008年金融危機後に境を超えたのちも、この動きはとめどなく進んでいる (図1を参照)。となれば、経済学者はすでに繁栄の鍵の正体を掴んでいるのだろうか?

そもそも世界の諸経済のうち富裕といえるものは四分の一に満たない。繁栄していない国のほうが多いのは何故かという、経済学における長年の問題だ。潮目はいま変わりつつある。だが、多くの国にとって富裕への道は嶮しいものだった。世界銀行の推定によると、1960年における101個の中所得経済のうち、2008年までに繁栄を迎えたものは、たったの一ダースほど (Ageno et al. 2012): すなわち、赤道ギニア・ギリシャ・香港特別行政区 (中国)・アイルランド・イスラエル・日本・モーリシャス・ポルトガル・プエルトリコ・韓国・シンガポール・スペイン・台湾がこれである。

図 1 世界GDPシェア

出典: 世界銀行. PPP (購買力平価) に基づく.

とはいえ、何億もの人々がミドルクラスに加わったのも事実だ。OECDの研究が推定するところ、2030年までには、歴史上はじめて、世界人口の半数超がミドルクラスになるという (OECD 2012)。つまり推定86億人中の49億人。2009年には (約70億人中の) 18億が、一日あたり$10から$100を稼得しているが、これが新たなグローバルミドルクラスを定義する所得尺度となる。これは、各国におけるドルの購買力で調整すると、冷蔵庫一台を購入するのに足る額である。

現在のトレンドに基づくかぎり、2030年には世界中のミドルクラスの約三分の二 – ほぼ30億人 – が、アジアにいることになる。国連はこれを150年来の歴史的変容と形容する (Yueh 2018)。ヨーロッパと北アメリカにおけるミドルクラスは、世界全体にいる同クラスの半数超を占めるところから、その三分の一へと凋落することになる。

こうした事柄はいかに達成されてきたのか? 優れた制度の保持。経済学者が注目するようになったのはこれだ。そしてそうした制度の拡散こそがこれまで鍵を握っていたようなのだが、それはまさに新制度派経済学の父が予言したところでもある。この分野の嚆矢的研究はダグラス・ノースの手によるものだった。彼は、ある経済が好成長を迎える傍ら別の経済ではそうなっていない理由を十分に説明できないにもかかわらず、技術進歩の測定を試みつつ労働者や投資といった測定可能な要素にフォーカスを絞る、新古典派経済学モデルに飽き足らぬ思いをしていたのである。

そこでノースは、経済学をそのコンフォートゾーン – 労働や資本といった比較的容易に測定できる投入物の検討からなる – から外に連れ出す一方、歴史学をはじめ政治学・心理学・戦略論などを新たに取り入れつつ、何故ある国は成功し別の国は失敗するのか、その理由の解明に努めた。彼が強調したのは、〈より大きな成功を収めている経済があっても、各国は自国の制度を改良するためにそこから学ぶことはできない〉 などとする理由はないという点だ。1990年代になると、漸くそうした動きが見られはじめた。

1990年代前半、中国・インド・東ヨーロッパは路線変更をおこなった。中国とインドは世界経済との統合をめざし自国経済を外向きに方向転換し、東ヨーロッパも共産主義制度の旧套を脱し、市場経済を採用した。換言すれば、中央集権的計画 (中国と旧ソヴィエト連邦) および輸入代替型工業化 (インド) の試行をへたのち、これら経済は自らの旧来の手法を放棄するとともに、より大きな成功を収めている経済の経済政策に適応するのみならず、自らそれを採用したのだ。例えば中国。1990年以降の貧困削減の大部を占める同国は、「門戸開放 (open door)」 政策を実施しているが、これはかつて国有企業により支配されていた自国経済における競争を導入・増進するような、グローバル生産網への統合を目論むものである。同様にインドも自国の従来の保護主義政策を放棄し、より大きな規模の輸出を歓迎するようになった。経済体制の大変動があったのはもちろん中央・東ヨーロッパである。共産主義は資本主義に道を譲り、多くの国が全面的に新しい制度を採用した。これら諸国民は自国経済を市場に向けて再調整し、その多くがEUに加盟した。

かくして、1990年代には諸般の新興経済の急速な成長が目撃されたのであるが、最終的にこれら経済の工業化をつうじた成長は、常軌を逸した商品相場のスーパーサイクルにつながった。それは発展の推進をめざすこれら経済の、原材料にたいする貪婪な需要に由縁する。中国を筆頭とし、これら経済の多くが中所得国となるなか、その経済成長にもスローダウンが現われはじめている。これら経済が富裕国になれずじまいになるおそれすらあるほどだ。とはいえ、これら経済の集合的な成長のおかげで十億もの人々が極度の貧困から脱出してきたのであり、国連も同経済の継続的成長が、次の十年間を目途として絶望的な貧困の終焉につながることを希望している。そうなれば、これは歴史的偉業となるだろう。極度の貧困 (extreme poverty)  – すなわち、各国のドル購買力で調整して稼得額が一日あたり$1.90に満たない者 – に終止符を打つという、世界中のあらゆる国によって採択された 「持続可能な開発目標 (Sustainable Development Goals)」 の1つ目も、2030年までには実現できよう。

こうした優れた制度と効果的な経済政策の借用は、まさにダグラス・ノースをはじめとする制度学派経済学者が素描したようなものだった。ベルリンの壁崩壊、1991年の国際通貨基金によるインド救済、1992年の中国による世界経済へ向けた方向転換。これら経済による新路線採用への模索が以上の出来事を要したのはたしかだ。しかし、他国における 「ベストプラクティス」 の模倣と門戸開放をつうじて – それはより大きな成功を収めている外国からの学習を意味した – これらの国々は、ノースであれば予期していたかもしれないとはいえ、ともかく驚嘆すべき進歩を遂げたのである。ノースならば、これら経済が成長政策の策定にあたり資本・労働・技術にとどまらぬより幅広い視点を取ったことを称賛しただろう。

かつてノースはこう発言した: 「ここ二十年か三十年、経済学者の狭量さがずっと私の癪の種でした。いや、経済学者というより、社会科学者全般ですね。新たな領域が丸々残っているのに、それを開放しようとしない」(North et al. 2015: 9)。諸国がみな富裕になるにはどうすればよいのか。ノースのアイデアは、我々をこの積年の問題に回答を与えうる地点に、かつてないほどに接近させている。

参考文献

Agenor, P-R, O Canuto and M Jelenic (2012), “Avoiding middle-income growth traps,” Economic Premise 98: 1.

North, D C, G Brown and D Lueck (2015), “A conversation with Douglass North,” Annual Review of Resource Economics 7: 8–9.

Pezzini, M (2012), “An emerging middle class,” OECD Observer.

Yueh, L (2018), The Great Economists: How Their Ideas Can Help Us Today, London: Viking.

 

 


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