●Alan S. Blinder and Jeremy Rudd, “Oil shocks redux: Why the recent oil shock wasn’t very shocking”(VOX, January 13, 2009)
2002年から2008年にかけて原油価格が高騰したにもかかわらず、1970年代のように惨憺たる結果が招かれることはなかった。それはなぜなのだろうか? その理由はいくつか考えられる。i)先進国で省エネ化が進んだため ii)実質賃金の伸縮性が高まったため iii)経済全体に占める自動車産業のシェアが縮小したため iv)金融政策がコアCPIに重きを置いて運営されるようになったため v)原油価格が高騰した原因が、供給サイドにではなく、需要サイドにあったため。
アメリカ経済は、2002年の終わりから2008年の半ばにかけて、大規模なオイルショックに見舞われることになった。原油のドル建て価格が5倍も上昇し、一時的に1バレル=145ドルにまで達したのである。物価変動の影響を取り除いた実質価格で見ても、この間の原油価格の高騰には仰天させられる。ピーク時の原油価格の実質価格は、1979年~80年のいわゆる第二次オイルショック時に記録されたそれまでの最高値を50%も上回ることになったのである(原油価格は2008年7月にピークをつけた後に急落し、その後は1バレル=30~50ドルのあたりをうろついている)。
かつての2度にわたる(OPECが主導した)オイルショック時と比べても遜色ないほどに原油価格が高騰したわけだが、マクロ経済に及ぼした影響となると、かなり大きな違いが見られるようだ。1970年代から1980年代前半には「スタグフレーション」が発生し、高い失業率と高率のインフレが共存する状況が長く続いたわけだが、教科書的な説明ではその原因は「サプライショック」(原油価格および食料価格の急騰)にあるとされている。その一方で、この間の原油価格の高騰に伴って、2001年以降から続く景気の拡大に横槍が入った様子はほとんど見受けられない(アメリカ経済は、2007年の終わり頃から景気後退入りすることになったが、その主たる原因は、サブプライム危機に端を発する金融危機にあるというのが大方の見方だ)。コアCPI(食料やエネルギーの価格を除いた消費者物価指数)にしても、かつての2度にわたるオイルショック時とは違って、比較的安定した動きを見せている。
「どうしてこうも違うんだろう?」という疑問が自然と湧いてくるが、その答えの候補の一つとして名乗りを上げているのが、1970年代のスタグフレーションの原因をめぐる「修正主義的な」解釈である。「修正主義的な」解釈――代表的な提唱者としては、デロング(DeLong 1997)、バースキー&キリアン(Barsky and Kilian 2002)、チェケッティその他(Cecchetti et al. 2007)を挙げることができる――によると、1973年から1983年にかけてマクロ経済のパフォーマンスが惨憺たる結果に終わったそもそもの原因は、オイルショック(をはじめとしたサプライショック)にではなく、稚拙な金融政策にあるとされる。例えばデロングによると、当時のFedは、1930年代の大恐慌の悪夢に囚われており、インフレを抑えるために金融引き締めに乗り出すべきところでも二の足を踏む傾向にあったという。それに加えて、当時のFedは、フィリップス曲線は長期的に見ても右下がりであると認識しており、高めのインフレを受け入れる代わりに失業率をできるだけ低く抑えようと試みる傾向にあったという。その結果として、インフレが昂進することになったというのだ。バースキー&キリアンの二人も同様の立場に立っており、1970年代から1980年代初頭にかけて高インフレと高失業が発生した原因は、当時の「ストップ&ゴー」型の金融政策に求められるという。バースキー&キリアンの二人はさらに一歩踏み込んで、アメリカをはじめとした世界各国の金融緩和が原因で一般物価のみならず原油をはじめとしたコモディティの価格も高騰することになったと主張している。つまりは、原油価格の高騰をはじめとしたサプライショックは、スタグフレーションを引き起こした原因ではなく、政策の失敗(行き過ぎた金融緩和)に付随して生じた現象に過ぎないというのだ。
我々二人は、つい最近の論文(Blinder and Rudd 2008)で、1970年代のスタグフレーションの原因をめぐる「通説」(「サプライショック説」)――原油価格および食料価格の急騰(それに加えて、1970年代初頭における賃金・価格統制の撤廃)こそが、スタグフレーションを引き起こした主因だとする説――の妥当性の検証を試みている。サプライショック説がはじめて唱えられたのは30年以上も前になるが、この間の研究の蓄積――新たに得られたデータに、新たに開発された理論に、計量経済学上の新たな証拠――に照らし合わせてみてわかったことは、「通説」の妥当性は揺るがないということである。詳しくは論文をご覧いただきたいが、(1970年代のスタグフレーションの原因をめぐる)「修正主義的な」解釈についても批判的な検証を加えている。
オイルショックの影響が弱まってきているのはなぜ?
「通説」の妥当性が揺るがないとすると、大きな謎に直面することになる。1970年代から1980年代初頭にかけてマクロ経済のパフォーマンスが惨憺たる結果に終わった主因がサプライショックにあったのだとすると、つい最近の原油価格の高騰も同じくマクロ経済に対して大きな負の影響を及ぼしてもおかしくはなさそうなのに、そうはなっていない。なぜなのだろうか? 1980年代初頭以降もオイルショックは度々発生しているが、多くの論者によって裏付けられているように――例えば、フッカー(Hooker 1996, 2002)、ブランシャール&ガリ(Blanchard and Gali 2007)、ノードハウス(Nordhaus 2007)を参照されたい――、オイルショックがマクロ経済に及ぼす影響はかつてに比べて小さくなってきているようだ。オイルショックがコアCPIに及ぼす影響は時代が下るにつれて急速に弱まってきており、生産量や雇用量はオイルショックからほとんど何の影響も受けないようになってきているのだ。
どうしてなんだろうか? 理由の一つは明らかである。1973年~74年のいわゆる第一次オイルショック(「OPEC I」)と1979年~80年のいわゆる第二次オイルショック(「OPEC II」)の後にエネルギーの消費を節約する動きが広がり、アメリカをはじめとする先進国では、1973年当時と比べると、省エネ化が相当進んだ。アメリカのケースで言うと、エネルギー消費量の対GDP比(BTU単位で測った年間のエネルギー消費量をその年の実質GDPで除した値)は劇的なペースで減少しており、1973年当時と比べるとほぼ半減するまでになっている。それに伴って、オイルショックがマクロ経済――価格(原油以外の財・サービスの価格)および数量(生産量や雇用量)――に及ぼす影響も同じく半減することになったと思われるのだ。
しかしながら、フッカーによると(Hooker 2002)、オイルショックがその他の財・サービスの価格(例えば、コアCPI)に及ぼす影響は時とともに無視できるところまで小さくなっており、省エネ化という要因だけではすべてを説明できないという。さらには、我々の論文ではエネルギー集約度に応じて消費財を分類し、それぞれの分類に含まれる消費財の価格がオイルショック後にどのような反応を見せたかを検証しているが、2002年~2007年の期間に関して言うと、エネルギー集約度の高さと、価格の変動幅との間に正の相関は見出せなかった [1] 訳注;「エネルギー集約度の高い消費財ほど、オイルショック後に価格が大きく上昇した」という関係は見出せなかったということ。。どうやら、省エネ化以外の別の要因にも目を向ける必要があるようだ。
「別の要因」を探っているのが、ノードハウスのつい最近の論文だ(Nordhaus 2007)。ノードハウスは、その候補を三つ挙げている。つい最近の原油価格の高騰はその上昇ペースが比較的緩やかであり、そのためもあってその影響が薄められることになったというのが一つ目の候補だ。原油価格の上昇幅は、2002年~2008年にかけての累計で測ると相当なものだが、年平均で測ると「OPEC I」や「OPEC II」時よりもずっと緩やかなのである。2002年~2008年にかけての原油価格の上昇幅を年平均で測ると、対GDP比でおよそ0.7%という結果になるが(ただし、ノードハウスの試算では、2006年第2四半期までしか対象に含まれていない点に注意願いたい)、「OPEC I」や「OPEC II」時におけるそれは、対GDP比でおよそ2%になるのである。原油価格の上昇ペースが緩やかであれば、それだけその影響も弱まることになるだろう。
二つ目の候補は、とりわけ重要である。ノードハウスは、Fedがどのようなルールに従って政策金利を決定しているか(いわゆる「テイラー・ルール」)を推計しているが、1980年以前のFedはヘッドラインCPI(食料やエネルギーの価格を含んだ消費者物価指数)に重きを置いて金融政策を運営していたが、1980年以降になるとコアCPIに重きが置かれるようになっていることを見出している。バーナンキその他(Bernanke et al. 1997)によると、かつてのオイルショック時に生産量が落ち込んだ理由の多くは、Fedがインフレを抑えるために金融引き締めに動いたためだとされているが、そのような見方が正しいとすると、つい最近の原油価格の高騰がどうしてそれほど大きな生産の落ち込みを伴わなかったのかについてもそれなりに納得がいくことになる。というのも、先にも触れたように、オイルショックがコアCPIに及ぼす影響が弱まってきていて、FedがコアCPIに重きを置くようになっているとすると、オイルショックの発生に伴って金融政策が変更される(原油価格の高騰に伴って、金融政策が引き締められる)可能性は小さくなっていると予想されるからである。
三つ目の候補は、1970年代に比べて、実質賃金の伸縮性が高まっている可能性である [2] … Continue reading。それもこれも、原油価格の高騰はあくまで一時的なものだとの見方が世間一般に広がったことが大きい。その結果として、原油価格が高騰しても、労働者は名目賃金の引き上げを求める代わりに、実質賃金の下落を受け入れるようになった。新古典派的なメカニズム(相対価格の変化に促された生産要素間の代替 [3] … Continue reading)が働く余地が広がることになった可能性があるのだ。さらには、原油価格の高騰はあくまで一時的なものだとの見方が広がったことで、消費者が原油高騰による実質所得の低下をあくまで一時的なものと見なすようになった。その結果として、原油価格の高騰が実質所得の低下を招いて総需要を冷え込ませるケインジアン的なメカニズムの効果がかつてよりは和らいでいる可能性がある。このような一連の変化は、オイルショックが生産量や雇用量に及ぼす影響を弱める方向に作用することだろう。
ブランシャール&ガリの二人も実質賃金の伸縮性が高まっている可能性に言及しているが(Blanchard and Gali 2007)、それに加えて、1970年代以降に中央銀行の「インフレ・ファイター」としての信頼性が高まってきていることも見逃せないと主張している。中央銀行の「インフレ・ファイター」としての信頼性が高まれば、原油価格が高騰しても、予想インフレ率はそこまで変わらない可能性がある(ブランシャール&ガリの二人は、そのような証拠を見出している)。原油価格の高騰にもかかわらず、予想インフレ率が安定しているようであれば、原油価格の高騰がコアCPIや生産量に及ぼす影響は小さくなると考えられるのだ。ただし、彼らも述べているように、荒削りな面が多分にあるモデルから得られた結論とのことなので、あまり重視し過ぎないほうがいいだろう。
実証的な裏付けのある二つの興味深い要因に言及しているのがキリアンだ(Kilian 2007)。いずれの要因も国際貿易と深い関わりがある。まず一つ目の要因は、おそらくはかつての2度にわたるオイルショック(「OPEC I」と「OPEC II」)がきっかけとなって、1973年以降にアメリカ国内の自動車産業で構造転換が進んだことである。小型で燃費の良い車を手に入れようと思ったら、かつては海外から輸入するしかなかったが、今では国内でも大量に製造されるようになっている。その結果として、原油価格が高騰しても、国産車への需要がかつてほど落ち込むことはなくなったのである(これまでの小型化・低燃費化の流れに逆行するかのようにして、SUV車が流行しているが、自動車産業もアメリカ経済もその代償を今になって支払わされているわけだ)。さらには、1970年代に比べると、自動車産業がアメリカ経済全体に占めるシェアもずっと小さくなっていて、このこともオイルショックの影響が弱まってきている理由の一つとなっている。
キリアンが指摘している二つの目の要因は、原油価格の高騰をもたらしたそもそもの原因に関わるものである。2002年~2008年にかけて原油価格が高騰した理由は、(1970年代のように)世界的に原油の供給が減少したためでもなければ、原油市場に特有のショックが発生したためでもなく、世界経済の堅調な成長に支えられて原油に対する需要が増加したためであるようだ。原油価格の高騰は、その原因の如何を問わず、アメリカのような原油輸入国にとっては「オイルショック」を意味することに変わりはないが、世界経済が堅調な成長を続けているおかげで海外への輸出が増えることになり、その結果として「オイルショック」に伴う負の影響(「オイルショック」に伴う生産の落ち込み)が和らげられる格好となったのである。
結論
まとめるとしよう。「オイルショックの影響が弱まってきているのはなぜか?」という疑問に答えるために長々と探りを入れてきたわけだが、その苦労も無駄ではなかったようだ。無駄ではなかったどころか、豊作だ。答えの候補が数多く列挙されたリストが出来上がったのだから。そのうちのどれか一つが群を抜いているわけではなく、いずれの候補も多かれ少なかれ妥当性を備えているように思われる。スタグフレーションの原因をめぐる「サプライショック説」も依然として定性的には妥当性を失っていないが、定量的にはかつてほど重要ではなくなっている [4] … Continue reading。よほどの不運や政策上の不手際に見舞われない限りは、食料やエネルギーの価格が高騰したとしても、1970年代や1980年代初頭のように惨憺たる結果が招かれる必然性は最早ないのだ。
<参考文献>
●Barsky, Robert B., and Lutz Kilian. 2002. “Do we really know that oil caused the Great Stagflation? A monetary alternative”, In NBER Macroeconomics Annual 2001, eds. Ben S. Bernanke and Kenneth Rogoff, 137-183.
●Bernanke, Ben S., Mark Gertler, and Mark Watson. 1997. “Systematic monetary policy and the effects of oil price shocks”, Brookings Papers on Economic Activity 1: 91-142.
●Blanchard, Olivier J., and Jordi Gali. 2007. “The macroeconomic effects of oil shocks: Why are the 2000s so different from the 1970s?”, NBER Working Paper no. 13368, September.
●Blinder, Alan S., and Jeremy B. Rudd. 2008. “The supply-shock explanation of the Great Stagflation revisited”, NBER Working Paper no. 14563, December.
●Cecchetti, Stephen G., Peter Hooper, Bruce C. Kasman, Kermit L. Schoenholtz, and Mark W. Watson. 2007. “Understanding the evolving inflation process(pdf)”, US Monetary Policy Forum working paper, July.
●DeLong, J. Bradford. 1997. “America’s peacetime inflation: The 1970s(pdf)”, In Reducing inflation: Motivation and strategy, eds. Christina D. Romer and David H. Romer, 247-280. Chicago: University of Chicago Press.
●Hooker, Mark A. 1996. “What happened to the oil price-macroeconomy relationship?”, Journal of Monetary Economics 38 (October): 195-213.
●Hooker, Mark A. 2002. “Are oil shocks inflationary? Asymmetric and nonlinear specifications versus changes in regime”, Journal of Money, Credit, and Banking 34 (May): 540-561.
●Kilian, Lutz. 2007. “The economic effects of energy price shocks(pdf)”, University of Michigan, October. Mimeo.
●Nordhaus, William D. 2007. “Who’s afraid of a big bad oil shock?”, Brookings Papers on Economic Activity 2: 219-240.
References
↑1 | 訳注;「エネルギー集約度の高い消費財ほど、オイルショック後に価格が大きく上昇した」という関係は見出せなかったということ。 |
---|---|
↑2 | 訳注:このパラグラフでは、ノードハウスの主張がかなり圧縮されたかたちで要約されており、そのまま訳したのでは内容がわかりづらいだろうと判断して、Nordhaus(2007)に照らし合わせて訳者の側で若干修正を加えている。 |
↑3 | 訳注;財・サービスを生産するにあたって、相対的に高価になった生産要素(エネルギー)の代わりに、相対的に安価になった生産要素(労働)の投入を増やす |
↑4 | 訳注;原油価格の高騰に伴って、コアCPIが上昇したり生産量(や雇用量)が落ち込む可能性はあるが、その影響の量的な大きさは限定的ということ。 |