アレックス・タバロック 「死にかけた体験をしたからといって、生き方を変えるべきじゃない。・・・君が合理的でありたいならね」(2007年6月4日)

●Alex Tabarrok, “Near Death Experiences and State-Space Consistency”(Marginal Revolution, June 4, 2007)


コーエン(というか、Ryan)が「死にかけた体験をしたら、生き方をこれまでとは変えるべき?」〔拙訳はこちら〕と問うている。私の答えは、「ノー」(変えるべきじゃない)だ。そう答える理由を知ったら驚くかもしれない。死にかけた体験っていうのは大したことじゃないから・・・ってわけじゃなくて、大したことだからこそ、「ノー」なのだ。

これから先の選択についての計画が合理的なものであるためには、時間整合的でなければならない。言い換えると、明日になったら○○はやらないだろうなってわかっていながら、「明日になったら○○をする」って予定を今のうちに立てるべきではないのだ。明日からダイエットをする気もないのに、明日からダイエットをはじめるから今日はケーキを食べとこう・・・なんていうのは、合理的な選択とは言えないのだ。時間整合的であるためには何が何でも今日立てた計画通りに事を進める必要があるかというと、そうじゃない。計画を立てた後に何か新しい情報を得た場合には、計画を見直すのが合理的になるかもしれない。時間整合的っていうのは、計画を立てた後に新しい情報が得られない限りは計画通りに事を進めるつもりで計画を立てよっていうことなのだ。

あなたが合理的であるようなら、死にかけた体験をしたからといって、生き方を変えるべきじゃない。その理由は、これまでに述べてきたのと同じ理屈で説明できる。死にかけた体験というのは、新しい情報じゃない。だって、人は誰もがいつかは死ぬ(死は避けられない)っていうのは既知の情報だからね(そうだよね?)。今日死ぬ可能性だってゼロじゃないっていうことも既知の情報だ。Ryanが味わったような体験もよく知られた話であって、取り立てて珍しいわけじゃない。というわけで、あなたが合理的であるようなら、死にかけた体験をしたからといって、生き方を変えるべきじゃないのだ。

それじゃあ、「Ryanはこれまで通りの生き方を貫くべし!」っていうのが私のアドバイスかというと、違う。全然違う。私がアドバイスを送る相手は、Ryanではなく、合理的でありたいと望むすべての人だ。合理的でありたいようなら、死にかけた体験をしても生き方を変えないで済むような計画(人生設計)を今のうちから立てておくべし!

実際に死にかけた体験をした人たちがどうしているかというと、その多くが死にかけた体験をした後にそれまでとは生き方を変えている。このことは、合理的でない人がどれだけ多いかを示す証拠だ。実際に死にかけた体験をした人たちがどのように生き方を変えたかというのは、合理的でありたいと望むすべての人にとって貴重な情報を提供していると言えるだろう。

ところで、ダニエル・ギルバートが『Stumbling on Happiness』(邦訳『明日の幸せを科学する』)の中で明かしている「幸せになるための秘訣」――「あまり積極的に聞き入れる気になれないだろう」秘訣――を覚えているだろうか? 未来の出来事に対して自分がどう反応しどう感じるかをできる限り正確に予測するためには、「自分ならこう反応するだろうな、こう感じるだろうな」っていう自分なりの想像に頼るのではなく、自分が想像するしかない未来の出来事をたった今実際に経験している人を探して、その人がどう反応しどう感じているかを見聞するに限る。・・・と言われても、「あまり積極的に聞き入れる気になれないだろう」が、幸せになりたければこのことを受け入れる必要があるのだ。死にかけた体験をすると、死を恐れなくなったり(他人を思いやる気持ちが強まって)慈善活動だとかに精を出すようになるらしいが、合理的でありたい(幸せになりたい)と望むすべての人は、(死にかけた体験をした人たちの振る舞いに学んで)今のうちから死を恐れるのをやめて慈善活動に精を出すべきなのだ。

本ブログの長年の読者ならご存知だろうが、私は反照的均衡(reflective equilibrium)という考え〔拙訳はこちら〕を真剣に受け止めているのだ。

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