●Chad Jones, “New ideas about new ideas: Paul Romer, Nobel laureate”(VoxEU, October 12, 2018)
ニューヨーク大学のポール・ローマー氏は、「技術革新を長期的マクロ経済分析に統合した功績により」、ウィリアム・ノードハウス氏と共同で2018年のノーベル経済学賞を受賞した。本コラムでは、彼の主要な洞察と経済成長の過程に関するわれわれの理解に対する彼らの広範囲にわたるインプリケーションについて解説する。
ポール・ローマー氏が1980年代初期に経済成長に関する研究を始めたとき、経済学者の間での従来の見解――たとえば大学院で教えられているモデル――は、生産性の成長は経済の残りのどんなものによっても影響され得ないものであった。ソロー(Solow 1956)のように、経済成長は外生であった。
ローマーは、技術進歩は経済的なインセンティブに反応する研究者や起業家、発明家による努力の結果であるということを強調して、内生的経済成長理論を発展させた。彼らの努力に影響を与えるいかなるもの――たとえば税政策や研究基金や教育――は、潜在的に長期的な経済の見通しに影響を与えうるのだ。
ローマーの非常に重要な貢献は、アイデアの経済性といかにして新しいアイデアの発見が経済成長の中心にあることを明確に理解していることである。彼の1990年の論文は分水嶺である。それは、ソローのノーベル賞受賞業績以降の成長に関する文献の中で最も重要な論文である。
その論文の歴史は魅力的である。ローマーは約10年間成長に関して研究を続けてきた。1983年の論文と1986年の論文は、成長論のトピックに取り組んでおり、知識とアイデアは成長にとって重要であると示唆している。もちろん、あるレベルでは、誰もがこれが真実であるに違いないことを誰もが知っていた(そして、以前の文献にもこれらを含むものはある)。
しかし、ローマーが未だ理解していなかったものであり、未だに完全に評価された研究がなかったのは、知識とアイデアは成長にとって重要であるということがいかにして実現されるのかに関する詳細な本質であった。彼がついに成長を深く理解した証拠の1つは、1990年の論文の最初の2つのセクションが、かつての暗い部屋を照らす照明スイッチとしての最低限必要な数学しかない文章でほぼ全てが非常に明快に書かれていているということである。
以下に主要な洞察を示す。アイデアは、何かをしたり作ったりするためのデザインや青写真であるが、非競合的であるという点で他のほとんどどんな財とも異なっている。古典的な経済学における標準的な財は競合的である。すなわち、高速道路を走行する人や特定の手術の技術を必要とする人や灌漑のための水の利用が多ければ多いほど、それらは行き渡らなくなる。この競争は、ほとんどの経済の中心にある希少性の根底にあり、厚生経済学の基本定理を生み出す。
対照的に、アイデアは非競合的である。ピタゴラスの定理やプログラミング言語であるJavaや最新のiPhoneのデザインを利用する人が増えれば増えるほど行き渡るアイデアが減る、ということはない。アイデアは利用によって使い尽くされることはなく、一旦発明されれば、いかなる人数であっても同時にあるアイデアを利用することは技術的に可能である。
一例として、ローマーのお気に入りの例である経口補水療法を考えてみよう。近年まで、途上国では何百万もの子供が下痢によって亡くなっていた。問題の一部は、子供たちが下痢を患っているのを見ている両親が液体を摂取させないようにすることである。脱水が始まり、子供は死ぬだろう。
経口補水療法は、数種類のミネラル、塩類、少量の砂糖を水に溶かして正しい比率で溶解させることで、子どもに水分を補給し、命を救う救命策である。このアイデアが発見されてから、そのアイデアは毎年何人もの子供を救うために使われえた。アイデア(化学式)が、より多くの人々が使用するにつれて次第に希少になるということはない。
アイデアの非競合性はどのように経済成長を説明しているのだろうか。鍵となるのは、非競合性が規模に対する収穫逓増を生じることである。標準的な再現性の議論は、生産の規模に対して収穫一定であることを根本的に正当化している。工場からのコンピュータの生産を倍増したい場合、実行可能な方法の一つは、通りの向こう同等の工場を建設し、その上で同等の労働者や材料などを運び込むことである。すなわち、工場をその通りに再現すればよいのである。このことは、競合性のある財を用いた生産は、少なくとも有用なベンチマークとして、収益が一定であるプロセスであることを意味している。
ローマーが強調したことは、アイデアの非競合性は、この再現性の議論の不可欠な部分であるということである。すなわち、企業は新しいコンピュータ工場が建設されるたびにコンピュータのアイデアを再考する必要はないのである。代わりに、同じアイデア――一連のコンピュータの作り方の詳細な手順――は、新しい工場で使用することも、実際には任意の数の工場で使用することも可能である。なぜなら、それは非競合的だからである。
競合的な投入物(工場、労働者、資材)には規模に関する収穫一定があるので、競合的な投入物とアイデアを同時に考えると規模に関する収穫逓増がある。すなわち、競合的な投入物とアイデアの質または量を二倍にすると、総生産は二倍以上になる。
ひとたびリターンを増やすと、成長は自然についてくる。一人当たりの生産量は、知識の総ストックに依存する。すなわち、知識ストックは経済のすべての人々の間で分割する必要はないのである。
このことをソローモデルにおける資本と対照してみよう。一台のコンピュータを追加すると、一人の労働者がより生産的になる。新たなアイデア――最初のスプレッドシートまたはワープロ用のコンピュータコード、またはインターネット自体を考えよ――を追加すると、いかなる数の労働者であってもより生産的になる。非競合性を伴って、一人当たり所得の成長は一人当たりのアイデアの成長ではなく集計的なアイデアの総ストックの成長に結びついている。
いかなるモデルであれ、人口増加が原因で、集計で成長するのは非常に容易である。ソローモデルでさえそうである。自動車産業の労働者が増えると、より多くの車が生産される。ソローにおいては、自動車労働者1人当たりの自動車需要が伸びる必要があるため、1人当たりの成長を維持できない。
しかし、このことはローマーの場合には当てはまらない。研究者が多ければ多いほどより多くのアイデアを生み出すが、このことは、非競合性のために誰しもをより幸せにする。25年であれ100年であれ1,000年であれ、歴史を通して、世界は、アイデアの蓄積とアイデアを生み出す人々の数の両方の成長によって特徴付けられている。ローマーの洞察によれば、これは長期的に指数関数的な成長を維持するものである。
最終的に、非競合性と結びついた収穫逓増は、外部性のない完全競争均衡は存在しないということを意味し、資源の配分を分散させることができない。代わりに、いくつかの出発が必要である。
ローマーは、新しいアイデアの発見に対する不完全な競争と外部性の両方が重要である可能性があると強調した。独占的競争は起業家がイノベーションするインセンティブとして効果を発揮する利益を提供する。そして、発明者と研究者は、のちに先人の洞察から恩恵を受ける。
経済成長に関する研究は、ローマーの貢献によって非常に影響を受けており、後に続くわれわれはみな、巨人の肩の上に立っている。知識のスピルオーバーに適切に報いることは難しいかもしれないが、今年のノーベル経済学賞は報酬を受けるには十分である。
参考文献
Romer, Paul M (1986), ‘Increasing Returns and Long-Run Growth’, Journal of Political Economy 94: 1002-37.
Romer, Paul M (1990), ‘Endogenous Technological Change’, Journal of Political Economy 98(5): S71-102.
Solow, Robert M (1956), ‘A Contribution to the Theory of Economic Growth’, Quarterly Journal of Economics 70(1): 65-94.