Chenzi Xu, スタンフォード大学ビジネス大学院ファイナンス助教
He Yang, 経済学者(アマゾン)
概要:ステーブルコイン(訳者:Stableの意味は 安定)のような民間通貨の創造におけるイノベーションは、決済システムの効率性を向上させることで経済的に有用でありえる。しかし、そういった通貨が完全には「安定」でない場合、その価値に関する不確実性が取引摩擦の原因となり、実物的なコストを発生させるかもしれない。このコラムは、1864年にアメリカで制定された国法銀行法[1]それまであった地方政府による銀行免許ではなく、連邦政府による銀行免許を認めた法律。が民間通貨の価値の安定化の効果を評価するための自然実験となっていることを論じる。この法律により、初めて完全に安定した新しいタイプの民間通貨が登場し、この安定した通貨へのアクセスが経済の中の取引コストに敏感なセクターにおける成長をもたらしたのだった。
規制されていない私的な暗号通貨が決済システムにおいてますます使用されるようになってきており、世界中の規制当局や中央銀行はこの形態の私的な通貨創造がもたらす利点とリスクを理解しようとしている(「デジタルマネーの未来」についてのVox討論はこれを)。それらがもたらす明らかなリスクの一つが価格の安定性の欠如だ。これはそうした通貨の価値は最終的に発行者の(規制されていない)バランスシートの安定性に依存するためである。したがって、たとえ(ステーブルコインの場合のように)ドルなどの既知の政府不換紙幣に「名目上」ペッグされている場合であっても、その発行者に銀行取付や破産のリスクがあるためにその通貨の価値は非常に乱高下しうる。なので分権的で規制されていない私的に生み出された通貨は本質的に不安定なものとなる(Aizenman 2019も参照)。この不安定性は、長期的な計画を必要とする経済的意思決定や、長期間行われる取引に影響を与えうるものである。
しかしながら、このような規制されざる民間発行通貨を広く採用した場合の経済への実物的な影響についてはほとんど知られていない。だが、歴史はステーブルコインのような私的通貨の価値を「安定化」させる事の効果を推定するための自然実験を提供してくれている。アメリカにおける1864年国法銀行法を用いて、我々は私的な通貨の安定性の向上が、経済の中の取引摩擦にとりわけ敏感だった交易関係のセクターの成長を促進したことを示す(Xu and Yang 2022年)。
国法銀行の創出と安定通貨
19世紀前半の大部分において、何千種類もの異なる民間発行の銀行券がアメリカにおける通貨の主要な供給源であった。銀行券には完全な裏付けがなかったので、それらは保証となる資産(大抵は銀行融資)の信用リスクにさらされていた。このリスクは銀行券が他の銀行券に対して割安で取引されること、特に町の境を越えてだとそうなることに反映されていた。割引率は距離や、発行者に関する情報の欠如と正の相関があり、こういった銀行券におけるリスクは市場参加者によく認識されていた(Gorton 1996, 1999)。そうした大きな割引は取引コストを引き上げ、取引の妨げとなった。政策立案者は価値が不確実な私的通貨が多く流通するこのシステムのコストの高さを認識しており、それ故に1864年国法銀行法が成立することになった。
国法銀行法では、連邦政府の規制を受ける国法銀行のネットワークが作られた。最大の変更点の一つが国法銀行の銀行券は国債による完全な裏付けが義務づけられたことで、これが信用リスクを無くし、額面での取引を可能にした。しかし、銀行券は地元の国法銀行から供給されていたし、地元の国法銀行を持つ都市は持たないところよりも多くの供給を受けることが出来た[2] … Continue reading
我々の論文では、国法銀行が都市に参入する際に異なる規制コストに直面していた事実を利用して、この完全な裏付けをもった通貨へのアクセスを得た都市を識別している。この参入コストは町の人口によって決まっていたが、不連続なカットオフがあり、我々は人口6,000人を境とするカットオフを利用している。規制によると、この閾値を下回る町に設立される国法銀行は5万ドルの自己資本を、閾値を上回る町はその2倍もの資本を調達しなければならなかった。
そこで、規制が要求する資本の不連続な上昇を国法銀行の町への参入の可能性を変化させる外生的要因として利用して、我々はまず閾値以下の町は国法銀行を設立する可能性が30%高いことを示した。この銀行参入についての大きな差は、安定的な完全裏付けのある通貨へのアクセスの差に反映された。そしてこの状況から、完全裏付け通貨へのアクセスがどの程度、実物的な生産、特に経済の交易部門における生産にどれほどの影響を与えたかを研究することができた。
我々の発見:国法銀行の登場は農業と雇用を変化させ、永続的に製造業を促進する
農業分野では、国法銀行を得た地域で生産する作物の構成が交易される作物へと大きく変化した。この変化は、しかしながら農業部門における総生産量や資本支出の増加を起こさないままに発生した。農業生産へのインパクトがなかったことは、国法銀行が農業部門への信用供与をほとんど増やさなかったという規制環境と整合的である(Snowden 1987)。そうではなく、この結果は安定した通貨へのアクセスを得た事による取引コストの削減が交易部門の相対的な収益性を高めたことに起因しているのだろう。
同様の証拠は雇用を分析した場合にも交易部門の成長に関して見出された。我々は、委託販売業者や輸送業者といった(生産には関与しない)取引を中心とする業種を研究した。こういった業種では、医師や教師といった比較対象の業種に対して雇用の相対的な増加が顕著であった。同様な異なる効果は交易される財とされない財[3]サービス業、例えば散髪とかですね。との間で価格にかんして見られた。交易される財はされない財に対して相対的に価格が低下したが、これは取引コストがとりわけ交易される財にかんして低下したのと整合的である。
したがって農業と、交易財と非交易財部門間での雇用にかんする我々の発見は、都市が完全な裏付けを持つ安定した通貨へのアクセスを得ることで交易部門が拡大したことを強く示唆している。
次に、その性質から交易がとりわけ重要な部門に注目してみよう-つまり製造業である。
図1
図1は、国法銀行の参入が製造業の成長に与える長期的な影響をあらわしている。有意かつ持続的な影響が生産に見られる。当時のサンプル平均値と比較すると、安定した通貨へのアクセスは製造業の生産を37%増加させることにつながった。
製造業の国勢調査を使って、生産の変化をさまざまな投入要素に分解することができる。この分解は安定した通貨へのアクセスが製造業に、物的資本への投資を増やす代わりにより多くのより優れた投入物を購入することを可能にすることで生産を刺激したことを示している。投入の変化からの成長は、安定した通貨へのアクセスが取引摩擦を減らして地元の製造業がより多くの優れた投入物を(遠方から)購入できるようにしたことと一致する(Goldberg et al.2010)。最後に、取引コストの削減が市場アクセスを改善してイノベーションへのインセンティブを高めることと整合的に、国法銀行がある地域では特許活動が活発であることを我々は発見した。
結論
我々の論文は、民間で作られた通貨の価値を安定させることは経済的に有益があること、とりわけ支払い摩擦にさらされやすい部門にとってそうであるという実証的な証拠を提供するものとなっている。金融技術が進歩し、新しいデジタル通貨が代替的な決済手段を提供するなか、国法銀行時代からのこれらの教訓は政策立案者に金融手段の流動性の低下から生じる取引摩擦のコストについて更なる指針を与えることができるものである。
参照文献
Adrian, A and T Mancini-Griffoli (2019), “The rise of digital currency”, VoxEU.org, 9 September.
Aizenman, J (2019), “On the built-in instability of cryptocurrencies”, VoxEU.org, 12 February.
Goldberg, P K, A K Khandelwal, N Pavcnik, and P Topalova, (2010), “Imported intermediate inputs and domestic product growth: Evidence from India”, Quarterly Journal of Economics 125(4): 1727–1767.
Gorton, G (1996), “Reputation Formation in Early Bank Debt Markets”, Journal of Political Economy 104(2): 346–397.
Gorton, G (1999), “Pricing Free Bank Notes”, Journal of Monetary Economics 44: 33–64.
Bordo, D (1998), “Currency Crises (and Banking Crises) in Historical Perspective”, Stockholm School of Economics Research Report 10.
Snowden, A (1987), “Mortgage rates and American capital market development in the late nineteenth century”, Journal of Economic History 47(3): 671–691.
Xu, C and H Yang (2022), “Real effects of stabilizing private money creation”, Working paper.